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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第七章 聖国

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204.精霊と伴侶

 研ぎ澄まされていく空気。響く声。呟かれた言葉に、数刻前の女王の言葉を思い出す。

 当時は認められなかった人間との婚姻。……隠され続けていた始まり。


「女王陛下から聞きました。アピス様が望まずして嫁いだことも、その経緯も」

「だろうな。あれは歴代の『選定者』に必ず話していることだ。彼女と同じく、望まずに嫁ぐことがないように俺がそう頼んだ」


 教会が創立される前に嫁いだ人数は定かではない。そのうち何人が、今も精霊界で無事でいるかだって。

 彼ら、ないし彼女たちも同じように選択を迫られたのだろう。

 伴侶となるか、人のままでいるか。……そこに選択の余地があったかさえ、ディアンにはわからない。


「シュラハトがアピスに執着していたのは精霊の間でも有名で、だが娶るとは誰も信じていなかった。当時の人間は……精霊にとっては、愛玩物と同じだったからな」


 愛故に執着することはあっても、違う種族と契る者はいない。精霊にとっては犬や猫と同じだ。そんな存在と番うはずがないと、冗談として捉えていたのだろう。

 人で置き換えても納得できる。だが、実際にそれは起きてしまった。

 子を宿させるという、逃げられぬ状況までも作り上げて。


「その時の精霊にとって、人間は庇護対象だった。それなのに手を出したことを精霊王は怒り、同じ過ちが起きないように世界を別けた。本来ならロディリアは殺されるはずだったが……」

「精霊と人間の均衡を保つために、あなたが助けた」

「……そこまで聞いてたか」


 溜め息は吐かれない。鼻から静かに抜けていくだけだ。

 女王が今まで話していたのは、最初の伴侶のことだけだったのだろう。自身の生い立ちは今まで明かされていなかったはずだ。

 ディアンだったからこそ。彼が、エルドの『候補者』だからこそ……彼女も、話してくれた。


「過ちの証としても、半分は守るべき人間の血が流れた存在。救うためとはいえ役割を押しつけ、この地に縛り付けたことは恨まれても仕方のないこと。実際に人々が精霊を忘れるかは賭けだった。……だが、予想は当たってしまった」


 否定は紡げず、訂正もできず。見つめる薄紫が映しているのは当時の記憶か。

 人の前から姿を消し、たった百年で存在を失った者たち。エルドの脳には、まだその光景が残っている。残り続けている。彼らが犯した過ちの全てが、色あせることなく。


「忘れ去られると理解しても、もうその頃には魔力の濃度差は激しく、人間への影響から世界を戻すことはできなかった。だが、ロディリア一人では浸透しきれないと判断した精霊王は、精霊と人間の婚姻を許すと宣言したが……突然婚姻を言いつけられた人間のうち、喜んで身を差し出したのは俺の記憶に残っている中でも少ない」

「……トゥメラ隊は、その時に宿った子たちで形成されているとも、聞いています」

「その大半がアプリストスの被害者だ。あいつの欲は底を知らず、一人だけでは満たされなかった。それこそ壊れた道具を取り替えるように何人も自分に嫁がせた。……あいつがフィリア同様、婚姻を禁じられた理由はそれだ」


 強欲の精霊。リヴィ隊長の父親。婚姻を制限する切っ掛けとなったのも、彼の行いからだ。

 トゥメラ隊が何人で構成された部隊かわからずとも、今まで見てきただけでも膨大であることは間違いない。

 全員がアプリストスの子ではなくとも半数は占めているだろう。……はたして、かの精霊は彼女たちの名を覚えているのだろうか。


「エヴァドマの資料室を覚えているか。お前のことだ、飾っていた物にも一通り目を通していただろう」


 まだ二週間前というのに薄れかけている記憶。それでも思い出すのは、壁に飾られたタペストリーと、壊れた石版の一部。

 トゥメラ隊が見つめていたそれは明らかに異様で……一つだけ、雰囲気の異なるもの。

 泣いているように見えた観衆は、その通り嘆いていたのだろう。差しだされる花嫁を、見送らなければならぬ悲しみを。


「あれは当時の婚姻を描いたものですね?」

「そうだ。石碑に記載していたのは望まずに嫁いだ者たちがいた事実。タペストリーは、その光景を後世にまで残すためのもの。……婚姻に制限をかけてから暫くして、どちらも教会によって処分されたはずだった」

「なぜですか」

「……精霊への信仰を保つため。嫁ぐことを名誉と思わせるために、女王がそう判断した」


 あれらが唯一残っているものだと、伏せた目蓋はすぐに開かれる。

 真実を知れば、人々は不信感を抱くだろう。己の子が精霊界で同じように狂うかもしれないと、そう知った上で送り出す親はいない。

 石版を壊しておき、それでも捨てなかったのは古代語が廃れたと判断したからか。タペストリーが描く意味を、もはや誰も覚えていないからなのか。

 そうして都合よく語られることを……エルドも、知っていたからか。


「婚姻を制限するため、精霊王が人間にそう思わせるようにとロディリアに命じた。完全に廃止すれば他の精霊が暴動を起こし、それこそ愛し子の収拾はつかなかっただろう。……数百年という猶予のためとはいえ、隠蔽させたのは俺の責任だ」


