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1 カセラレタ セキ


「よーっ!にいちゃん、良かったらこの魚買っていかない?」

「どれも新鮮だよ~!」

「お姉さんこれ今日獲れたウビ!とっても新鮮だよ、一個買っていかない?」

「一つ買うと、もう一つオマケしちゃうよ~!」


森から抜けると街に到着し、華やかで賑やかな光景が広がる。

明るく陽気な人々の声は実に心地よい。

景気づく彼らの街に圧倒されつつ賑やかな声を聞きながら塀を歩き、街一高い時計塔へ向い進む。


「今日も賑わいがあるなぁ、見てるだけで楽しくなっちゃう」


人同士楽しそうに会話をしているのは、聞くだけで日々の一種の娯楽となる。

心地よく聞いてると楽しげな声色とは裏腹に、どこかから怒声が一声耳に届いた。


「ん?喧嘩かな?ちょっと様子見に行こう」


途中、大通り沿いにある横の細道で男性が女性に手を上げようとしていた所を目撃し、塀の上に包みを置いてその場に降りて行った。


「まぁ、何があったか知ったこっちゃないけど、女性に手を上げるなんて許せないな」


二人の間に、女性を庇うように。

「…っきゃあ!」

「あ?なんだこの猫?邪魔だ!どっか行け!!」


男は上から突然猫が降りて来たのに驚き戸惑うが、女に危害を加えようとした所邪魔された為、怒りがさらに込み上がり憤慨した。


あーあ、何をそんなに怒ってるんだか知らないけど。理由はともあれ、女性に手を上げようとするとはね…。

解せん。


鋭い目付きで相手を睨むと、男は猫のその目つきが気に入らなく頭に青筋が浮き出てピキリとなる音が聞こえた気がした。


「おい!どっか行けというのが分らんのか!!薄汚いクソnッ…」


猫と蹴ろうとした男は最後まで言い切ることが出来ずに立ったまま失神し、白目を向きその場に倒れた。


「最後何を言おうとしたのか考えたくないけど、薄汚いクソはアンタだよ」

「...っっ?!」

「威嚇だけで倒れるって…強すぎたかな…ちょっと魔力の調節ミス。まぁ物理で気絶させなかったのを光栄に思いなよー、まったくさ」


はぁ、とため息をつく。

猫の後ろには怯え縮こまって顔を手で覆っていた彼女は、何が起きたか分からないが一部始終を指の間から見ていた。


「…っえ?何が、起こったの…?猫ちゃん以外、居ない...?…猫ちゃんが、助けてくれたの…?」


「ありがとう」と目の下が泣いた後で赤くなり、目にまた潤いが溜まりながらも嬉しそうに笑った。

そして優しく猫の体を撫でてくれる。


「っっ!」


感謝してくれるのは嬉しいけど、そこ撫でられるの苦手。


くすぐったいのを我慢し、するりと抜け出てまた塀に登る。


「あっ…」


女性は猫が塀に登った後も見続けていた。


「(ふぅむ、何か伝えて去った方がいいかな?

