192.お茶の席で
静かに歩く女王と、その後ろを付き従うトゥメラ隊。さらに後ろから抱えられたままついていくディアンと、周囲を囲む護衛たち。
そんな戸惑うほどの長い列が続いたのは、一つ廊下を渡るまで。開かれた扉の先は、一面の白であった。
今までも確かに白くはあったが、意味合いが異なる。自然の光に照らされたそれらが、柔らかく積もった雪であると気付くのにどれだけの時間を要したか。
タイルの敷き詰められた地面。その脇を彩る草花。整備されている様子はなく、されど雑多な印象を抱かないのは最低限の手入れが施されているからだろう。
ようやくここが山の頂に近いと自覚し、同時に違和感を抱く。
外に出たというのに一切の寒さを感じず、また緑も活き活きとしている。よく見れば一定の範囲は雪が積もっていないようだ。
これも魔術の一種なのだろう。こんなもの維持しようとすればどれほどの魔力が必要か。
空けた空間に手早く椅子とテーブルが運び込まれ、続けてティーポットも。
その一連を見ている間に女王は席につき、ディアンも同じように椅子へ下ろされる。
タイルに触れた足は、やはり温度を感じない。故に寒く感じているのは、女王越しに見える景色のせいだ。
席は二つ。ついてきたグラナートも、ゼニスも。そして、エルドもテーブルから離れた位置で待機したまま。
足音が止み、見やった薄紫は……やはり、ディアンと噛み合わず。
「砂糖とミルクは?」
「え、あ……い、いえ」
視線を戻され、差しだされたカップを見下ろす。あの謁見から、どうして席を共にすることになっているのか。素直に口を付けていいのか。
昇る湯気を見ても判断はつかず、両手は膝の上で強張ったまま。
「そう怯えずとも、聖水は使っていません。気を落ち着かせる効果はありますが……」
「聖水……?」
「……本当に、話すことは多いようですね」
聞き慣れぬ単語に女王が止まる。一拍おいて呟かれた言葉で指先に力が入り、静かに傾けられるカップを直視できない。
「先のことも含め、あなたを責めるつもりはありません。この場において、いかなる無作法も許します」
謁見の時と同じ。だが、その言葉にまだ柔らかさを感じるのはそう意識しているのか。ディアンがこれ以上緊張しないようにという心遣いか。
震える指がカップを持ち上げる。流し込んだ熱が染みこみ、広がる感覚は港でご馳走になった紅茶と同じ。
それでも力が緩まらないのは、まだなにも終わっていないからだ。
「質問を、お許しいただけますか」
「かまいません。あなたは、全てを聞く権利があります」
「……僕が気を失って、どれだけの時間が過ぎたのでしょうか」
真っ先に聞く内容ではない。だが、もはやなにから聞けばいいかディアン自身判断がつかなかった。
浮かんだのは、己が襲われた時のこと。
ここにいてはならない人物。来るはずのない相手。そして、彼女たちがどうなったか。
「おおよそ三日ほどです。あなたの妹であれば、今は離宮で預かっています」
「サリアナ殿下も一緒ですか」
「いいえ。彼女に関しては余罪があるため、地下にて監視しています。……ペルデ・オネストも、メリア・エヴァンズも、共に来た兵士も今は保護の扱いとしています」
メリアに関しては監視とも言えると、補足がなくてもわかっていたことに受ける衝撃はない。
「ペルデの、容体は」
「今は安定しています。ただ、根本的な治療には時間がかかるでしょう。……彼もまた、魔術疾患にかかっていました。発作の条件こそあなたとは違いますが、完治は厳しいでしょう」
視線は横に。待機しているグラナートに向けられ、その顔の険しさに彼も知らなかったことを示される。
ディアンの発作は父の命によって。ならば、ペルデは誰に……なんの為に。
「グラナート。任務のため、そしてあなたへの罰とはいえ、ペルデを巻き込んだことは改めて詫びましょう。彼に対し、できる限りの治療を行うと約束します」
「……感謝致します」
言葉と表情が釣り合わない。だが、その怒りは女王に対してではなく、自分に向けてだ。
ペルデを巻き込んでしまったことを。守れなかったことを。ここまで、悪化させてしまったことを。
エルドではなく、ディアンでもなく。自分自身に向けて。
だが、本当に悪いとするなら。ここまでの事態を引き起こしたのは……今日まで旅を続けたいと望んだ自分と、それを追いかけてきた彼女。
思い至り、しかし首は振らず。謝罪を口にするのも、今ではない。
「どうやって彼女たちは門を通れたのですか。ノースディア国王も関与しているのですか。……私の、父は、」
「それに関してはまだ調査中です。おおよそ見当は付いていますが……門の不正使用について、どちらも関係は薄いでしょう。サリアナ・ノースディアとメリア・エヴァンズ両名による犯行であり、協力者はいないと断言できます。……ペルデ・オネストに償う罪はありません」
否定され、それでも力は抜けず。彼女たちだけで門を通ることができた、その最たる疑問は払拭されず。その答えもまだ与えられない。
少なくとも、これで彼女たちの罪は揺るぎないものとなった。
王族であろうとも。否、王族だからこそ破ってはならぬ協定を、ディアンを連れ戻すという為だけに破った。
なぜここまでの凶行に至ったのか。そこにはまだディアンの知らぬ事情が、そうせねばならぬだけの理由が存在しているのか。
されど、仕える兵士とはいえ自国の者を。そして、関係のない他国の市民までも巻き込み、平和を脅かそうとしたことは許されてはいけない。許されていいはずがない。
そしてそれは……それは『精霊の花嫁』も、変わらないはず。
いいや、そうであれと望んでいるのだ。
いつか彼女が精霊に娶られるのならば。まだその資格があるのならば、更生するのは今しかない。
どれだけディアンが訴えようと聞かなかった。咎めればはね除けられ、抑え込まれ、違うのはお前なのだと否定され続け。
だが、今のディアンはそれこそが異様であったと知っている。あの環境こそ、あってはならない事態だったのだと。
なぜ教会が見過ごしていたかはわからない。それを教えてもらえるかだって、定かではない。
だが、もう事は起こってしまった。人として犯してはならぬ禁忌を、あろうことか『精霊の花嫁』に選ばれた人物が犯してしまったのだ。
もはやこれ以上は許せない。たとえ『精霊の花嫁』であろうと……否、だからこそ、これは裁かれなければならないのだ。
彼女のために。そして、エルドが見守り続けた人の世界のために。エルドが本来いるべき、精霊界の、ために。
「……私の、妹は」
俯いていてはいけない。聞かなければならない。受け入れなければならない。
そのためにディアンはここにいる。全ての疑問を晴らし、決着をつけ。そうして、自分がどうするかを選ぶために。自分自身の意思で、選択するために。
「裁かれた後も『精霊の花嫁』の資格を有するのでしょうか」
紫は揺れない。ディアンからその瞳は見えずとも、その視線は確かに交差している。
見つめ合った時間はきっと一瞬だ。それでも、その光は届き、そうして同じく返される。
ディアンが認識できずとも、その光は……間違いなく、彼女を貫いた。
「……そうですね。まずは、そこから訂正しなければなりません」
カップが傾けられる。その動作もほんの数秒程度のこと。だが、それがあまりに長く感じたのは、予想していた言葉ではなかったからだ。
否定でも肯定でもない。ただ、違うのだという事実だけ。
「そもそも、メリア・エヴァンズは『精霊の花嫁』ではありません」
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