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17.醜態

「――は?」


 低い、唸るような疑問。それは抑えようとしても抑えられるものではなかった。

 視界の端でペルデが跳ね、大きく視線を逸らす。だが、ディアンの視線は妹に突き刺さったままだ。


「……まさかと思うが、精霊門じゃないだろうな」

「なによ、お兄様には言って――」

「メリア!」


 今度は明らかに妹の肩が跳ねる。

 笑顔はとうに消え、睨みつける瞳を見下ろす視線は鋭く、冷たく。されど、隠しきれぬ怒りはそこに。


「答えなさい。お前が見に行くと言っている門は、この城の地下にある精霊門か」


 状況全てが肯定している。

 もう久しく訪れていなかったが、主要な部屋の位置はまだ記憶に残っている。地下室に続く通路は客間から遠く離れ、この中庭を突っ切るのが一番の近道だ。

 外門なら見に行く理由などない。見に行くと公言し、そのうえでサリアナを誘うとなれば……もう、答えなど聞かずとも。

 それでも聞くのは、否定されたいからだ。思い違いだと、勘違いであると。なにも咎めることなどなかったのだと。


「っ、そうよ! 別にいいじゃない、門ぐらい……!」


 だが、どれだけ希望を抱いても呆気なく砕くのはいつだって彼女だ。

 大きく、息を吐く。それは呆れではなく、少しでも怒りを静めようとするなけなしの努力だ。

 ああ、まさかここまでなにも知らないとは。知らぬままで、いたとは。


「……お前が、その程度と言っている精霊門は、見る事はおろか近づくことすら禁じられている。そして、陛下と教会の権限がある者両名の許可が必要だということは、前にも話したはずだ」


 そう、何度も、何度も。数えきれないほど、ディアンは彼女に伝えたはずだ。

 精霊門は庶民はおろか、王族でさえたやすく近づくことはできない。それは精霊門から流れる力に影響されないためでもあり、人間が精霊界に誤って紛れ込まないためでもある。

 緊急時にのみ使用できるが、それも国王と司祭以上の権限を持つ教会関係者。両名の許可を得て、ようやく許される。

 許可なく近づくだけでも重罪だ。門に続くまでの通路に見張りはいるが……問題は、そう考えたその思考自体だ。

 好奇心を満たす為に罪を犯すなどあってはならない。


「許可ならライヒとペルデが出してくれたわ! ねぇ、そうでしょう?」

「あぁ、そうだ」


 一人は頷き、一人は顔ごと逸らす。どちらが、など説明する必要もない。


「ペルデ、この国で許可が出せるのはグラナート司祭様だけだ。君にその権限はない」

「っ……そ、それ、は」


 口ごもり、されど否定はしない。分かっていながら止められなかったのか。彼ならばそうもなるだろう。

 メリアとラインハルトに迫られ、断れなかった。教会の者としてそれは致命的だが、それを咎めるのはディアンではない。

 そう、理解できないのはもう一人。許されない行為と知っていてなお、堂々としているその男。

 妹共々睨みつける青を、正面から見つめ返す。込み上げる怒りは喉の奥に留めたまま、しかし息を吐く余裕などもはやない。


「……殿下ともあろうものが、こんな基本的なことをお忘れですか。これが陛下の耳に入ればただでは済みませんよ」

「俺がいいと言っている。そして、教会の許可も得ている。口を挟むな、加護無し」


 耳だけではなく目さえも疑いそうだ。本当に目の前にいるのはラインハルト本人なのか。王族、それも第一後継者が禁忌を軽々しく扱うなどあってはらないことだ。

 それなのに、彼はメリアを連れて自らその罪を犯そうとした。その危険性も理解しているはずなのに、その結果が己だけで始末を付けられないことは分かっているはずなのに!


「貴方様に門に関する権限はございません。そして、この国でグラナート司祭以外に許可を出せる者は存在しない」


 知っているのなら。知っていたのなら、ペルデは既にこの場にはいない。そして、こんな事態になる前に絶対に止めているはずだ。

 それこそ、今の議題も中断させ、何が何でも駆けつけるはずだ。

 それほど重大であることを、彼らは誰よりも自覚しなければならないのに!


