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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第八章 『精霊の花嫁』の兄は

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218.目的は勉学ではなく

「前回……というと、アケディア様に嫁がれた?」


 耳にしたのもまだ最近のことだ。正確には本来宿している力の記述がない故に、怠惰と呼ばれている精霊。

 人間を嫌っているのでも、他の生物を加護しているのでもなく、本当に面倒だからという理由で加護を与えないという異例の存在。

 なぜその精霊が伴侶を迎えられたかも、エルドに説明されて知っている。


「……長きにわたる争いに終止符を打った功績により、伴侶を迎えられたと聞いておりますが……」

「そうです。くだらない理由のくせに大戦争にまで発展したのを力ずくで止めたので、特例という形で伴侶を得る権利を得たアケディアです」


 喰い気味の訂正に苦笑するしかない。彼女たちにとっても無関係ではなかったのだろう。

 一般人であれば今の説明でもいいが、『選定者』ならば無関係とは言えない。誤魔化そうとしたのは表情でバレてしまったらしい。


「この場合、伴侶になりえる素質のある者へ加護を授けるのが通常の流れ。ですが、今回選ばれたのはあのアケディアです。かの者はそれすら面倒くさがり、工程を省こうとしました」

「洗礼を? ですが、実際に伴侶を迎え入れたのでは?」

「『中立者』様の話では迷う素振りもなく、この子でいいの一言で制止する間もなくさっさと決めてしまわれたと」


 遠い目をしているのは気のせいではないだろう。

 これが他の精霊なら喜んで吟味し、最も相応しい者をか自分が愛しいと思った者を選んだはずだ。

 どちらでもなく、本当に面倒だから適当に決めたとは……なんとも、温度差のありすぎる話だ。

 精霊全員が伴侶として人間を求めているのでないのは分かっていたが、ここまで無関心であるのはアケディアぐらいではないだろうか。

 人嫌いと有名なタラサでも、憎悪をいう感情を向けているというのに。


「そんな洗礼で選ばれた人間でしたので、一癖も二癖もある方で。当時も教育を担っていたイズタムを始め、何人の者がその行為に手を焼いたか……」

「そ、そんなに、ですか……?」


 ディアンを持ち上げるための嘘でないのは、全員の浮かべる表情の暗さから理解できる。

 これまでも『選定者』を教育してきた彼女たちが言うほどの相手とは、想像もつかない。


「ある意味アケディア様には相応しい御方でしたし、精霊に嫁ぐ人間であれば強かである方が良くはありますが、熱意の傾け方が少々……独特で……」


 まだ敬う気持ちはあるらしいが、目線は泳いでしまっているし、言葉を探している時点で色々と危うい。

 悪い人ではないようだが、数百年経った今もこうして言われるぐらいだ。相当だったのだろう。


「ともかく、必要ないと判断されるとすぐに切り捨てる方で……詳細は語りませんが、謙虚という言葉を母方の中に置いてきたような御方でした」

「それは……えっと……」

「嫁がれる数年前にはいくらか軟化されましたが、それでもご自身の興味の無いことに関してお教えするときはどれほど苦労したか」


 護衛の二人も、後ろで盗み聞きしていた他の女性たちも、大小限らず反応は同じ。

 きっとリヴィ隊長や女王陛下に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。むしろ陛下に関してはもっと過激な言葉が出てくるかもしれない。


「悪い人では、なかったんですよね……?」

「大変な変わり者でしたが、決して悪人では。実際に精霊界に向かわれる前に立てた功績もございますが、それと教育課程とは話が違います。……ともかく、あまりにも素直であるディアン様の反応と比べてしまい、イズタムは感動のあまり耐えられなくなってしまったのです」


 どうかご容赦くださいと、そう頭を下げられても納得しきれないのは泣かれたことに対してではなく、そこまで褒められていること自体だ。


「大袈裟です。偶然よい点が取れただけかもしれませんし、今までの『選定者』に比べれば知らないことがあまりにも多すぎます」

「はぁ……お見苦しい姿を晒し申し訳ありません。それから、これも伏せておりましたが、そもそも成績に関しては問題視しておりませんでした」


 首を振れば、ようやく落ち着いたらしいイズタムがもう一度頭を下げる。そうして、目元を赤くしたまま否定され、再び疑問がぐるりと回る。


「グラナート司祭からその度報告を受けていましたし、捏造されていた学園の答案用紙も見させていただきました。不当な評価を得ながらも合格点をとり続けるなど、並大抵の努力では成せぬことです。試験を受けていただいたのは、ディアン様にその自覚を持っていただくためでしたが……まさか、ここまでとは」


 再び波が襲いかかったか、目元を覆ったのは数秒のこと。涙を拭い、そうして微笑む顔にもう陰りはない。


「成人した『選定者』を迎えた事例がなく、ディアン様の人柄も言伝でしか聞いておりませんでした。故に不安に思っていたことは否定できませんが……こうして実際にお目にかかれたことで、気鬱であったと確信しております」


 だからと、イズタムは言葉を続ける。自信に溢れた微笑みで、これまで幾人もの『選定者』を見送り続けた彼女が。

 

「あなたが今までの『選定者』に劣る部分はなにもありません。どうか、自信を持ってください」


 広がる温かさに胸が苦しくなる。

 認められた。今までの努力が。ずっとディアンが足掻き、しがみ付いて、最後には諦めてしまったそれを。やっと。

 求めていた場所では与えられず、捨ててからようやく与えられた言葉。

 エルドからだけでも嬉しかったのに。それで満足だと思っていたのに。

 目頭が熱くなって、今度はディアンが顔を伏せる。強く目を閉じ、抑え込んで。再び上げた顔は、はたしてうまく笑えていただろうか。


「あ、りがとう、ございます」

「……礼を言われることはなにもございません。それに、ディアン様も自覚しているとおり、足りぬ知識があることも事実。焦る必要はありませんが、確実に学んで参りましょう」


