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【書籍化】『精霊の花嫁』の兄は、騎士を諦めて悔いなく生きることにしました【BL・番外編更新中】  作者: 池家乃あひる
幕間 崩れる日常 ★

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125.悪魔が来たりて

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昨日、00話という形でSkebに依頼していましたイラストを投稿してますので、まだご覧になってない方は是非見てください!

「――ひ、」


 ようやく、声は音となった。悲鳴とも呼べず、されど返事と言うにはあまりにもひどいもの。

 引きつり、痙攣する喉から絞り出すにはそれが限度。そんな小さなものより、後退ろうとして躓きかけた音の方がよほど大きく聞こえた。

 そんなペルデを、青は変わらず微笑んだまま見つめる。そこに動揺もない。侮蔑もない。ただ、見たままを受け入れるだけ。


「まぁ……大丈夫?」


 そうするのが当然のように扉は閉められ、鍵は再びかけられる。守るためではなく、閉じ込めるために。逃がさないために。留まるために。

 だが、それすらペルデの意識にはない。彼の頭を占めるのは、目の前の悪魔ただ一人だけ。

 いるはずがない。いるはずがないのだ、ここに。

 王城では複数人が見張っていたはずだ。そうでなくとも、いなくなったなら従者が真っ先に気付いたはず。

 馬車など使おうものなら、それこそ誰かが止めていたはずだ。

 万が一誰にも気付かれずにここに着いたとしても、下にはミヒェルダがいた。

 ここまで来られるはずがない。それなのにどうして……どうして!


「ど、う……して……」

「幼なじみの安否を気にかけるのが、そんなにおかしいことかしら」


 首を傾け、不思議そうに呟く顔から笑顔は消えない。その一連が演技だろうとそうでなかろうと、サリアナは確かにそこにいる。ペルデの前に、存在している。

 妄想ではない。悪夢でもない。現実として、彼女は彼の目の前にいるのだ。


「ちが、違う、お前は……お前は、ここに、来られるわけが……!」


 噛み合わぬ奥歯が鳴り、ひゅうと息が漏れる。背筋ごと凍らされたように冷たいのに、汗が噴き出て気持ち悪い。

 手足がうまく動かない。逃げたいのに、離れたいのに、何一つペルデの意思には従わず。


「その様子だと、あまり具合は良くないようね」


 教会の管轄とはいえ、ペルデは庶民だ。王族相手に不敬だと、他に誰かがいたなら捕らえられただろうか。

 だが、ここには二人だけ。怯え震える男と、それを見てなお微笑む女だけしか存在しない。

 咎めもしなければ、助ける者だって。誰も、誰一人でさえ。

 ローブの中、スカートの下に隠れたままのヒールが音を奏でる。こつ、こつ。距離が縮まり滲んだのは汗か、涙か。


「随分と顔色が悪いわ。熱は――」


 差しだされた手は陶磁器のように白く、枝のように細く。可憐で……なによりも、恐ろしく。


「――触るなっ!」


 咄嗟に振り払い、短い悲鳴が鼓膜を揺する。それ以上に鳴り響くのは己の鼓動だ。

 本能にかられるまま後ろに下がり、いよいよ足が縺れて尻をつく。視線は前から上に、見上げる悪魔の表情は……やはり、微笑みを携えたまま。

 悲鳴を上げられぬ身体は、必死に異物から遠ざかろうとする。砕けた腰を無理矢理後ろへ追いやり、地面を蹴り、床を手繰り寄せて。

 だが、唯一の出口は目の前の扉だけだ。どれだけ下がろうと、その先にあるのは壁。逃げ場がないと、理解するだけの正気さえも削られていく。

 そんな哀れな男を、サリアナは静かに見つめる。笑ったまま目を細め、哀れみを込めた瞳で。仕方のない子だと、慈悲さえも感じられる色で。


「どうしたの、ペルデ」


 こつ、こつ。足が近づく。背中は既に壁に触れ、それ以上はもう逃げられない。だから慌てる理由はないのだと、そう示すようにゆっくりと。


「なにも怖いことなんてないでしょう?」


 怯える理由はないのだと、囁く姿から目を覆おうとも、サリアナがその場から消えるはずがない。

 やがて足音は止まり、影がさす。光を遮るその顔は、やはり変わらずペルデを見下ろしているのだろう。

 微笑みながら。わらいながら。……細めた瞳の奥に、なにも映さぬまま。 


「私はみんなを心配していただけよ」


 ふわり、ローブが広がり、スカートの裾が触れる。布越しに感じる柔らかさ、鼻をくすぐる香水。言い聞かせるような優しい声色。注がれ続けているだろう、あの視線。

 五感全てが震えている。認識したくないと、理解したくないと、感じたくないと。それでも、逃げられないのだと。

 どうして。

 どうして、どうして。……どうして!

 繰り返す疑問がはれることはない。求めた助けを拾うものもいない。

 この悪魔からペルデを助け出してくれる者など、誰一人でさえ。

 たとえ、どれだけ扉が叩かれていようと、外から懸命に呼びかけられていようと。ペルデが認識できなければ、無いも同然。


「お父様も、お兄様も、ヴァンギルド長も、メリアも、あなたも、」


 柔らかな声。優しい口調。だが、つらつらと並べられる言葉に、必要以上の感情はない。

 知っている。ペルデは知っている。知っているのだ。本当に知りたいのがなにか、本当に彼女が欲しているのが、なにか。


「――そして、ディアンも」


 だから答えてはいけないと、逃げなければいけないのにと。言い聞かせる頭は、頬に手を添えられたことでじわりととける。

 触れられた場所から痺れるように、全ての形が曖昧になる。考えなければならないのに、拒まなければ、いけないのに。


「や、め……」

「ねぇ、教えて? ペルデ」


 あなたなら知っているはずと、青は笑う。その瞳の奥、唯一の光を携えて。

 答えられると確信し。柔らかく、優しい声で……悪魔が、囁く。


「――ディアンは、今どこにいるの?」



閲覧ありがとうございます。

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