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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第六章 聖国までの数日

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170.乗船確認

 見えてきた船は、思っていたよりも大きい物だった。

 小型と称していたが、それは手持ちの中でという意味だったのか。ディアンの認識では、中規模と呼んで差し障りのない規模。

 あるいは貨物船の中では小さい方ということか。どれであれ、船に関する知識の薄いディアンにはわからないし、今は問いかけることもできない。

 野ざらしになっていないかだけが懸念だが、それも確認することはできず。雨で濡れないスペースがあることを願う。

 いや、そもそも無事に乗船できるのかを心配しなければならない。

 言いつけ通り俯いているせいで、自分が今どの位置まで来ているか知ることはできない。ついでに言えば周囲の視線がどうなっているかも。

 これだけの人がいるのなら、ほぼ全身白とはいえあまり目立たないとは思いたい。

 いや、目立たなくたって結局止められるのには変わらないのだ。だから注目されているかに意味は無く、ただディアンの気が落ち着かないだけ。

 緊張を悟られないよう手に力を入れることはできず。エルドが肩を抱き、後ろから押さなければ足の震えも気付かれていたかもしれない。

 進むごとに鼓動が強くなる。それは緊張のせいか、肩越しに伝わるエルドの体温のせいか。あるいは、身に纏っている花嫁衣装のせいなのか。

 先ほど周知されていないと言っていたが、知っている者からすれば夫婦にしか見えないだろう。その為に変装したのだから、そう見えなければ困るのだが、やはり胸中は複雑だ。

 でも馬車の中で感じたのとは違う。嬉しいような、悲しいような。高揚感は心地良いのに、そのずっと奥がツンと痛むような。

 決してそうならないとわかっているからこそ、余計に惨めなような。ああ、やはり明確に表せられる言葉が思いつかない。

 仮初めでもそう呼ばれる今の状況を喜んではいけないし、そうできるほどディアンも無邪気にはなれない。

 だから、さっきからそう考えてしまうのは、また現実逃避をしているのだと。少しでも緊張から解放されたいのだと、言い聞かせることこそ逃げているのだろうか。


「そろそろだ」


 耳打ちされ、分かっていたはずなのに近すぎる声に頷くのが一瞬遅れる。舗装された道、視界になんとか入るのは足場の切れた部分のほんの一部。

 正面に長く続く地面の先、乗り込むべき船はそこにあるのだろう。

 大きく息を吸い、静かに鼻から吐く。それでも四肢は強張り、どこかぎこちない。

 俯き、喋らず、彼から離れない。たったそれだけなのに、こんなにもままならないとは。


「おいおい、息はしてろよ」


 肩を抱く手が強まり、先ほどよりも近い位置で声がした。布がなければ直接吐息がかかっただろう声に含まれるのは呆れるような声色。

 そこに言葉通りの意味はなく。わざと込められたと理解し、緩むはずだった顔は別の意味で固くなってしまう。

 ああ、本当に布で隠れていてよかった。そうでなければ、この赤くなった顔は誤魔化せなかっただろう。

 言いつけ通り、ただ静かに頷く。耳も首も見えることなく、しかし繋いだ手が僅かに跳ねていたことは、ディアンは終ぞ気付かず。

 そしてエルド自身も声にすることなく……その足が、止まる。


「待て。船員以外の乗船は認めていない」


 俯いているディアンの視界に入るのは、見慣れない足先だ。王都に勤める兵士が着用する防具でないことに少しだけ安心しても、気を抜くには到底至らず。

 立ち塞がる数は二人分で、どちらも兵士らしきもの。その奥には魔術師らしき気配も一つ。

 その汚れた靴先を凝視していれば、横から磨かれた革靴とスーツが入り込む。


「ああ、彼らは私の知り合いでね。巡礼の旅を終え、国に戻るというので乗せるところだ」

「巡礼? なんだそれは。嘘を吐くならもっとまともなことを言うんだな」


 疑う以前の門前払い。鼻で笑われ、シッシと手を払われる姿は見えずとも、信じる気がないのは明らか。

 だが、そんな態度もエルドが懐を探り、メダルを取り出すまでのこと。


「これは……」

「巡礼とは遥か昔、精霊へ嫁ぐ者が聖地へ向かった旅になぞらえ、婚姻を控えた者が祝福を授かるための儀式のことだ。今は教会以外に知る者は少なく、知っていたとて行う者も僅か。嘘だと疑うのも無理はない」


 兵士の雰囲気が変わり、後ろに控えていた男が近づく気配。メダルはエルドから魔術師の手に渡り、確かめられている間も堂々たる説明は流れるように。


「とはいえ、まだその制約は今も息づいている。精霊が娶ると定まった時点でその者は精霊のもの。故に聖地に辿り着くまでは姿を隠し、限られた者にのみ声を発し、そしていかなる理由であろうとその行手を阻んではならない。疑わしければ直接司祭殿に聞けばいい」


