表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第一章 始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/404

23.憶測

 通されたのは、意外にも普通の客室と変わらないところだった。王城に比べればいささか質素ではあるが、言われなければ教会内部とはわからなかっただろう。

 目の前に座っている男がローブを脱いでいるならばなおのこと。改めて、ここが彼らの……司祭たちの居住空間であると認識し、胸に陰りが差す。

 本来ならディアンが訪れていい場所ではない。それもこんな遅くに、なんの約束もなく。

 心拍が落ち着くにつれて、その後悔は膨らんでいく。勢いで来るべきではなかった。問われたところで、司祭様も困るだけなのに。

 そもそも信じてくれるのだろうか。

 証拠はまだ手に握り締めたまま。気付いて整えても皺は戻らず、まるでディアンの胸中を現しているかのよう。


「砂糖とミルクは?」


 俯いたディアンに投げられる問いは軽く、それがわざとであるのは考えるまでもない。

 まだここに、この部屋で座らされて数分も経っていないのに、数時間も過ごしたような錯覚を抱くのは、まだ収まりきらない焦りのせいなのか。後悔からくる居心地の悪さからか。


「あ……だ、大丈夫です」

「じゃあ、少し甘めにしておきましょう。その方がおいしいですからね」


 いらない、と答えたはずの言葉を湾曲されたのも、おそらくわざとだろう。

 透き通った赤茶色がみるみるうちに濁り、たゆたう水面に波紋が二つ。そうして差しだされたカップから漂う香りが、優しくディアンの鼻腔をくすぐる。

 誘われるまま手に取り、掻き混ぜてから口の中へ。舌に残るほのかな甘みに自然と息が深くなり、喉を通る熱さに力が抜ける。

 自分の身体が冷え切っていたのを自覚し、広がる温かさにようやく頭の中も落ち着き始めた。これが一日ぶりの食事になると気付けば余計に。


「……ほんとうだ、おいしい」

「お菓子があればよかったんですが、あいにく切らしてて……次までには用意しておきますね」


 とっておきのお店を知っているんだと、交わす会話はまるで普段と同じだ。勉強の後の雑談と同じ、穏やかで優しい一時。


「……ペルデのことは、私から謝らせてください」


 続いたのは。本当に次はあるのかと笑うまでの僅かな間。カップを置いた司祭が、その笑みを消すまでの、ほんの数秒のこと。

 手元が揺れ、中身がこぼれそうになる。皺にまみれた書類からやっと手を離し、両手で包んだそれは温かく、ゆっくりと鼓動を落ち着かせてくれる。


「まさかあの子があんなことをするとは……」

「……僕も、少し驚きました。でも気にしていません」


 建前ではない。本当に、怒りよりも驚きの方が勝っているのだ。あのペルデが、互いに夢中であったとはいえあそこまで声を張り上げ、魔法まで放ってきた。

 いつも誰かの後ろについて、意見を合わせようとする姿しか見ていなかったが……彼も、ちゃんと主張できる時もあったのだと。

 それほどまでに嫌われていたということもあるが、それだけのことをした自覚は十分すぎるほど。

 彼にとっては、この場所に来られるのは家の中に入り込まれたも同然だ。一般開放されている部分でも相当嫌だっただろうに、無理矢理押し入ろうとしたのだから……その点に関してはディアンが悪いのであって、ペルデを責めることはできない。


「今回は僕が悪いんです。……どうか、彼を怒らないでください」

「……その気持ちだけ、受け取っておきます。ですが、私がいないと嘘を吐いたことも、危害を加えたことも、そう簡単に許してはならないことです」


 そして、そう答えたグラナートの考えも理解できる。正当な理由無しに一般人を攻撃するなど本来はあり得ないこと。まだ成人を迎えていないペルデが正式に従事していないとしても、世間はそうは見ないだろう。

 ただでさえ先日の一件がある。門だけでも許されないことなのに、それが重なれば……ディアンの懇願だけで収められるものではない。

 どのような理由があろうと、間違いは正さなければならない。本人がどう思っても、どれだけ気に食わないとしても、守るべき規則は存在する。

 そして、それは決してねじ曲げられていいものではない。

 ……でも、それはペルデに限ったことでは、ないはずで。


「彼については、君が気にしなくてもいいんですよ。……それより、気分は落ち着いてきましたか?」


 意図的に逸らされた話題を追いかけることはできず、緩く頷く。様々な感情で絡まり合った脳内は、与えられた温もりで比較的落ち着いてきたようだ。


「……はい、ありがとうございます。こんな時間に本当にすみません。答えをいただけたらすぐに帰りますから」

「時間なら気にしなくていい。後で君の家に使いの者を出して、一晩預かることは伝えておきますから」


 思わずカップを落としそうになり、慌てて机に置き直す。ソーサーに掠れた底が歪な音を立てたが、割れなかったのなら気に留めることではない。


「そんな、そこまでしていただく必要は……! 教えていただけたらすぐに帰りますから!」


 無理矢理押し入ったとはいえ、こんなに大事にするつもりはなかった。本当に、答えが得られたらすぐに戻るつもりで……泊まるだなんて、そんなこと!


「あんなに必死で来た君を、そのまま帰せると?」

「ですが、司祭様にこれ以上迷惑をかけるつもりは……っ父に叱られます!」


 自分の息子が親友の元へ押しかけているなんて知れば、間違いなくヴァンは怒り狂うだろう。夕食抜きなんて生易しい処罰ではすまない。この教会に近づくことすら禁じられるかもしれない。

 そうなれば、ディアンが精霊について学べる場所が無くなってしまう。黙って通おうとしても、周囲の目がそれを許さない。

 ここしかないのだ。ディアンの求める知識があるのはここしか……グラナートの元にしかないのに。

 今ならまだ、遅くまで出歩いていただけですむ。

 それでも相当怒られるだろうが、この場所を取り上げられることに比べれば、その程度なんでもない。


「本当に、これ以上ご迷惑をかけるつもりは……っ……お、ねがいします。父には……言わないでください……」


 深く、深く頭が下がる。願ったところでグラナートは聞いてくれないだろう。親友の息子について伝えるのは、同じ息子を持つ父として当然の行動だ。

 本当にヴァンが心配しているかは関係ない。だが、グラナートはそう判断するだろう。父の親友だからこそ。ディアンを、よく知っているからこそ。

 俯いたせいで顔は見えず、その表情が笑んだままかはわからない。だが、肌を突き刺すような空気は正面から流れてくるもので。目の前の男が怒っていることは見ずとも明らか。

 ただでさえ押しかけ、その上にまだ願おうとしている。身勝手な振る舞いに、グラナートが怒るのだって当然だ。

 怯えが悟られないよう口を強く閉ざし、手を握り締める。答えを聞くのは恐ろしくて、されど耳を塞ぐこともできず。

 小さな溜め息は強く鼓膜を震わせ、跳ねる肩を誤魔化せないまま。爪は治ったはずの火傷へ深く、深く食い込んで。じわり、痛い。


閲覧ありがとうございます。

少しでも面白いと思っていただけたら、評価欄クリックしてくださると大変励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

★書籍化作品★

html>
最新情報はX(旧Twitter)にて
FanBoxでは、先行公開も行っております。
(ムーンライトでも作品公開中)


ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