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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
第五章 一ヶ月後

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156.嵐の後で

「あー……まぁ、狙い通りだな」

「……わふ」


 最初から最後まで突っ立っていただけのエルドが、改めて周囲を見渡す。壁際に三人、地面に三人。息はあるが、どれも無事とは言えまい。

 ここまでするつもりはなかったんだが、と。そう開き直る口ぶりは、目の前のこれではなく、おそらくダガンにかけた術に対してだろう。


「……説明してもらえますか?」


 とても少女に見せられるものではないと、顔を隠したまま見上げる薄紫が僅かに逸れる。

 誤魔化し、苦笑し。だが、追求からは逃げられないと観念する……いつも通りの、見慣れた顔。


「先に人払いからだな。……ゼニス」


 声をかけられ、白が颯爽と駆け出す。扉を閉めた上で走り去った数秒後に聞こえた鳴き声は、下にいる他の連中をつり出すためだろう。

 それを相手にするのは、ゼニスではなくあの男のはず。


「簡単に言うと、俺たちを視認できないようにした上で全員俺に見える幻覚をかけた」

「そ、そんなことが……?」


 疑問が少女の口からでている間に、エルドが倒れた男たちの元へ向かう。

 回復魔法こそかけないが、死んでいないかを確認しているのだろう。


「本当はもう少し軽めにかけるつもりだったが……まぁ、やっちまったもんは仕方ない」


 それは少女を宥めるためのものだろう。肩をすくめ、全員の確認を終えたところでディアンの元に戻ってくる。

 まだ敵が片付くまで移動するつもりはないらしい。そうなると、先ほど抑えつけていた疑問が戻ってくる。


「あの、加護の暴走と言っていましたが……それと関係が?」


 先ほどララーシュにも言っていたことだ。怯える彼女に、それだけではないと。ダガン自体の耐性もあるのだと。

 無関係ではないはずだ。それは愛し子に……今後の自分にも関係があることだと。


「……そうだな、お前も知っておくべきか」


 エルドもそう考えたのだろう。小さな溜め息はなにに対してのものなのか。

 そこまでの追求はできず、代わりに薄紫を見上げる。


「愛し子……この場合は教会で普及してる方になるが、大精霊やそれに匹敵する精霊からと、それ以外の精霊とでも宿る力には差が生じる」


 持ち上げられた両手。左手は真ん中に、右手はそれよりも下に。このぐらいだと視覚させてから、左手はさらに上へと持ち上げられる。


「で、加護と言っても贔屓具合で揺れ幅が生じる。ダガンならこの辺りだが、ララーシュなら……」

「……えっ!?」


 説明中なのに横槍を入れるのは失礼とわかっていたが、声を出さずにはいられなかった。

 それがララーシュのと重なったことから、ディアンだけが抱いたものではないと知っても、顰められた顔は戻らない。


「なんだ」

「い、いえ、あのっ……あの人も、愛し子……?」


 言いたい気持ちはわかる。ディアンだってそうだ。

 誰もが見目麗しいわけではないし、教会も全員把握してはいないだろう。だが、それでも……やはり、違和感は凄まじく。


「おいおい。お嬢さんはともかく、お前は見てたんだからわかるだろ」

「そ、そう言われても……」


 なにを今さらと、そう呆れられてもわかるわけがない。

 たしかに常人より腕力がすごいとは思っていたし、実際物だって簡単に壊せていたし……だが、それは剛腕の精霊の加護があるからだと思っていたからだ。

 そこから愛し子だと連想するのは、さすがに厳しいものがある。


「普通に加護を賜っただけであんな怪力出されちゃたまったもんじゃねぇし、宣言に対して厳罰が与えられても困る」

「ですが、愛し子は洗礼を受けた時点で把握しているものでは……?」


 全員は保護していなくても、洗礼の時点で名前と所在は把握しているはずだ。

 その名称が他に広まっていなくても、それが誰でどの精霊から授かったのか。教会が認識していながら放置しているとは考えにくい。


「把握していても管轄できてるわけじゃないし、それこそ教会も機能しなくなる。お前が思っている以上に愛し子ってのは多いんだ。本当に重要な奴の動向さえわかってりゃ、あとは基本的に洗礼を受けるときに確認できてりゃいい」