 同じ内容が返ってくるだろうがと、付け足された声に戸惑う気配は二つ。その向こう、更に一歩近づいたのはメダルを受け取った魔術師だろう。


「いえ、本物だと確認できました。ですが、念のため確認させていただきたく」

「……いいか?」


 覗き込まれ、しかし視線は合わず。ただのフリだと理解し、首を振る仕草はなるべく弱々しく見えるように。

 胸元に寄りかかれば、抱きかかえるように手が回される。この距離なら、力尽くでもベールを外すことは難しいだろう。


「顔を見なければ構わない」


 手が近づいてきたのを感じ、強張りを誤魔化してくれるように腕に圧がくわわる。

 その力強さに気を取られている間に終わったらしく、見えていた足はすでに遠くへ。


「結構です。教会の関係者が連れているのであれば、問題はないでしょう」


 通っていいと告げられ、あまりの呆気なさに瞬いてしまう。その仕草すら見えていないだろうが、緊張がほぐれたのは抱かれた肩からも伝わっているだろう。

 こんなにあっさりいくとは思わなかったが、揉めないことに越したことはない。


「待て」


 だが、気が変わらぬうちにと進む足が阻まれる。先ほど嘲笑ったのと同じ声は、ディアンの目の前から。


「まだなにか」

「その邪魔な布を外せ」


 指をさされたか、顎で示されたか。どちらであれディアンは視認できず、必要もなく。


「できないことは、先ほども説明したはずだが」


 抱き込む力が強くなる。隠し、庇い、守ろうとする胸に顔を寄せた程度では男は引き下がらない。


「そのメダルが本物であったとしても、盗んだ可能性もある。そもそも隠しているのなら魔術を使う必要もないだろう」

「偽者だと言いたいのか」

「ありとあらゆる可能性を考えよとの命令だ。本当にそれがアンタのだと証明できるのならなんの問題もないが……それこそ、教会に証明してもらうとかな」


 司祭をここまで連れてくることはおろか、教会内に入るのさえ今は不可能。できないと理解した上での発言に、再び四肢が強張る。


「逃げ出したのは男と聞いている」

「ああ、黒髪に黒目の男だ。丁度そこの奴と同じぐらいの背丈だともな。……女にしては随分と長身じゃないか?」


 顔が隠れていてよかった。そして、肩をエルドに抱えられていて本当によかった。

 その二つを持ち合わせており、かつ王国が探している。そんなの自分しか考えられない。

 エルドは、ディアンが協定違反の証拠になることは知られていないと言っていたはず。だが、サリアナの要望だけでここまでするのか。

 予想が当たっていたことへの動揺と、それでもなお信じられない現状。ぐるりと回る世界は歪む地面だけを映す。


「巡礼中は伴侶以外に顔を明かせない決まりだ」

「そもそも、それだって本当かどうか怪しいところだな。やましいことがないなら顔ぐらい見せられるだろ」

「おい、本当に教会の人間だったらどうするんだ」


 食い下がらぬ同僚を止めたのは、もう一人の兵士だ。

 普通なら身分証を提示した時点で疑う者はいない。盗まれるなんてそれこそあり得ず、彼が言っていることは屁理屈でしかない。

 だが、可能性を提示されれば否定しきることはできず。それでもここまでくると、執拗よりも執念と言うべきか。


「協定違反を犯した犯罪者だぞ。本当に教会の関係者なら、今の状況がどれだけ重大か分かっているはずだ。前例を認めれば真似する奴が出てくる。それで逃してしまえば誰が責任を取る」


 二人がかりの説得に対しての反論は、屁理屈であっても道理は通っている。

 言葉に詰まれば抑止は期待できず、男の視線は再びディアンたちへ。


「ここで見せられないというなら、尋問室に行くことになるぞ」

「いい加減に――っ」


 荒れる口調に、咄嗟に頬へ手をあてがう。落ち着くように諭されたと思ったのか、落ちた薄紫はやや険しく。だが、目的はそうではないと首を振る。

 頬からベールに。それから布を引いて、口元を隠す代わりに目元を晒す。声が出せなくとも、これで意図は通じるはず。

 実際、理解したエルドの眉が寄り、難色を示す。瞳だけとはいえ、男と気付かれるリスクがないわけではない。

 だが、彼はハッキリと言った。黒髪に黒目だと。そして、偽装魔法がかかっていないことはすでに証明されている。

 全てを明かす必要はない。彼らが知っている情報と違う、その一点だけで引き止める理由は全てなくなるのだ。

 元よりバレる危険はあった。このまま有無を言わさず連行されるぐらいならば、試すだけの可能性はある。

 それだって見つめていれば伝わったのだろう。肩を抱く力が緩んだのを返事と捉え、深呼吸は短く、気付かれぬように。

 そうして、ゆっくりと振り返り……その瞳がよく見えるように。違うのだと証明するために。もうその色ではないのだと見せつけるように、紫は男たちを捉えた。

 王国で支給されている兵士の防具。兜に守られていない顔面、驚き見開かれる表情に鼓動が跳ねる。

 色は違えど、特徴まで隠せるわけではない。三人ともディアンの記憶には掠りもしないが、彼らもそうとは限らないのだ。

 どうか当てが外れたことへの落胆であれと、エルドの胸元へ戻った頭部は撫でられ、僅かに和らぐのは恐怖だけ。鼓動は未だに高く、強く。


「もういいな」

「え……あ、ああ! もちろん、ええ」


 しどろもどろな返事は、おそらくエルドが睨んだからだろう。本来明かしてはならない顔を、一部だけとはいえ見せなければならなかったことに対しての怒り。

 巡礼中の伴侶の対応として、ここで怒りを抱くのは自然だ。

 圧に押されたか、教会に対しての不敬か。挙動はぎこちなくとも、もう引き止める理由がないのは確か。

 後ろから押され、ようやく足は前に進む。視界に渡し板が入り込み、もうあと少しだと吐いたはずの息が、鋭い痛みによって止まる。


「――待て!」

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