えっ?そっちなの?!
突然思い立って左の薬指に指輪を嵌めた。
いろいろと邪魔だし、私の性格上失くしてしまいそうで指輪はずっと保管されてきた。
しかし、ある日ふと思った。
死ぬまで目にすることのない指輪よりは、なくすかもしれなくても使ったと記憶に残る指輪の方がいいのではないだろうかと。
十年ぶりぐらいに私はしまってあった指輪を取り出し、左の薬指に嵌めてみた。
驚いたことに、それはすんなり入らなかった。
指の肉をぎゅうぎゅう押さえつけながら少しずつ押し込まれ、指輪はなんとか薬指の付け根に収まった。
三連のリングが重なって見えるデザインのその指輪は指の肉に食い込み、見事なハム状態になっている。
もしこれがさらに五年後であればもう根元まで行かなかったかもしれない。
そう思うと指輪を嵌められるぎりぎりのタイミングだったのではないかと私は思った。
そんな指輪、日によって食い込み具合が違う。
だいたい指輪の細さに指のサイズがあっていないのだ。
むくんでいる時の見た目の食い込み方がすごい。
よく血が止まらないものだと思うぐらいだ。
そんな輪ゴムを巻いたかのような指輪の食い込み具合をみて、私はふと子供を驚かしてやろうと思いついた。
娘に私は大袈裟な口調で助けを求めた。
「どうしよう!指輪が抜けなくなっちゃった!」
娘が飛んできて、どうみても抜けない様子の食い込んだ指輪を目にし、これは大変だという顔をした。
そして、私の指にしっかりと食い込んだ指輪をがっしり掴むと無理やりまっすぐ引き抜こうとする。
「いたたたたたたたたっ!」
容赦ない力に悲鳴を上げる私。
さらに恐ろしいことに、娘はその食い込んだ指輪と私の指の間に自分の指を差し込んで引っ張りあげようとする。
「いたたたたたたたたたたたたっ!!」
しかし、そんな力技ではもはや私の指輪は抜けない。
これにはかなりこつがいる。
「ね?抜けないでしょう?」
ちょっと痛い思いをしたが、娘の真剣な顔が楽しくて仕方がない。
子供の表情はわかりやすい。
彼女の顔には『どうしよう!本当に抜けない!大変なことになった!』と書いてある。
そろそろ抜き方を教えてやろうと口を開こうとしたとき、娘が真摯な目を向けてきた。
そして深刻な口調でこう言った。
「ママ、これはもう指を切るしかないよ」
絶句した私。
えっ?そっちなの?!
いや。まて。私の指輪が抜けないことを心配してくれるのはいいが、そっちなのか?
「ちょ、ちょっと待って!切るのは指輪じゃなくてママの指なの?!」
まさかの指輪より価値のなかった私の指。
しばしの沈黙の後、娘はいたずらな笑顔を浮かべ、軽い口調で言った。
「”わ”をつけ忘れただけだよー」
娘は「ママ、これはもう指輪を切るしかないよ」と言おうとしたのだと訂正した。
驚かそうと思ったのにこちらが驚かされ、娘にしてやられた感じになった。
私は指に食い込んだ指輪を見ながら、指を切らなくて済むようにこれ以上太るまいと形ばかりの決意をした。
五年後も指輪がここにありますように……。
注)絵が下手なのは仕様です。
拙い文章を読んで頂きありがとうございました。