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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
『精霊の花嫁』の兄は、悔いなく生きています ~精霊界訪問編~

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253.自室にて

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 自室に戻り、どれだけの間こうしていただろう。

 紅茶をいれてくれたトゥメラ隊は既に退室し、ゼニスに至っては最初から姿はなく。今ここにいるのは、ソファーに隣り合って座るエルドとディアンの二人だけ。

 カップの中は一口も減ることなく冷め切り、その間言葉が交わされることもなく。

 どちらも下を俯いたまま。だが、繋がれたままの手を離す気は互いになく……言葉を探しているのは、どちらも同じ。

 焦るほどに見失うのはエルドも同じなのか。あるいは、望まぬ帰郷を自分の中で納得させようとしているのか。

 精霊王との確執。エルドやロディリアから話は聞いていても、その全てを理解するにはあまりにも情報が足りない。ディアンが思っている以上に、彼はあの場所を忌々しく思っているだろう。

 否、今のディアンを他の精霊たちの元に晒すことをだ。

 まだ人間であるディアンを、エルドの『選定者』になったとはいえ、まだ伴侶ではないディアンを。何をしてくるかわからない者たちの元に連れて行くことが、耐えられないのだ。

 行かずに済むのであれば、そうしただろう。正式に契りを済ませたあとに向かうのであれば、彼だって納得できたはず。

 それをここまで苦しめ、諦めるように仕向けたのはロディリアでも精霊王でもなく……やはり、ディアンのせいだ。


「エルド」


 繋がれた指が僅かに跳ね、それから重なる薄紫が揺らぐ。不快ではなく、己の胸中に困惑し寄せられた眉に、小さく漏れたのは後悔か。


「……ごめんなさい。あなたに、ひどいことを言いました」


 謝罪の言葉と共に、視線が下に落ちてしまう。

 エルドが自分の言葉に弱いと自覚し、利用したのは事実だ。

 人間であるディアンが……愛し子であるディアンが自分の意思で選んだことに対し、彼がそれを止めることはできない。

 よほどのことでない限り、エルドはそれを尊重する。それがディアンの決めたことであればと呑み込み、見守ってくれるのだ。

 ……だから、ああ言えばエルドは諦めるしかないと。彼の優しさにつけ込んだことは、どうしたって否定できない。

 それが最善ではあった。あのまま問答を続けても、ロディリアもエルドも傷付くだけ。それでも、ディアンが強いたという傷がなくなるわけではない。

 こうして謝るのだって、自分の罪悪感を消したいが故の……結局は、ディアンの我が儘で。


「……違う」


 長い沈黙、短い溜め息。見透かすような否定に顔を上げれば、先ほどより狭まった眉に胸が締め付けられる。


「謝るのは俺の方だ、お前は悪くない」

「いいえ、それこそあなただって悪くない。あなたが断れないとわかっていて、僕は……!」

「それを言うなら俺だって……!」


 否定に否定が重なり、そうして再び言葉を失う。

 互いに視線が落ち、振り出しに戻って……だが、その沈黙は先ほどよりも短いもの。


「……すまない、ディアン」


 もう何度目の謝罪か。回数だけならエルドの方が多く、それ以上にディアンは謝らなければならない。

 だが、それこそキリがないと諦め、言葉ではなく繋がったままの手に力を込めることで返事とすれば、自然と互いの視線が絡む。

 やはり眉は寄せられたまま。辛く己を見つめる薄紫に、胸の痛みが安らぐことはなく。

 短い吐息。僅かな葛藤と不安の混ざったそれは、ディアンが感じた以上に重たいものだっただろう。


「ディアン。ロディリアはああ言っていたが、本当に謁見だけで済むとは限らない。……そもそも、いくらあの男でもここまで強行するとは考えにくい。他に狙いがあると見ていいだろう」


 同意は首の動きだけで示す。ディアンだって、言葉の通りには受け止めていない。

 理解しているだろう、というのだってディアンの希望であり確証ではないのだ。

 たとえエルドの『選定者』であろうと、自分はまだ人間。そして、向かうのは人としての常識が通じない場所。何が起きたっておかしくはない。

 だが、連れてこなければ門を閉じるなど、国民を人質に取られているも同じ。最初から自分たちは脅され、強要されている。


「門も、最初から全部閉じるつもりはなかったんだろう。……ロディリアも、それは分かっていたはずだ」


 理解していても呑み込むしかない。実質命令と変わらないが、一ヶ月待ってくれただけでも猶予はあるのか。

 単にその程度の期間、待った内にも入っていないのかもしれないが……どうであれ、ディアンたちができることは、あまりにも限られている。


「精霊界の空気にも長く触れさせたくはないが、その対策はロディリアがしてくれるはずだ。……だが、話を聞きつけた奴らが関わってくる可能性は大いにある。全員がフィリアのように狂っているわけじゃないが、大半はシュラハトと同じぐらいだ」