「精霊の花嫁になるんだから、許可なんていらないじゃない!」


 ぐつり、沸き立つ怒りが呼吸を乱す。できるのならば感情のまま怒鳴り、無理矢理にでもこの場から連れて行きたいぐらいだ。


「花嫁と言うが、お前はまだ人間だ。人間である限り許されないことがあり、守るべきルールがある。今のお前が近づくことは、陛下も司祭様もお許しにはならない」


 拳が震え、爪が食い込む。骨の軋む音がうなじに響き、噛み締めた奥歯の悲鳴が鼓膜を揺する。もう声を荒げていないのが奇跡のようだ。


「今なら司祭様にも黙っておく。……部屋に戻りなさい、メリア」


 本来なら報告しなければならないだろう。

 たとえ未遂であってもそう考えていたこと自体が問題なのだ。それも、咎めるべき王族と自分の息子が揃っていながらなんて。

 だが、そんな相手でも妹だ。どれだけ考えが足りずとも、守らなければならない家族なのだ。

 この場での告げ口はしない。あとで……ほとぼりが冷めた後に、彼女だけは相談するとしても。とにかく今は諦めさせるのが優先であると、向かうべき方向を指で示す。


「嫌よ!」


 だが、メリアが叫ぶのは拒絶ばかりだ。一層強くラインハルトの腕を引き寄せ、その陰に隠れようとしている。比例して向けられる瞳はますます強く、鋭く。


「ラインハルトもペルデもいいって言ってるじゃない! 二人よりも弱いお兄様にどうこう言われたくないわ!」

「この場において優劣がどう関係する。我々人間には守らなければならない盟約があるんだ。過ちを犯せば、お前だけの責任で済む話じゃないんだぞ!」


 命までは取られないだろう。だが、重罪を犯したという事実は消えず、最悪の場合は一生を牢の中で過ごすことになる。王族とて、その判決からは逃れられない。

 門は国へ教会が貸与しているものであり、教会は精霊から賜っている。たとえ身近にあろうと、それは精霊の所有物だ。人間はその恩恵をあずかっているだけにすぎない。

 形式上、裁くのは教会だ。だが、精霊自ら罰を与えることだって十分にあり得る。

 そうなれば被害は個人だけではすまない。最悪は国が滅ぶ可能性だってある。

 たかが門、されど門。重要なのは、盟約がいかに恐ろしいものであるか理解していないこと。


「お前の身勝手な行動で何人もの人が苦しむことになる可能性だってある。お前の好奇心のせいで、無関係な者たちが命を落とすかもしれないんだぞ! それは『花嫁』であっても――」

「うるさいうるさい! うるさい!」


 ダンダンと地を踏みしめ、足を鳴らす。

 まるで子どもの癇癪だ。いっそ幼子であれば救いもあった。二歳しか違わない自分の妹でなければ、まだ、諦めもついた。


「どうしてお兄様はそうやって意地悪ばかりするのよ! 私は『精霊の花嫁』なの! 『花嫁』がすることに精霊が怒るわけないじゃない!」

「メリア……!」


 どこからそんな自信がある。どうして、そう思える。なぜ疑いもしない。

『花嫁』であろうと彼女は人間だ。どれだけ特別であろうと、選ばれた者だとしても、まだ同じ人間なのだ。

 全てが許された人間などいない。どんな罪を犯そうと許される存在などいはしない。

 ……それを、どうして理解できない!?


「お兄様の方がよっぽど迷惑だわ! 誰にも勝てない、なんにもできない! 加護だってもらっていない、なのに騎士になろうとしているお兄様のほうがみんな迷惑よ!」


 叱られ激昂しているだけ。いつも言われていること。されど、もう抑えは効かない。

 全て事実だ。認めよう。だが、己の欠点が犯そうとされた罪となんの関係がある。

 叫び、怒鳴り、不満を垂れ流し。それで有耶無耶にできるものではない。

 何を言われようと咎めなければならない。そうでなければ、妹は……!


「――なにを騒いでいる」

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