141.夜が明けても遠く
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ディアンが思っていた以上にあの場から離れていたと気づいたのは、翌朝のことだった。
夜の内に迎えに来たゼニスとその場で一晩明かし、明け方に起こされ歩き続けること十数分。それなりに日も昇ってきたが、未だ辿り着く兆しはない。
単純な距離もあるが、その足取りが重いことも原因だろう。先行するゼニスが時折振り返り、ついてきているか確認される程度には遅いという自覚はある。
できればこのまま立ち止まってしまいたいが、それで気が楽にならないことは理解している。
一晩考え、それでも整理はつかなかったのだ。ここで止まった程度ではなにも変わらない。
それに……ディアンが行かなければ、エルドの方から来るだけ。どちらにせよ対面は避けられない。
この旅が続く限り、絶対に。
――愛して、いるのだろうか。
断言したはずのそれに迷いが生じているのは、整理がついていないからだ。あるいは、そうでないことを望んだ一抹の希望かもしれない。
懐いているだけ。信頼しているだけ。他に頼れる人がいなかったから、特別だと思い込んでいるだけ。
そう諭されても反論できない程度には不確定で、そうではないと言えるだけの切っ掛けだってない。
愛していると思う。だけど、愛ではないかもしれない。
ただ懐いていて、離れるのが寂しいから。だから離れたくないだけで、本当はそんな感情なんて小指の先ほども無いのかもしれない。
こんなに苦しいのも、彼の姿を描こうとする度にかき消したくなるのも、単に昨晩告げられた事に戸惑っているからで……それを、彼の口から言われたのが、ショックで。
でもそれは信頼しているからであって。やはり愛だとか恋だとか、そんな報われようのない感情とかでは、なくて。
思考が沈みかければ足はより一層遅くなり、見上げる蒼に気づいて我に返るのも、これで何度目になるのか。
もう何十回と繰り返した堂々巡り。答えが出ないとわかっているのに、それでも考えずにはいられない。
答えを出したいような、出したくないような。いや、きっと後者だ。
出してしまえばそれこそ言い訳ができなくなる。そうだと認めなければならなくなってしまう。
認めて、逃げられなくて。……そして、諦めるしかなくなる。
この感情が恋ならば、答えはもう決まり切っている。伝えるべきではない。いや、伝えられるわけがない。
聖国に着けば……彼とは、もう。
「――おう、おはよう」
聞こえるはずのない声に肩が跳ね、それから顔を上げる。そうして薄紫を正面に捉えて……思わず、顔を伏せてしまった。
いつの間に戻ってきたのだろう。消された火、片付けられた野宿の道具。放り出した荷物だって纏められていて、もういつでも出発できる状態なのは明らか。
かけられた挨拶はいつもと変わりなく、昨日のことなどなかったかのよう。
咄嗟に返事をできず、俯いたまま。心臓が跳ねたのは気まずさか、そうではないのか。考えている間にも時間は過ぎ、視線が定まらない。
「お……はよう、ござい、ます」
ようやく絞り出せたのは、声をかけられてから何秒も経ってから。
これでは意識していると言っているようなもの。だが、内で渦巻いているのはヴァンではなく目の前の男に対してのこと。
戸惑いが残っていないかと言われれば嘘にはなる。だが、それ以上に己の感情に翻弄されているのだ。
話を切り出さなくてはいけない。彼のせいとはいえ、あんな形で飛び出してしまったのだ。一晩寝ずに待っていた可能性もある。
謝罪をしなければと、そう思うのに顔は上がらないし目も合わせられない。こちらを見られていると思うだけで心臓が苦しく、視線はますます定まらないまま。
「今日は日暮れ前には着いておきたいからな。飯は町に着いて落ち着いてからだ」
そんなディアンの反応など想定していたと、エルドの声はどこまでも変わらない。顔を上げればいつものように笑っているし、柔らかな薄紫が自分を見ているのだろう。
意識しているのは自分だけ。気まずいと思っているのも、自分だけ。
触れられないのは救いか、余計に辛いのか。もはやそれすらもわからず、頷くのが精一杯。
「ぁ、」
その俯いた視界に差しだされた自分の荷物を受け取り、背負う前に伸ばされた手に……思わず、後退る。
肩が跳ねたのも、逃げてしまったのも無意識。触れられる、と思った瞬間に頭に熱が上り、見られたくないとフードを深く被るところまで、全部。
その全てが拒絶に捉えられると、そう我に返ったところで一連の動作をなかったことにはできない。
いつもの習慣だ。偽装魔法をかけるための、いつもの。なのに、どうして。
行き場を失った指先がそっと下ろされる。拒んだのは自分だというのに、そうされたのを悲しく思うなんて、あまりにも身勝手。
「――まだ魔法はとけてないが、念のためフードは被っとけよ」
謝ろうと、強張った口が動くよりも先に声をかけられる。苦笑したのを雰囲気だけで感じ取って、実際にその表情がどうであったかは視認できぬまま。
横を影が通り抜け、数拍遅れて振り返った先。離れていくエルドの背に締め付けられる心臓は罪悪感からなのか。
ふ、と湧きそうになる感情を振り払い、慌てて後ろに追従する。されど、その距離は数歩分開いて縮まらず、普段よりも遠い。
切っ掛けを失い、切り出す勇気もなく。やがて背を見つめることもできなくなり、落ちる視界に映り込む白。
エルドを見て、それから自分を見上げる蒼に向けた顔が苦笑とも呼べないものであることは……誰よりもディアン自身が理解していた。
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