 伏せられた瞳に己の姿は映らず、故に答えもわからぬまま。少しでも気を静めようと運んだ紅茶をようやく味わうことができる。温かくて、優しくて……仄かに、甘い。


「ですが、勉強は明日から。学ぶべき点も知れたことですし、本日はここまでにいたしましょう」

「あ、あのっ」


 今日はこれで、と見送ろうとした彼女を呼び止めるのは、本来の目的をまだ達成していないからだ。

 勉強も心配だったが、ここに来たのはある本を読むため。確実にここにあるはずの、その情報を得るためだ。


「仕事の邪魔はしないので、本を読んでも?」

「ええ、もちろん。そうですね、ディアン様でしたらあちらの棚が……」

「……あ、の、」


 言わなければ伝わらないとわかっていても、上手く言葉にできず。問う態度ではないと自覚しているのに、顔を上げられないのは恥ずかしさからだ。

 結果的に仕事を妨害していることへの申し訳なさと、どういう意図か分かってしまうことと。

 どれだけ顔を伏せても、耳まで熱くなった様を隠すことはできず。されど、このまま黙したままでもいられず。


「ヴァール、様についての本は……あ、り、ますか……っ」

「……まぁ」


 クスクスと笑う声が鼓膜に響く度に体温が上がる気がする。いや、気のせいではないだろう。

 思わず首の後ろをさらうが、求めたフードはどこにもなく。うなじまで熱いのを再確認しただけに終わる。


「えぇ、えぇ。もちろんです。自分を加護する精霊について知ることは、なにも恥ずかしがることではありませんよ」


 そこにどんな意味が含まれていようと、と。言葉にせずとも伝わってしまう慰めに、違う意味で涙が溢れそうだ。


「ただ、ヴァール様に関しては『選定者』にもお伝えしていないので分かりにくい場所にございます。こちらへ」


 立ち上がったイズタムに、顔を伏せている場合ではないとディアンも立ち上がる。その際に、ディアンを見ていた他の女性たちの表情が柔らかいことに気付き、上げたばかりの目は再び下へ。

 ローブの裾を見つめながら後を追いかけていたので、階段を上ると気付いたのは直前になってから。

 踊り場で折り返し、辿り着いた二階で待っていたのは、一階同様に等間隔に並ぶ本棚。違うのは、死角になってみえなかったソファーがいくつかあるぐらいだ。

 こちらは作業場というより、閲覧用の印象が強い。明日からの勉強も、本来ならこちらで行われるのかもしれない。


 周囲を眺めていれば、イズタムの右手が軽く上げられる。程なくして一冊の本がその手に収まり、差し出された表紙は彼の紙と同じ濃い茶色。


「こちらが、ヴァール様に関する書籍です」

「……これだけ? あ、いえ、えっと」

「ヴァール様は特殊な精霊ですので、伝記にもほとんど残っていないのです。それも、あるのは創世記頃の記述に限られております」


 とりあえず読むように一冊だけかと思えば、本当にこれだけしかないと伝えられ。無数にあるうちの、たった一冊の重みが増す。

 それだけエルドが精霊としてではなく『中立者』として人と接してきたということだ。

 何百年……いや、きっと何千年という長い月日の中で、人々に接しながら見守り続けてきたのだろう。


「それこそ、一番詳しいのはヴァール様自身でしょう。精霊から直接お話を伺える機会は、『選定者』の中でもディアン様だけの特権と思いますが」

「それは、その……」


 本来なら加護を授かる時でなければ精霊の声を聞くことはないし、姿を見るなんてそれこそ普通の人間では機会もない。

『選定者』でも同じだろう。違うのは、実際に顔を合わせる機会が何度かあるか、あるいは二度目の洗礼でようやく対面できるか。

 加護を授ける前から行動を共にし、そうして今も一緒に過ごしているなんて、特例中の特例だ。

 それこそ、イズタム以上の教育者でもある。精霊に関して、彼以上に詳しい人はこの世界には存在しない。

 もちろん、本人に聞くのが一番正確で、早いことだってディアンは理解している。

 だが……。


「今は、ちょっと……顔を合わせにくくて」


 会えば普通に話もできるだろうが、自分から会いに行くのはまだ無理そうだ。

 もう少し落ち着いたら……せめて、彼の顔を普通に見られると思えるようになってからなら……。

 ……それでも、本人に直接聞くのはハードルが高すぎる。


「後悔しているとか、嫌になったとかじゃなくて、その……」

「ふふ……大丈夫です、分かっておりますとも」


 後悔しているのかと問われたくなくて弁解すれば、理解していると微笑まれて顔に熱が集まったまま引きそうにない。


「前は普通にできていたことなのに、自覚した途端に、意識してしまって……だから、先に知っておけば少しは、その、平気になるんじゃないかって、だから、あの、」


 誤魔化そうと言葉を重ねるほどに、墓穴を掘っている気がする。いよいよ耐えられずに顔を覆えば、クスクスと笑う声は前からも後ろからも。

 ……本当に、こんな調子でエルドと会話できるのだろうか。


「――だとしても、そんな古い資料より本人から聞くべきだと思うがな」

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