倒れた男が起きたらまた害を与えるかもしれないって、気がかりかも)」


そうだ、と近くにある小さな石を見つけて魔力を流し込み、それを塀の上から転がし落す。


「...ねえ。もうあの男は危害を加えないと思うけど、…一応その石あげる」

「えっ、はな…」

「その石、御守りとしていつも持ち歩くといいよ。悪い者から守ってくれる、何かと便利なスーパー石だよ」


猫はそれだけ伝え去っていく。

女性は自分を助けてくれた不思議な猫を、去る姿を後ろから見つめていた。

猫からもらった何の変哲もない石ころを両手で握りながら。

見えなくなるまで。感謝を込めて。

お辞儀をした。



世の中、住民同士でのいざこざや犯罪、自然災害などはよくある話。

ただその中で、ここ最近の街の様子は、人々が困っていると稀に不思議な力を持った生き物が突然現れ助けてくれる。という都市伝説が流行りだしている。



火事になった家にその場所だけ雨が沢山降り注いだり、お年寄りのカバンをひったくりされた時に犯人が急に腹痛で苦しみだし、転けて捻挫。

隣接されてる海が荒れ、津波がきそうになった日も小舟が数隻流れたくらいで、最小限な被害で済んだ。



この街の住民は先祖の過ちを代々耳にしている。

ローテイグの森、アラディーの街となる前の出来事。

子供からお年寄りまで、昔話として伝えられる。



そんな中、犯罪者が減り、自然災害も被害が少なく街が守られていると感じ出した住人達は皆口々に話す。


御使い様が約300年の時を経て我々をお許しになり、守ってくださっていると。


そんな大層な話の裏側で、この都市伝説の正体はこの猫なのだが、当の本人は知らぬまま。

本人が知るのはまだ先の話。



「ふぁー、せっかく気持ちよく人々の楽しげな声を聞いてたのにー。いつまで経っても暴力沙汰は消えないもんだねぇ」


生きる者がいずれ土に還るように、喜怒哀楽は生きていく上で必須な感情なのは理解している。

絶対怒るなとは思わないし、どうしようもない時もあるかもしれないけど、一方的に怒り発散するかのように殴ったりして自己満足するような奴が嫌いなだけだ。


今回渡した石には幸運の魔法を施しておいた。

男の方には女性との記憶を消したから、今後は知り合いでも無くなる。


女性から関わらなければ大事になる事はまず無いだろう。

例え何かあったとしても敵意や害しようとする者が近付けば、防御魔法でバリアが生成され物理的には危害を加えられない。

永遠じゃないけど数回くらいなら守ってくれるはず。


自分で対処できる者なら放っておくけど。

それ以外は、なるべくね。


漸く街の中心にある時計塔頂上に着き、包みを開いておやつを食べ始める。

このおにぎりを温めることも出来るが、敢えてしないのは猫だから。

常温で。


時刻は午前12時半過ぎ。

この時計塔には瞬間移動という能力を使い登る。螺旋階段が横付けされてるが延々と登るのは流石に疲れるから。

高台から見渡す景色はまた一段と気持ちいい。


「この景色、この場所もいつ来ても毎日が違う賑わいで元気がでるね」


自分が何者か分からないから、他者同士の関わりを羨ましくも寂しく、微笑ましくもある。

この景色を見ることは、心の一部を満たす一環に過ぎない。


アラディーでは朝夕に街の漁師が船を出し、一日二回の漁をする。

その結果、周辺の街や村には海の幸として有名で、漁業で発展したのだ。


モグモグとおにぎりを食べていると中から魚のすり身が具として入っていた。


「おっ?今回はビュラのすり身なんだ。僕これだいっすきっ」


ビュラとは赤い身の高級魚。なかなか獲れない魚、見た目も味も上品でなぜか縁起がいい魚らしい。

さっぱりしててとても食べやすい。


自分の顔と同じくらいの大きさのおにぎりをペロリとお腹に入れる。

おにぎりを食べ、休息しようと微睡み始めた瞬間、前方の空に黒い点が見えた。


「ん?なにあれ」


注視して見ていると、その黒点が徐々に大きくなっていく。

いや、こちらに向かって来ていたのだった。


「んっ…?んん??嘘、こっちに向かって飛んで来てるの!?まっ…まってまt」


驚きで飛び上がるが、此方に向かっている黒い物体の速度があまりにも速く、飛び上がった瞬間に衝突した。


「ヘギャッッッ!!!」

「…っっ!!」


鈍い音と金属のジャラリという音が鳴り、沈黙が漂う。

気を許し油断していたから、咄嗟に防御魔法を使うこと無く顔面に追突され、後方に吹っ飛び地面に転がった。

幸い時計塔内の面積が広かったので落ちずに済んだ。


「イ゛ッ…タァ…なになに、何事!?」


仰向けに転倒していた体を起き上がらせ、何がぶつかって来たのかと周囲を確認し、目を見張った。


「…黒竜…の子供…?」


手足が金属の鎖で繋がれ首輪も付いてる黒竜の子が、傷だらけで倒れていた。

衰弱しているのは目に見えて分かる程で、意識も朦朧としている。


「…グゥ……タ……ハァ…ケ…」

「へ?この子がぶつかって来たの……?なにか伝えようとしてる?拘束具も付いてるし……」


申し訳ないけど拘束具はそのままで回復させよう。

子供とは言え黒竜…。万が一に暴れられて襲われでもしたら面倒だからなぁ…。


祝光癒命(ラディア・エレオス)