 だから責めるのは彼女ではないと、かつての惨劇を知る男は語る。

 真相を隠し、名誉であると偽り、そうして犠牲を止めることができないのは自分のせいだと。


「ロディリアの尽力により教会は地位を確立し、精霊の伝承が忘れられることはなくなった。それでも、精霊が人間を求めていることには変わりない。この先も……この忌々しい習慣を止めることはできないだろう」

「……『選定者』は、必ず嫁がされたのですか」

「いや、二度目の洗礼までに拒否を伝えれば、その者は人として生きてける。名誉であると伝え続けているのは『選定者』への心象を良くする狙いがないとは言わないが……それでも、選ぶ権利は『選定者』自身に存在している。……その選択を守るために、俺がここにいる」


『中立者』として。精霊として、人間を守るために。

 世界が別たれ、きっと教会がその形を成す前からずっと。彼は、そうし続けてきたのだ。


「見守るだけなら精霊界にいてでもできた。だが……いや、それも言い訳に過ぎない。望まずに嫁がされ、そうして狂っていく人間たちを見たくなかっただけだ」


 何人、何十人と。求められるまま連れてこられて、人間界に戻ることは許されず。絶望し『人』とすら呼べない存在になって。……そうして失われてしまった伴侶たち。

 なぜそうまでして求めるか。そう疑問を抱いたところで、答えは理解の範疇を超えているだろう。

 欲しかったから。そうしたかったから。人間の腑に落ちる理由など存在しない。

 そうであればエルドもこの地には残らず、同胞たちから離れようとはしなかったはず。


「俺が今まで加護を与えてこなかった理由は、それを口実に精霊王が俺を連れ戻すと分かっていたからだ」


 淡々と続く言葉。寄せられることのない眉。だが、眼光の鋭さが増したのはディアンに向けてではなく、かの存在に対して。

 名前の明かされなかった三人目。その力も、存在したことすら語り継がれなかった精霊。エルドと名乗った彼の正体から、目を逸らすことはできない。


「愛し子にしたということは、伴侶を選んだと同義。だから三人目は……あなたは、加護を拒み続けたのですか」

「……人を娶らないとタラサにも誓ったからな。裏切りと称されても当然だ」


 罵声の声が鳴り響く。信じていたのにと嘆く声が、悲痛な叫びが蘇る。

 人を信じ、人に裏切られた精霊の願いが。それでもこの地を捨てられなかった彼の想いが反響して止まない。

 薄紫が緩む。だが、それは自分に向けての嘲りだ。笑い、息を吐き。それでも、視線はディアンから逸れることなく。


「他の精霊ならともかく、分身として存在の近い俺がこの地に残るのが気に食わないんだろう。時期が来る毎に精霊王は伴侶を娶れと迫り、その度に俺は拒絶した。たとえその一時であろうと……俺のせいで人でなくなる存在を見たくはなかった」


 それは言葉通りではなく。きっと、彼の守りたかった『人』の形を失うことが。身体ではなく、その精神を言っているのだ。

 ここまでして守りたいと思わせたなにかが。自分のせいで長い年月を経て磨り減り、失われてしまうことが……ここまで抗うほどに、耐えがたく。


「精霊と人間は相容れない。たとえ精霊に近い存在となっても、人としての思考が重なることはない。……本当に、アピスが今日まで正気を保てているのは強靱な精神があったからだ」


 そうでなければ耐えられなかったと。そうであったから、この悲劇は続いているのだと。

 なにに怒りを抱き、なにを嘆けばいいか。その答えを出し尽くしているからこそ、ままならぬと諦めてしまったのか。


「結局、他の精霊が娶れば同じこと。それでも、俺が娶ることで苦しめるつもりはなかった。この先何度機会が訪れようと、なにを言われようと、これ以上人間に犠牲を払わせるつもりはなかった」


 今までのように、これから先も。加護を与えなければ伴侶の資格もなく、愛し子でなければその人生が狂うこともない。

 他の精霊の凶行を食い止められずとも、自分がその側に回ることはないと。犠牲となる期間を延ばし、人から精霊への信仰が薄れぬように繋ぎ止め、そうして人の営みを見守る。それが自分にできる精一杯だったと、ディアンを加護した精霊は言う。

 だが、その誓いは破られた。その決意を狂わされ、そうしてディアンは愛し子となり……『候補者』となった。

 その原因を。それこそが、ディアンが求めたものだと。見つめる紫から、光は逸れぬまま。


「――二十年前、お前の父親が来るまでは」

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