131.精霊門と魔力
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「で、さっきの話だが……」
そう改めて切り出されたのは、野宿の後片付けも済ませてしばらくしてからのこと。
歩き出して既に三十分。あんなに賑やかだった音は一つも聞こえず、なんのことかと咄嗟に思い出せないのは仕方のないこと。
「え……あ、あぁ。精霊門ですよね。供給がどうとかって……」
「説明する前に聞きたいんだが、お前はあれについてどう教えられている?」
なにを今さら、とは思わない。先ほどの妖精のこともそうだし、精霊についてエルドとディアンでは認識に差があるのは今までの旅からもわかっている。
まずはディアンの考えを。それから、エルドが訂正を。いままでの授業もそうだったように、今回もその例に漏れていない。
「精霊界と自分たちがいる世界を繋ぐものであり、精霊が我々に加護を与えるための出入り口でもある。通過すれば他の門へと通じているが、その過程で精霊界を渡るため、人が不用意に近づけば最悪の場合死に至る……ですよね」
「概ね変わっていないな。で、供給ってのは人間への加護もそうだが、精霊に対して行っている意味合いのが大きい」
精霊が、精霊に対してとは。それだけ聞くと想像できず、どういうことかと頭を捻る。
人間界側からも何かしらの力を昇華させているなら、互いに補っているということで理解もできるが……。
「精霊が人間と精霊の世界を分けた際、全員が移動してないのは知ってるか?」
「はい、一部の精霊や人間たちの信仰からその土地に宿った精霊は今もこの世界に留まっている。彼らは個人に加護を与えることはないが、なんらかの形で恩恵をもたらしてくださっている、と」
遡れば創世記にも近くなる。授業もそうだが、教会の書籍にも詳しいことは載っていない。だが、数こそ少ないが地域信仰というのは今でも続いている。
精霊王よりも強く崇めている村や集落もあるぐらいだ。人が寄りつかずとも、畏れ敬われている場所も多くあるし、欠かさず敬意を払われている。
「ほとんどの集まりは小規模ですが、オイノスの町は百年前から続くワインの産地として有名ですね。それと、海の精霊であるタラサもこの地に残っているとか」
オイノスに関しては特殊な例とはいえ、精霊の宿る土地は豊富で、洪水量も程よく。嵐に見舞われることもなく、安定した生活を送っているようだ。
土地だけで言うならタラサ以上の存在はない。彼が守っているのは海と呼ばれる水域全てに至る。
とはいえ、彼が加護しているのは人間ではなく、それ以外で海に暮らす生物だ。
どちらかといえば彼の名が馳せているのは土地精霊ではなく……人間を嫌っている精霊としてだろう。
「あいつは――いや、」
訂正は区切られ、ゆるく首を振るだけに留まる。それはディアンもわかっていると思ったのか、説明する必要がないと切り捨てたのか。
「そこまで分かってるなら話は早い。要は、そいつらに魔力を供給するために門を使っているってことだ」
「魔力を……?」
「ただの魔力じゃない。純粋な魔力だ」
補足されたが、スッキリどころか謎は深まる。
人間が魔力を補充する際は、少し休むか薬などを用いて供給されるかが主になる。てっきり精霊も同じく、休むなり時間を置くなりすれば回復すると思っていたが……。
「あー……そもそも、なんで精霊界で人間が住めないかは分かってるな?」
「影響を受けるからでは?」
「なにに対して?」
はた、と瞬く。そういえば……そこまでの解説は、あまり聞いたことがない。
影響を受ける、だから人間は精霊界では生きていけず。門に近づくだけでも害される。
なにもなければそうはならない。何かしらの力が働き、そうして馴染まなかった結果そう定められているのだ。
つまり、それは……。
「……魔力?」
「正確に言うなら、純度の高い魔力だな。精霊界から門を通じて流れた魔力は、そのままでは人間にとっては過剰すぎる。自分たちと同じ空気……すなわち不純物が混ざることで、ようやく摂取できるようになるってわけだ」
「あれ、でも昔は一緒に暮らせていましたよね?」
「世界が変われば互いに暮らしやすい環境に変わり、それに伴う進化を繰り返すのもまた道理。精霊は変わらないが人間は変わるし、精霊しか存在しないなら魔力の濃度は増していく。その結果、人間は純度の高すぎる魔力を消化しきれない身体になったんだよ」
お前にも心あたりがあるだろうと、畳みかけられ眉を寄せる。
魔力を消化しきれない。すなわち蓄積されていっているということだ。
未だディアンの身体を蝕む疾患。その仕組みと相違ないと、そう言いたいのだろう。
「同じく、精霊にとっても純度の低い魔力は毒にもなる。だから、精霊の宿る土地があるならその近くに門を設置するし、精霊も力が弱まればそれを通じて帰る事もある。また、信仰されないと見切りをつけたなら戻るし、そうすれば門だって閉まる」
「えっ」
思わず声を出してしまったのは、精霊が土地を離れることではなく、門が閉められるという事実だ。
「おいおい、開いたなら閉じることもできるだろう?」
なにを今さら、なんて顔をされても知らなかったし、想像もしていなかった。
言われてみればそうなのだが……そんなことがあれば、それこそ国としても一大事ではないのだろうか。
例があったなら、大なり小なり記述は残っているはずだ。つまり、今までその必要がなかったか、記録にも残らぬほど大昔のことなのか。ディアンにはわからない。
「つっても、閉めれば加護も届かないし洗礼もできない。洗礼ができないならその周辺に住む生き物は加護無しになっちまうから、滅多に閉めることはない」
「過去に事例は……?」
「俺が知る限りは……と、話が逸れてきたな」
謎は微妙に残され、されど軌道を戻されては追求できず。うっかりうっかり、と肩をすくめるエルドを見上げるばかり。
「ともかく、門が近いってことは魔力の濃度も高いことになる。影響を受ける距離ではなくとも、妖精の一人や二人見えても不思議じゃない」
まだ見えているか、と示されるのは自分の肩の上。首を寄せ、耳を澄ませ……されど、聞こえる音は頭の奥にだけ響くもの。
「視認しやすくなる、ということですか? それだと、魔力を多く扱える者なら普段から見えそうですが……」
「さっきも言ったが、基本的に人間が認識することはない。よっぽど強い加護を授かったなら別だが……愛し子でも厳しいだろうな」
愛し子でも見えないなら、本当に人間では見えないのだろう。
ほんの一瞬の奇跡。もう二度と見えることのない存在に、少しの寂しさ。
出会いも別れもそういうものだ。また出会えるとは限らないし、きっともう二度と会えない。
それでもジクと痛むのは、別れを言えなかったことではなく……この先に迎える、いつかの未来に対して。
そう、いつか来る。昨日よりも早く、確実に。拒みたくとも、この足が進む限り。
少なくとも、聖国に着くまではこうしていられる。この国を出て、女王陛下に謁見するまでは一緒にいられる。そうエルドが約束したからだ。
……でも、その後は。
「どうした」
急に黙り込んだディアンに対し、エルドの表情は変わらない。そう、彼はなにも変わらない。
……変わっているのは、ディアンだけ。
「――いいえ」
短い否定と、小さな微笑み。なんでもないと乗せる声に、僅かな嘘。
だが、それを口に出すことはなく。誤魔化すように進む足は、早さに比例せず重い。
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