回復した後のことを考え、身構えつつ魔法を唱える。

床から魔法陣が現れ黒竜の子の傷を癒していく。

黒竜の子は先ほどの辛く苦しそうな顔つきから安堵の表情に変わった。


「…一命は取り留めたけど、一体どうしてあんなに衰弱しきってたんだ?それに嫌な枷もついてるし…ただならぬ予感がするなぁ…」


暫くすると黒竜の子が意識を取り戻し始めた。


「…ん…。……っ!!お…、おまえは…誰…ここは!?」

「あ、目が覚めた。体調大丈夫?ここはアラディーっていう漁業が盛んな街なんだよ」

「えっ!?ど、どうしてここに…」

「さっき君が空から飛んできて、僕にぶつかって来たんだよ。覚えてないの?」


相当朦朧として必死に飛んでたんだな…。

一体何があったんだろう?


「す、すまない…。覚えてない…。それに怪我が治ってるんだが、お…貴方が怪我を治してくれたのか…?」


お?最初「おまえ」と呼んでいたのに「貴方」に変わったな。

ふぅむ、礼儀はあるようだし枷も外して良いかも知れない。


「うん。瀕死だったからね、回復魔法を施した。でも回復した後襲われると厄介だったから、枷は一応…そのままにさせてもらったよ、ごめんね」

「あ…あぁ、全然構わない。…回復してくれて感謝する。本当に…。死にそうだったんだ、ありがとう」


首や手足を枷に繋がれたまま深々とお辞儀をする。


…いい子そうだし、枷も外そうかな。

襲われる心配は無用な気がする。…いい子そうだし。


「ちょっと動かないでね」

「…?わ、かりました」


黒竜の子がじっとしてくれて、そこに解除と破壊の合成魔法を掛ける。


共鳴解鎖(ルミナ・レゾナンス)


陣がまた現れ器用に解除し枷を壊す。


この枷は特殊な鉱石を使い、魔封装置が付けられていた。

特殊な魔鉱石で作られている枷は一定の魔力量を超えないと魔封装置が解除できない。

内外両方から魔力が通じない。が、方法はある。


簡単な話、今かかってる魔法より強い魔法を使えばいい。

細かい部分は粉になりながらも、分厚い部分はゴトリと音をたて地面に落ちた。


「ッ…枷まで…外して頂き光栄です。でも、この枷は特殊でどんなに頑張っても外れなかったのに…」

「あぁー、これ内側から魔力を通さない特化型だからねー。とても頑丈に造られてたけど、こんなの僕にしてみれば大した事無いさ」


黒龍の子は戸惑いながらも治った身体に驚きを隠せない。


「それよりなんであんなことに…?あっ…差支えなければでいいんだけど、気になってしまって」


こういうのってあまり踏み込んで欲しくないかな…?

見るからに訳ありって感じビンビンだし、聞いちゃいけなかったかも…。


口にして直ぐ後悔した僕は尻尾がぺたりと床に着く。

だがそれを聞いた黒竜の子は不安と希望の狭間で瞳が揺れ動いた。


「…。私の命と枷を外して助けて下さって、感謝してます。本当は恩返しも今すぐしたいと思ってるのですが…」

「?」

「…もう一度だけ…助けてくれませんか…!」


黒竜の子は頭を深々下げ、懇願してきたのだ。僕はまた何事だ?となり傷は癒して枷も外したのに、それ以外の何か問題が残ってるのだと察した。このあと大事な予定も無いし、この子が気掛かりで夜眠れなさそうだから、この子の問題を解決すべく意を決した。


「特に予定もないしいいけど、何があったのか詳しく教えてくれる?もちろん、教えれる範囲でいいから」


「僕が手伝えることがあるなら」と最後に伝え黒竜の子の反応を待つ。

すると黒竜の子はやっと希望の満ちた瞳をして光が宿った。


「っ!!あ、ありがとう…!!お話します、全て!俺がどうして枷に繋がれてたのか、現在に至るまで…」







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