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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第八章 『精霊の花嫁』の兄は

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214.断罪の足音 ★

「――父上っ!」


 叫ぶが先か、駆け寄るが先か。その僅差よりも明らかに早かったのは、聖国の騎士の制止だった。

 行く手を阻まれ、睨み付けようと向けられた剣が収められることはない。

 野外ならともかく、城内で帯剣するのは訓練か非常時のみ。まさに今がそうであったとしても、ラインハルトの元に武器は一つもない。

 よもや、教会がこのような暴挙に出るなど、誰が想定できようか。


「なんのつもりだ!」

「我が女王陛下の命により、協定違反者として貴殿らを拘束する」

「なんだとっ……!?」


 いくら聖国といえど一国の王、そしてそれに連なる者に剣を向けただけでも大罪であるのに、逆に自分たちを犯罪者と呼ぶとは!

 メリアの両親の次は自分たちかと、牙を剥いたところで武器も持たぬ男に何ができようか。


「なにを証拠に!」

「サリアナ・ノースディア、およびメリア・エヴァンズの門の不正利用。それにともなう聖国への侵略、国民への暴行。また、洗礼の偽装と隠蔽、未成年者の誘拐。これだけ揃っていれば十分であろう」


 羅列される言葉は理解の範疇を超えている。

 サリアナとメリアが、門を使った? 

 メリアが望んで行くはずがない。ならば、サリアナがメリアを聖国へ連れて行ったことになる。

 あり得ない。そんなこと、あっていいはずがない。あの場所に連れて行くなど、そんなこと! なんのために! 


「かの者たちは既に聖国にて身柄を預かっている。今この地に奴がいないことが何よりの証拠である」

「でたらめを言うな! メリアがお前たちのところに行く理由などない!」

「理由など必要ない。事実、サリアナ・ノースディアは国民に被害を加え、メリア・エヴァンズは門を通り聖国の領土を不正に穢した。双方重罪人であることが覆ることはない」


 理解できない、聞きたくもない。こんなこじつけなど断じて!

 メリアが望むはずがない。ならば、サリアナが連れて行ったのだ。あの女が、メリアを!

 いいや、違う。それこそあり得ない。できるはずがない!


「あの女なら部屋にいる! 門のある地下どころか、部屋すら自由に出られないのに、聖国など行けるはずがない!」


 苦し紛れの言い訳ではない。ディアンの形見が見つかって以降、この日までずっと彼女は部屋で謹慎を言いつけられていた。外に出られるのは最低限のみ。

 確かにラインハルトは、彼女の手段を知っている。実際にそれを利用し、策を講じていたことも認知している。

 だが、その姿は朝も見た。数時間前、朝食の席にて、間違いなくその顔を見たのだから!

 憎らしい相手でも十数年見続けたのだ。影武者との区別ぐらいつく。だからこそ、あれが本物だったと断言できる。

 だからこそ、いるはずがない。聖国など……それも、メリアと一緒にいるはずが!


「父上、なぜ反論しないのですかっ! あなたの命令でそうしたのではなかったのですか!?」


 騎士に阻まれ、その顔は見えない。だとしても、こんな暴挙を許していいはずがない。

 正当性を主張しても、これこそが我が国への侵攻に他ならないというのに。それをなぜ黙っているのか。

 門の使用も、洗礼の偽装も、事実無根。ただのでたらめに過ぎないのに、なぜ!


「お父様っ……!」


 忌々しい声も、今この時だけは救いのように思えた。姿など見ずとも、その主が誰かラインハルトは分かっている。

 廊下の奥、両腕を掴まれ引き摺られるように連れてこられたのは、ここにはいないと主張していた本人だ。

 数分前のラインハルト同様、この状況が理解できぬと困惑した顔こそ浮かべていても、その姿を見間違えるはずがない。影武者と勘違いすることもない。紛れもなく、サリアナ本人であると。


