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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第七章 聖国

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190.女王陛下

 永遠に続くと思われた廊下も、いつかは終わりを迎える。

 ディアンたちを迎えたのは、身長の二倍はあるだろう両開きの扉。両側に立つトゥメラ隊の足元、床に彫られた溝から流れる水はその先の空間から続いている。

 辿った先は床の下。それは廊下の裏を流れているのか、それとも地下に通じているのか。そもそも、なんの理由でそうしているのか。

 抱いた疑問は、守っていた二人が扉に手をかけたことで消散する。

 

「り、リヴィ様」

「……いかがなさいましたか」


 記憶に残っていた名を呼べば、扉を開ける手も止まる。

 今更怖じ気付いた訳ではない。ここで拒んだところでなんの意味もないこともわかっている。

 だからこそ、止めたのはそうではなく。


「あ、歩きます……歩かせて、ください」

「陛下は寛大な御方です、このまま謁見してもよいと仰せになっております」

「いいえ」


 だから大丈夫だと、なおも扉を開けようとする彼女をもう一度止める。

 失礼だと考えたのも嘘ではない。だが、そうではない。そうでは、なく。


「歩きます。いえ、自分の足で向かいます」

「『候補者』様」

「お願い、します」


 連れてこられたのではなく、自らの意思で来たのだと示すために。それでなにも変わらずとも。それが、なんの意味を持たずとも。

 自分は、自分の意志で、ここに来たのだと。


「ですが……」

「リヴィ」


 困惑する緑が、名を呼ばれて鋭さを取り戻す。

 視線の先、囲まれたエルドの表情に変化はなく。……ただ、ディアンを見つめる瞳だけは、変わらず、優しく。


「頼む」


 叶えてやってくれと続く言葉は音にならずとも、それがディアンに伝わったなら向けられた女だって同じ。


「……お支えします」

「ごめんなさい。……ありがとう、ございます」


 苦笑され、僅かに申し訳なさが込み上げる。

 おろされた両足に靴を履いていないことを自覚し、されど足裏に伝わる温度はなく。それが緊張のせいだけではないと、今のディアンが気付くことだって。

 ゆっくりと扉が開いていく。差し込む光もなければ、吹き付ける風もない。だが、肌を刺す威圧感は間違いなくそこにあった。

 これまでの内部と同じく、青と白を基調にした空間。その最も奥、数段しかない階段の頂点。

 薄い布で覆われた先、透ける景色がなくとも、そこにいる人物が誰であるかも。

 穏やかな水の流れはその両側から。扉に続く溝は壁から伝い落ちているものだと知っても、やはりなにも意味は無い。

 布で隠された横に立つのは、トゥメラ隊と同じ鎧の女性たち。

  段の下には、グラナートとゼニスの姿も。見知った存在に安堵できる状況ではなく、肩を支えられながら進む足が遅いのは、疲れだけのせいではない。

 ようやく半ば頃まで辿り着き、そこで止められる。

 王族に謁見する機会など。ディアンの記憶の中でも多くはない。

 ノースディアでは、サリアナの父として話す機会こそあっても、このような場で会った記憶はそれこそ一度だって。


「膝を折る必要はありません」


 正しい所作は思い出せず、されど立ったままではいけないと。屈みかけた身体を止めたのは美しい声だ。

 透き通った、芯のある響き。それは高貴さを窺わせる高齢の女性のようでもあり、花が開いた少女のように可憐でもある。

 己が虫なら花の蜜のように。干からびた大地であるなら、染み込む水のように魅惑的で……だけど、どこか無機質で。

 頭の奥でなにかが警鐘を鳴らしている。まともに聞いてはならぬと、己の中のなにかが拒絶しているのを、ディアンは確かに感じている。

 だが、それはサリアナに抱いたものとは違う。

 もっと本能的な……そう、これは、人としての恐怖。


「陛下、代弁も無しで話されては……!」


 動揺したのはディアンだけではなく、そばにいたトゥメラ隊も同じく。

 代弁がなにを示唆するかはわからない。おそらく、彼女の代わりに誰かが話すことなのだろう。


「ここまで加護を賜っているのなら、隠す必要などありません」


 慌てる周囲に対し、本人は穏やかなままだ。

 言い終わるや否や布が裂け、それが水で作られたものだと知ったのは飛沫が上がったからこそ。

 本物の布と見間違えたと、目を見張る間などない。取り払われた先、王座に座るその姿に目を奪われたからだ。

 月の雫をかき集めたような銀の髪。顔こそ身に付けた布に隠され見えずとも、その姿形が想像よりも若いことは隠しきれない。

 少女と呼ぶにはいきすぎて、されど女性と呼ぶには若すぎる。

 愛らしく、美しく。されど、湧き上がるのは畏れだ。

 人が見てはならないもの。認識してはならないものだと、己の本能が訴えかけている。

 この人が……この存在こそが、人と精霊の間に生まれた最初の愛し子。

 父を加護する精霊。シュラハトの、娘。

 