 その名に蘇るのは、目を焼きつかせようとする眩しい光だ。金の髪に、金の瞳。

 ディアンの父……否、かつての英雄であるヴァンが加護を賜っていた戦の精霊。その姿を思い出し、背筋を這うのは冷たい感覚。

 精霊王の言葉を伝えに来た彼の調子は、まるで世間話をするかのようだった。人間たちにとってどれだけ残酷なことでも、彼らにはその程度。

 それが精霊たちの認識であると、エルドはそう言っている。

 今まで精霊たちについて勉強してきたが『選定者』としての教育はまだ浅く、今まで抱いてきた先入観を捨てることは難しい。中には憧れや思い込みもある。

 全ての精霊に対して最善の対応はできないだろう。……それが善意や好意的なものでなければ、なおのこと。

 ……否。

 好意的であろうと、それがディアンに対していいモノであるとは限らない。それを、ディアンはもう知っている。

 シュラハトと同じ金の髪。だが、光に反射する薄桃色。あの緑の瞳を。決して同じではなく、されど似ているとされているかの存在を。


「あなたが一番恐れているのは、フィリアのことですか」


 精霊王の分身。産まれる前から妹を加護し、他の精霊から加護を与えられていたサリアナにまで力を分け与えたとされる、愛の精霊。

 そして……エルドの妹にあたる存在。

 ロディリアも、彼女に対して思うところは多いのだろう。この事件が悪化したのは、彼女のせいだと言っても過言ではない。

 狂っているから罰せられないと。どうしようもない存在なのだと、もはや聞かされた回数は数え切れないほど。

 精霊に通じているロディリアやエルドでさえそう言うのだ。ディアンでは、到底理解できないであろう。


「いや、あれも確かに脅威だが……」


 されど答えは否定され、かといって訂正されることもなく。戻ってきた沈黙は、伝える言葉を探しているのだろう。

 右へ、左へ。彷徨わせたところで文字が落ちているはずもなく、やがて漏れた息に、乗せるべき言葉は遅れて紡がれる。


「……お前を狙っていた精霊は大勢いた。俺が選定をしたあとも手を出してこない者がいないとは限らない」


 聞き間違いでなければ、それは今日聞いた中でも一番深い溜め息だ。

 瞬き、頭の中で繰り返し、記憶にある知識との齟齬に首を傾げる。


「でも、僕はもうあなたの愛し子です。二度目の洗礼を受けた時点で、伴侶にすることはできないはず」


 愛し子とは本来、伴侶に迎える者に与えられる称号だ。今ではもうその意味も変わっているかもしれないが、認識としては間違っていない。

 二度どころか三度も洗礼を行い、ロディリアの前で伴侶になることを宣誓した。

 精霊王も理解しているなら、他の精霊たちも同じのはず。


「その道理が通じたなら、俺だって不安になってない」


 だが、手を握る強さが増し、素直に不安だと口にされて、どうして笑うことができようか。

 ディアンの常識と彼らの世界は違う。どれだけ正当性を主張しようと、強要されればディアン一人の力ではどうにもならない。

 それをエルドも分かっている。だからこそ……誤魔化しの言葉も、慰めもいらない。


「今回の謁見が無事に済めば、大抵の馬鹿は諦めてくれるだろう。……だが……」

「エルド」


 それでもディアンを連れていきたくないと。その時を待っていたかったと。俯く薄紫を留めるように、呼びかける声は強く、されど柔らかく。

 ディアンにできることは限られている。何度繰り返そうとそれは事実であり、変えられないことだ。

 ……それでも、愛しい人へ言葉をかけることは。その不安を受け止めることは、ディアンにしかできないこと。


「何があっても、僕はあなたの傍にいます。……あなたと一緒に、この先も生きるために」


 彼に誓った通り、その約束を守るのだと。いつか後悔するとしても、それでもエルドと共にいるのだと。

 だから大丈夫だと、そんな無責任な言葉までは紡げず。そもそも、身体は引き寄せられ、エルドの腕の中に。


「……頼む」


 呻く懇願は頭上から。どんな表情を浮かべているか、ディアンには見えなくとも分かってしまう。

 だからこそ、引き抜いた腕をエルドの背に回す。

 少しでもその不安が薄れるように。自分のこの感情が伝わるようにと、強く抱きしめた身体は、どうしようもなく愛おしいものだった。



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