「さ、サリアナ……」

「見ろ! 実際にサリアナはここにいる! 聖国にいるなど分かりきった嘘をついたこころで、貴様らの企みは――!」


 決定的な証拠だと、張り上げた声が異音に掻き消される。それは鈍く、そして不快な音を立て、落ちる。

 文字通り、それはラインハルトたちの目の前で呆気なく落ちていったのだ。……首から地面へ、なんの前触れもなく。

 口から漏れるは本当に音であったか。あまりにも情けない響きに、声とすら認識されなかったかもしれない。

 剣が鞘に収まる音は、すでに役目を終えたことを表す。なんの躊躇もなく、警告もなく。サリアナは……その首を、切り落とされたのだ。

 悲鳴が響く。それは廊下にいたメイドなのか、兵士か、それとも己の口からだったのか。

 虚ろな青と目が合う。本来あるべきものを失った身体が揺らめく。膝を折り、受け身も取らずに倒れた身体を、状況の理解できぬ男が見下ろす。

 何がおきた? いいや、そんなもの見ての通りだ。殺されたのだ。あの女が、こんな呆気なく。なんの躊躇もないまま、奴らが殺した。

 いまだ視線が絡む青が淀む。その色はくすみ、もはや土の色と変わらない。


「……な、にを、」


 己の父が叫び、暴れる姿が遠目に映る。だが、ラインハルトの視線はそこに。黒く、茶色に変色していく妹の姿に注がれたまま。

 溢れ出るのは血の赤ではなく、ボロボロと崩れていく黒だ。崩れていく肌は、文字通り土と化して床に広がっていく。

 それがサリアナだったものと証明できるのは、彼女が纏っていた衣服だけ。


「己の妹と土塊の区別もつかぬとはな」


 数多の人間が呆然としようと、彼女たちの対応は変わらない。冷酷にラインハルトたちを睨み、淡々と言葉を続けるのみ。

 押し上げられていた衝動が僅かに落ち着けば、思い出したように身体が震え出す。

 剣筋など見えなかった。間違いなくサリアナを見ていたのに、見ていたはずなのに。一つ瞬いた後には、もう彼女は殺されていた。

 それはラインハルトが剣を構えたとて一緒ということだ。なんの抵抗もできぬまま、彼女のように。それは、ラインハルトの未来を示唆するかのように。

 否、それはサリアナではなかった。サリアナの人形、作り物だなんて。

 ただの土があんなにも精巧に、本当に生きているようになんて。ありえないのに、ありえるはずがないのに。

 だが、実際にそれは目の前で崩れている。本来の形を取り戻そうと、僅かに残っていた形さえ崩れていってしまう。

 気付かなかった。こんなもの気付けるわけがない。こんな、本物としか思えない作りもの、どうやって気付けと、


 ――いつから?

 新たな疑問に汗が噴き出す。

 いったいいつから、サリアナは入れ替わっていた?

 こんな高度な魔術、数日も保つとは思えない。だが、あのサリアナだ。あのサリアナなのだ。

 否定できない。実際にそれは誰にも気付かれぬ間、それに成り代わっていたのだから!

 既に数日が経過しているのなら。もし本当にそうならば、彼らの言う通りサリアナは……メリアは……!


「こ、こんなの……お前たちが用意した、偽者で……っ……」

「本来であれば聖国にて即刻裁きを下すところであるが、不正に使用された門の調整のため数日要する。その日まで貴殿らは我々の預かりとなる」


 苦し紛れの言い訳が、張り上げてもいない声に消される。

 信じたくない。それでも、認めざるを得ない。本当にサリアナが、メリアを連れていったことを。あの加護無しを探すために、メリアを巻き込んだことを。

 ……だが!


「っ、それとメリアを迎え入れたこととなんの関係がある!?」


 衝動は身体ごと飛び出そうと呆気なく押さえつけられ、一歩も進まず。睨みつけたとて、なんの脅威にもならない。

 自分が犯罪者として扱われるのはまだ耐えよう。謂われもない罪を被せようとしていることだって。

 だが、メリアになんの咎があったという。彼女が一体、何をしたという!?

 誰一人味方のいない場所に閉じ込め、苦しめた挙げ句に犯罪者と呼びながら『花嫁』として聖国に留めるなど! なにもかも矛盾しているではないか!

 彼女はただサリアナに巻き込まれただけ、彼女が自分から聖国にいくはずがない!

 いいや、それこそ奴らの嘘だ。メリアを監禁していたのは他でもない聖国の人間ではないか!


「二度目の洗礼を迎えるまではこの国で過ごすと契約を結んだはずだ! それを反故することこそ協定違反ではないのか!?」


 もはや獣のように睨む青に対する瞳はどこまでも冷静だ。ただ相違するのは、その眉がひどく顰められていることだろう。

 不快ではなく、理解できぬことを隠しきれないと。否、隠すつもりすらないと。

 

「……それこそ、メリア・エヴァンズとなんの関係が?」

「――貴様ぁっ!」


 嘲笑ではない。本当に理解できないと、正気すら疑う声色にプツリと切れるは理性の音。

 ラインハルトの耳には、全てが誤魔化すための方便にしか聞こえていない。

 たとえ真実が異なろうとも、彼にとってはメリアを連れ去るための冤罪でしかない。


「やめよ、ラインハルト」


 押さえつけられようと藻掻き、噛み付かんばかりに吠え。それでも暴れ続ける男を止めたのは静かに響く声。

 だが、それすらもラインハルトの神経にさわる。それは、誰よりも否定せねばならぬ相手の声なのだから。

 メリアの無実を。この陰謀を食い止められる、唯一の!


「なぜですかっ、父上! 全てでたらめだ、ありえない! こんなことを許しておけば民はっ――!」


 忌々しい蒼で作られた囲いが緩む。その隙間、覗く姿は睨みつけた相手。否、睨み付けていたはずの相手だ。

 それは正しく己の父の姿。されど、それは……あまりに、変わり果てたもの。

 それこそ作り物と思うほどに血の気が引いた顔も、滲む汗も、地に落ちたままの視線も全て。威厳ある国王の姿とは遠くかけ離れた姿。

 この場で最も否定せねばならぬ相手のはずだ。

 なのに……なぜ、そんな顔をしている。これではまるで、罪を認めているようではないか。


「ち、ちうえ……?」


 目は合わない。合うはずもない。どれだけ見つめようと、ラインハルトの父は……ダヴィード王は地を見つめたまま。なおも逃げ場を探すように、視線を彷徨わせたまま。

 違う。違うはずだ。違わなければならないのに、なぜ。

 なぜ……こんな、ことに?


「連れて行け」


 告げる声は、決して答えを与えることはなかった。

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