「では、ダガンの場合は……」

「なにかしらの要因で教会に来なかった可能性が高いな。監視対象になったかはともかく、教会だって知っていてここまで野放しにはしない。……で、話を戻すが、ダガンがこの辺りならララーシュはこの辺りだな」


 改めて手が持ち上げられ、片方が上に。もう片方は中付近で止まる。どっちがどっちかは言うまでもないだろう。


「さっきも言ったが、愛し子自体は珍しくはないし、公言していないだけで外的特徴がなければ黙ってる奴の方が多い。だが、そこのお嬢さんやお前の妹のように、隠せないほど強い加護を授かった者もいる」


 よぎるのは、この少女によく似た妹の姿。

 金髪が煌めく光に混ざる薄桃色。強い魔力を纏った者の、証。

 彼女はそもそも隠そうともしなかったが……確かに、これは望んでも誤魔化せるものではない。


「本来、加護というのはどんなに小さくとも人の身には余る力だ。強ければいいってもんじゃないし、愛し子だからといって許されるわけではない。悪用しようもんなら封じなければならないし、使いこなせないのなら補助する必要がある」

「……それが、監視ですか」

「身も蓋もない言い方をすればそうだが、大半は観察で済んでいるし、制御したいのならばそれを手助けするのが教会の役目だ」


 彼女のようにと、視線だけで示された少女が俯くのを気配だけで感じ取る。その小さな緑は、己の腕に向けられているのだろう。

 力を制御するための保護具。彼女にとって……なくてはならないもの。


「過ぎた力は、周りだけでなく自分自身も傷つけてしまう。その恐ろしさが分かっているなら大丈夫だ」

「ですが、さっきも……」

「あれは、あいつを止めようとした焦りと恐怖によって制御が効かなかっただけだ。それだけ怯えているということは、普段から気を付けているんだろう?」


 俯いた少女の返事はなくとも、その加護を恐れているのはこの短時間でもわかる。

 自分ではどうしようもない、巨大な力。そのせいで大切な人を、そして自分自身も傷つけてきたのだろう。

 手放したくとも手放せない。だけど、抑える以外にどうしようもない。

 それは……あまりにも、理不尽といえる。


「その……彼女の加護というのは」

「……簡単に言えば、魅了だ」

「魅了……?」


 僅かな沈黙。回答のように見えて、誤魔化されたと気付くのは難しくない。

 ディアンの知識不足かもしれないが、魅了を司る精霊は存在しないはずだ。一般人には公開されていない特別な存在でなければ……あえて、名を明らかにしなかった。

 その理由だけは悲しいほどにハッキリとしている。だが、動悸がわからない。


「性別や年齢に関係なく、望みを叶えたくなると言えばいいか。欲しいと言えば与えられるし、したいと言えば叶えられる」

「っでも、私……!」

「分かってる。お前を責めているわけじゃない。……だが、強い加護を授かった者は、意識せずとも他者に影響を与えてしまうものだ」


 先ほどのダガンのようにと、付け足される言葉が答えだ。望んでいなくてもそうなってしまう。望んだとしても、それは彼女の願った本当の形ではない。

 歪み、湾曲し、それでも叶えられてしまう。

 ララーシュのように恐れ、制御しようとするならまだ救いはあるだろう。

 だが、それを自覚した上で悪用するならば……それこそ、取り返しのつかないことになってしまうだろう。

 望むまま、欲しいがままなんて。下手をすれば国が傾くだけの惨事を招くことになってしまう。

 鼓動が激しさを増し、脳裏の光景が重なりかける。頭を振って逸らそうとしたいのは、まだその時ではないからだ。

 考えるのは後でいい。そう、だから……これは逃げではない。逃げでは、ないのだ。


「とはいえ、他者への影響というのは本人の意思には関係ない。中には執着心から妄想に取り憑かれ、それを現実と思いはじめる者もいる。愛し子が子どもだと自分が本当の親だと思い込んだり、兄弟と思い込んだり……ひどい時には運命の相手だって年齢関係なく恋人という奴もいるな」

