123.潰えた救済
ブクマ登録、評価、誤字報告、いいね いつもありがとうございます!
そうであると知ったその日から、全てが夢のようだった。
ディアンがエヴァンズ家から逃げ出し、そうして知らぬ地で果てたと聞いた時も。
彼への虐待容疑でヴァンが取り調べを受け、教師たちのほとんどが捕まり、そうして学園が実質的に閉鎖となった時も。
こうして、教会の敷地から出ない日々が続くようになってからも……本当に、現実とは思えなかった。
世界は光に満ちあふれ、まるで生まれ変わったかのようだ。たしかに周囲は慌ただしく、不穏で。されど、ペルデの世界は今までにないほどに平和だった。
ディアンは二度とここには戻らず、サリアナとラインハルトが接触してくる唯一はなくなった。やがて父の役目も終わり、任務から解放される。
ペルデは、グラナートに下された使命についてほとんど知らない。だが、それがディアンに関していることはわかっていた。
彼がいなくなった程度で終わらないことも、それが単なる任務でないことも、幼い頃からずっと理解していたのだ。
あそこまでディアンに関与するのは任務だけではなく、私情も絡んでいると悟っていたからこそ嫉妬した。
妬み、哀れみ、同情し、恨みだって抱いたとも。だが、それ以上に……ペルデは、あの存在が恐ろしかった。
怖かったのだ、ずっと。自分と同じ人のはずなのに、そうではないと示す全てが。いっそ化け物と言われた方がよほど納得できるほどに。
恐ろしかった。ディアンについてサリアナたちに、あの悪魔たちに問い詰められる度に自分が自分でなくなるような感覚が。
どれだけ意思を抱こうと、抗うことのできない力が。言い表せられない違和感が、ずっと。ずっと。
だから、ディアンがいなくなってペルデは幸せだった。そう、幸せだったのだ。
間違いなく、この二週間。昨晩までは、幸せだったのに。
本当は、知っていたのだ。父の口から聞くよりも先に、そうだとわかっていた。
ディアンは死んでいない。なんらかの方法で偽装され、今もどこかにいることを。その行方を教会が知っていることも、グラナートがその対応に追われていることも。
誰に知らされたわけでもなく、それは直感だった。あの化け物がこの程度で死ぬわけがない。そんなの、死んだと告げられた時点でわかっていたことだ。
だが、ペルデにとってディアンの生死は関係ない。生きていようが、死んでいようが、もう彼の目の前に現れなければどちらでもよかった。
近くに居なければ彼の情報を知ることもない。彼を知ることがなければ、サリアナたちに追求されることもない。
彼さえいなければ……もう、あんな恐ろしい思いをしなくてすむ。
どれだけ嗤われようと、蔑まれようと、虐げられようとも。
加護無しと指をさされ、英雄の息子たり得ぬと言われ続けようと、それでも正気を保ちづけた異常な姿が、ペルデの世界から消えてくれたならそれで!
普通なら諦めている。普通なら折れている。ふてくされ、絶望し、それでも逆らえずに従い続けなければならぬことに精神を病んでいたはずだ。
なのに、あの男は変わらない。変わらないのだ、ずっと、ずっと。
それがペルデには理解できず……なによりも、恐ろしかった。
ディアンも、サリアナも、それを強いる大人たちも、全てを知っている教会だって。何一つだって、ペルデを安心させるものはなかった。
唯一希望があったとすれば、グラナートの存在だけだろう。父に認められたいと。教会に属さずとも、司祭である父に恥じぬように生きたいと。
その願いだけ見れば、ペルデもディアンも変わりはなかっただろう。だが、ペルデは盲目にはなれず、そして強くもなかった。
英雄、教会の司祭、その息子。その期待はディアンに比べれば少なく、されど寄せられていた想いは同じ。
それでもペルデは平凡だ。剣術も、体術も、魔術も、知識だって。一つだって秀でているものはない。
もしディアンが正当に評価されていたなら、指をさされていたのはペルデだったかもしれない。
特別なことはなにもできない。そう分かっていたからこそ、せめて父の妨げにならないように。自分の存在がグラナートの任務を邪魔することのないように務めていたつもりだ。
実際はそうはいかず、信じてもらえなくとも。その気持ちだけは、嘘ではなかった。
だから、だから……ディアンのことなど、知りたいわけがないのだ。
秘匿とわかっている。教会に従事していないペルデが知っていいものでもないとわかっている。だからこそ遠ざかりたかった。だからこそ、離れたかった。
いなくなって喜びを抱き、ようやく救われたとさえ思えたのに。
たしかに、ペルデは予想していた。ディアンが生きていると、あの化け物が簡単に死ぬことはないと。
だが、予測していることと、それを事実と伝えられることはあまりにも違いすぎる。同じではない。決して、同じなんかではないのだ。
前者はあくまでも予想であり、後者は現実である。空想と真実の間にある溝は、どう足掻いたって埋めることはできない。
知りたくなかった。そうだと知らされたくなかった。知れば否定ができない。知れば、いつかあの悪魔たちが聞きに来るだろう。
どれだけペルデが答えたくなくとも、どれだけ口を閉ざそうとしても。奴らはペルデの元にやってくる。
抵抗を嘲笑い、無理矢理引き出し、そうしてグラナートに突きつけるのだ。
お前の息子は、お前を裏切ったのだと。
学園が封鎖されていようと、いつか奴らは会いに来る。それでも平気だったのは、ペルデの中でディアンの安否が不鮮明だったからだ。
たぶん、おそらく、きっと。そんな言葉で濁すことはもうできない。
知ってしまった。聞いてしまった。言いたくないのに、伝えたくないのに、もう関わりたくないのに!
もうディアンはいなくなった。もう二度とここには戻ってこない。それなのに……またこんなにも怯えなければならないのか!
否、もはやディアンの所在など関係ない。彼が生きている限り、それはペルデを追い詰めるのだろう。
教会の目的が果たされるまで。全てが終わるまで、ずっと、ずっと。
それすら、ペルデに残された僅かな希望なのかもしれない。本当は、永遠に終わらないのかも知れない。
だが、そう考えなければ……そう思わなければ到底耐えきれない。耐えられるわけがないのだ。
ノックの音で身が強張る。シーツの中、蹲った身体は誰にも見えていないだろう。
僅かな隙間から差し込む明かりで眠れぬまま朝を迎えたことを知ったところでなんになるというのか。
もはやペルデの前に光はなく、残っているのはなけなしの正気だけだ。それも、いつひび割れ、壊れてしまってもおかしくはない。
必死に守ろうとしているそれが、再び鳴るノックの音で崩れそうになる。返事はしない。できるわけがない。その相手が誰か分かっていれば、余計に。
閲覧ありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、評価欄クリックしてくださると大変励みになります。