「よくここまで来ました『候補者』。私がオルレーヌ女王、ロディリアです。……ようやくお会いできましたね」


 待ち望んでいたと、その声は隠さない。やっと会えたと。ようやく、この地に連れてこられたと。

 それは目的のためか。あるいは、ディアンの安全を確保できたからか。

 その真意はわからず。知れずとも、ディアンがすべきことは変わらない。


「……ディアン・エヴァンズと、申します。どうか、この先の無作法を、お許しください」

「許します。そして、許しを願うのはあなたではなく」


 見てくれだけはなにも変わらず。首も振らなければ、俯くことも。

 だが、その視線が。その見えぬ光がディアンの後ろ……そこで立っているエルドに向けられていくのを、その声だけで知る。


「そこの男でしょうが」


 あまりにも冷たい声だ。非難し、責め立て、憎々しさすら感じさせる。


「ディアン」


 思わず振り返ろうとしたディアンを引き止めるのは、名を呼ぶ声だ。先ほどの温度が嘘のように、何事もなかったように声は続く。


「全てを話す前に、あなたに確かめなければならないことがあります。嘘偽りなく、誠実に答えるように」

「……なに、なりと」


 鼓動が強まる。それは女王の圧におされているだけではない。エルドを責めるその声を聞いたからでもない。

 今まで目を背け続けていた予感。今はその時ではないと逸らし続けていた答え。その真偽が明かされる時が来たからだ。

 受け止めなければならない。その為に……自分は、ここにいる。己の足で、ここまで来たのだから。


「あなたは、ここに連れてこられた理由をどのように聞かされていますか」


 背筋を正し、息を吐く。大丈夫、これはエルドから聞いたことだ。知っている。だから、大丈夫。


「……僕が『候補者』であること。そして、王国の協定違反を証明するために必要だと伺っています」


 ディアンが知らないことこそが、その証明になるのだと。彼らの……自分たちの父の罪を曝く、確固たる証であると。確かに、あの時エルドは教えてくれた。

 なぜそうであるかは、それこそ今、明かされるのだと。


「では、『候補者』の役割とは」


 だが、返されたのは望んでいた答えではない。そして、ディアンが知っていることですら、ない。

 鼓動が跳ねる。指先が強張り、息が乱れる。


「それは……」

「なにをもってして『候補者』と呼ばれているか。なぜ、我々が長期にわたってあなたを監視し、保護しなければならなかったのか。……そこの男から説明はされましたか」


 答えられない。……答えられる、はずがない。

 それは全て、ここに着いてからとエルドは言った。聖国に、そして女王陛下に会った後に、全てを説明するのだと。

 だから、ずっと胸に秘めていたのだ。己がなんの『候補』であるか。どうして、教会は自分をずっと観察していたのか。

 異常だと知りながらメリアを放置し、グラナート司祭に自分を保護するよう任務を授けたのか。一つだって。

 全てエルドの口から語られると信じていたから。だから聞かなかった。否、聞けなかった。

 そうだと約束したから。そうだと彼に、宣言したから。

 彼を、エルドを信じるのだと。彼自身に。そして自分に誓ったから、だから、


「なかったのですね」

「っ……せ、宣言を。女王陛下に謁見した後に、全てを説明してくれると……」

「つまり、あなたは『候補者』の意味も、彼の正体についても、なにひとつ聞かされていないのですね」


 咄嗟に出た言葉は、ただの言い訳にしか捉えられなかった。否定できない。だって、聞かされていないのは事実だ。

 エルドは嘘は吐かなかった。答えられないことは答えられないと明言し、気付かなくていいことは誤魔化し続けた。……それは、説明から逃げ続けたと解釈されて当然で。

 だが、違う。それは答えられなかったからだ。言えないなにかが、あったからだ。

 そうだと信じたいだけなのか。それこそ、目を逸らしているのか。ただ盲目になっているだけなのか。

 どうしてこんな焦りにかられているかわからない。

 それでも、答えなければ。否定をしなければ。そうだと認めては、きっといけない。


「エルド……っ、いえ。『中立者』様が、人でないことは知っています」

「そう察した、の誤りでは?」


 指先が強張る。服を握りかけて、すぐにほどく。

 目を逸らしてはいけない。気付かれてはいけない。

 否、もう知られている。それでも、続けなければ。沈黙しては、だめだ。


「あなたが聡明であることは、グラナートの報告でわかっています。勘のいいあなたのことです、たった一ヶ月といえ、共に過ごしたなら説明されずとも気付いたことでしょう」

「いいえ。自分は『中立者』様の口から確かにそう伺いました」


 嘘ではない。嘘など、吐ける度胸はない。

 確かにディアンは聞いた。エヴァドマを下りたあの夜に。

 愛し子ではないと否定しても、半分は当たっていると。確かに、エルドはそう言ったはずだ。

 人ではない。そして、あの時目を逸らしていた答えは、もう補完されている。

 嘘ではない。嘘では、なくて、


「では、彼の正体について話せますね」


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