 悲しいことにそれが一番多い例だと補足が入れば、服を掴む小さな手に力が込められる。

 今までも経験してきたことだろう。そして、それは全て……彼女の意思とは関係なく引き起こされたこと。


「その……たとえば、加護を返すことは……」

「加護というのは精霊からの授かり物だ。そして、それは人の意思とは関係なく一方的に与えられる。封じることはできても返すことはできない」


 だからそれがあるのだと、床に捨てられた枷を指されて沈黙する。奪えるのなら最初からそうしている、ということだ。


「そして、封じ込めるというのは罪人にしか行われていないし、全員に事情を説明できるとも限らない。気持ちはわかるが、自分自身で制御できるようになるのが本人のためでもある」


 理不尽だと、声なき抗議が聞こえたのは気のせいではないだろう。

 望んで欲しかったのではなかったと、何度そう涙を流しただろうか。

 そうして、受け入れるしかないと……この少女がそう諦めてしまったのは、一体何時ごろだったのか。


「だからこそ、本人にその意思がある限り、教会は助力を惜しまない。見たところ普段は抑えられているようだし、二度目の洗礼を受けるまでには落ち着くはずだ」

「……そうだと、いいのですが」


 声は不安に満ちている。過剰な期待は自分を辛くするだけだと、この年でもう悟っているのだろう。

 加護のない……いや、今までなかったディアンには知れぬ苦労だ。

 無くても、ありすぎても、それぞれ違う苦しみがある。そして、それは簡単に解決するものではない。


「そうでなくても今までの、そしてこれからの努力はお前を決して裏切ることはない。……そうだろう、ディアン」


 はたり、瞬く。そこでそう振られるとは思わず、咄嗟に言葉を返せないのは脳裏によぎる声が邪魔をしたから。


『お前のしてきたことは全部――』


 感情のこもらない。否、込めないよう淡々と告げられた言葉よりも、ずっと深くに染み込んでくるのはその薄紫が温かいからだ。

 あの夜と同じ。抱きしめ、背を撫で、そうして無駄ではなかったと。そう訴えてくれたあの時と変わらぬ光だったからだ。

 これこそ逃げだろうか。都合のいいことばかり受け入れて、目を背けようとしているだけなのか。

 今のこれだって、ララーシュを安心させるための嘘かもしれない。ディアンが思っているような意味などないかもしれない。

 なにもわからない。エルドの本心は、今までも……そして、これから先も、ずっとわからないままなのだろう。

 それでもディアンが微笑むのは。眉を寄せ、笑みと言うには歪な表情になりながらも、それでも笑おうとするのは……今の言葉こそ、信じたいと願ったからだ。

 そう、理解はできない。させてはもらえない。

 それでも、信じることはできるのだ。彼の言葉を。彼の与えてくれるものを。そうして、自分が抱くこの感情だって。


「……はい」


 薄紫が細まる。その温かさを、ディアンは忘れない。忘れることは、きっとできない。


「――と、話が長くなったな」


 不意に聞こえた遠吠えはゼニスのものだ。子どもたちの居場所がわかったのだろう。そして、その道中の安全も。


「走って向かう。ディアン、彼女を抱えられるな」

「はい。……ちょっとごめんね」


 エルドが抱えないのは、いざという時のためだ。横抱きにした身体はあまりに軽く、食べているのか不安になるほど。


「ごめんなさい、重くありませんか」

「……僕の荷物より軽いよ」


 羽のようにとはさすがに恥ずかしく、夢のない喩えになってしまったが許されるだろう。

 しっかりと支え直し、それから気持ちを切り替える。そう、まだここは安全とはいえない。だから、憶測に過ぎないことを考えている場合ではないのだ。

 頭の奥に残る、懐かしくも憎々しい重み。それが記憶と重なる前に踏み出した足が震えていたのを知っていたのは……きっと、ディアン一人だけだった。

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