貧乏王子の幸福な結末
「もう限界なんだ。」
「なんとかなりますわ!」
だーかーらー。ほんとに無理なんだってば!
何度言っても聞き分けない婚約者に、困り果てていた。
そう、困り果てて、いろいろ限界だった。
風光明媚、だけが売りのアイリス王国。
山に囲まれて、美しい湖があり、高原野菜なんかが名物だ。
温泉もあって保養地としても名が通っているが、規模が小さく観光客で稼げるほどでもない。
私はアイリス王国の王太子ジークベルト。
成人を間近に控えた15歳だ。
アイリス王室のモットーは質素倹約。
学問よりも武術よりも先に叩き込まれるのである。
なにせ前述のとおり、ぶっちゃけ貧乏だ。
予算はカツカツ。無駄遣いなんて以ての外。
幸い、国交も安定しているので、今のところ何とかなっている。
王室、王宮、貴族あげて努力した結果だ。
ところが、貴族の中にも、このことに理解を示さない者もいる。
その筆頭が私の婚約者、バール侯爵家の令嬢ラウラだ。
このラウラ嬢、絶世の美女である。
しかも、まだまだ伸びしろはありそうである。
外交に連れて行けば、各国の要人から賞賛の嵐が起こること間違いない。
以上が彼女の長所である。
次に短所を述べよう。
その1 人の話を聞かない。
その2 空気を読まない。
その3 自分で考えない。
その4 想像と現実の区別がつかない。
その5 ……
もういい! 短所を並べたらきりがないのだ。
そして、最大の短所は贅沢好き。
この国の貴族としては致命的であった。
ラウラ嬢の母親は隣国カルミアの伯爵家出身だ。
これまた超絶美女なのだが、いかんせん贅沢好き。
カルミアは大国で商売もうまく、栄えている。
そんな国から嫁いでくれた美女に、侯爵は頑張って頑張って頑張りぬいて尽くしてきた。
だが、娘の贅沢までは手が回らなかった。
策謀を巡らせて、王太子の婚約者として押し付けてきたのである。
王宮総出でラウラ嬢の美貌に惑っているうちに、全ては侯爵家に都合の良いようにされていた。
かくいう私も、最初はまんまと騙された。
しかし、すぐに目が覚めた。覚めざるを得なかった。
王太子の婚約者のための、1年分の予算を2か月で使い切ったからである。
呆れたことに、何度説明しても納得せず、さらにいろいろねだって来る始末。
こんな贅沢好きな娘ならばカルミア王国に嫁がせればいいのだが、バール侯爵はそうしなかった。
なぜか。
妻と同じく、娘のことも溺愛していて、他国に嫁がせるなんて我慢ならないのだ。
一侯爵の重い愛が、一国を滅ぼさんとしている現状である。
カルミア王国と言えば、もうじき、カルミアの王太子との模擬戦があることを思い出した。
両国の和平を示す行事として、小隊同士でデモンストレーションを行うのだ。
お飾りではあるが、大将はそれぞれの国の王太子が務める。
今年の開催地は我が国だ。
キラッキラ、ゴージャスなカルミア王太子ジュリアンにのまれないよう、気を引き締めてかからねばならない。
数週間後、模擬戦のためにやってきたカルミア国の面々を歓迎する夜会が開かれた。
ジュリアン王太子は探すのが簡単だ。
全身光り物でかためてキラッキラなのだ。
国王夫妻に挨拶した後、私のほうにやって来るのが見えた。
「久しぶりだな、ジークベルト。元気そうだ。」
「ジュリアン、君も。会えて嬉しいよ。」
「…お隣の麗しい方は?」
「私の婚約者のラウラだ。」
ラウラは品よく挨拶の礼をし、にこやかに微笑む。
「お初にお目にかかります。ラウラ・バールと申します。」
「バール侯爵家の。母君は我が国の出身であられたな。」
「まあ、王太子殿下に覚えていただいているなんて、光栄ですわ。」
「よろしかったら、一曲お相手願えませんか?」
「喜んで!」
ファーストダンスは済んでいるので、誘いに乗るのは問題ない。
が、隣に一応婚約者がいるんだから、アイコンタクトで許可を取るくらいのことはすべきだ。
ラウラ嬢は、キラッキラに目を奪われているので無理だろうが。
中央に華麗なステップで滑り出ていく二人から視線を戻すと、そこに一人の女性がいるのに気付いた。
立ち位置からして、ジュリアン王太子の後ろにいたようだ。
「…失礼ですが、あなたは?」
「ご挨拶が遅れました。
わたしはオレリー・クローズ。
ジュリアン殿下の婚約者でございます。」
え? 彼は同行している婚約者を紹介もせずに、ほかの令嬢をダンスに誘ったのか?
「慣れておりますので、お気遣いなく。」
そう言うオレリー嬢は、やや呆れたふうではあるものの、傷ついてはいなそうだ。
「わたしは下級貴族の出なのですが、聖女の力があるので、殿下の婚約者に決められたのです。」
カルミアは大国だ。
貴族も多い。派閥も入り組んでいる。
おそらくだが、ジュリアン王太子の婚約者を決める時期に、高位貴族の令嬢は、誰を選んでも政治的バランスが崩れる心配があったのだろう。
「わたしは、この通り地味なので、ジュリアン様にはふさわしくないのです。
他の聖女の方より優れているわけでもなく、ただ年齢が合うというだけで…。」
「今日のお召し物は、とても上品で、お似合いですよ。」
思ったままに言うと、彼女は目を瞠り、頬を赤らめた。
「母のドレスのリメイクなのです。
大好きな色合いの生地なので、譲ってもらいました。」
「お母さまもご趣味がいいのですね。
よろしければ私と一曲。」
「ありがとうございます。是非。」
柔らかく微笑む彼女は、可憐で美しい。
それにしても、ジュリアン王太子は全く彼女に興味がないようだ。
自分はあれだけ着飾っておいて、婚約者にドレスを贈らないとか。
もっとも、彼が贈りそうなキラッキラのドレスなどオレリー嬢には似合わない。
今のドレスのほうがきっと、彼女の魅力を引き出しているだろう。
何故だか少し、胸が痛むような気がした。
翌日は騎士団の演習場で、模擬戦が行われた。
カルミア王国であれば、第一コロシアムとか、第二コロシアムとか、第三コロシアム…とかで行われるだろうが、我が国にはそんなものはない。
挨拶と号令を済ませると、本営であるテントに戻る。
カルミア側のテントを見れば、看護師のような服装のオレリー嬢がいた。
聖女としての彼女の力は治癒なのだそうだ。
白い清楚なワンピースが実に愛らしかった。
「がんばって~! ジュリアン様~!」
突然、脳を揺さぶられそうな声が聞こえた。
ラウラ嬢だ。
アイリス王家の貴賓席にいるのは、私の婚約者だから当然である。
だが、その姿を見てため息が出た。
これでもか、と飾り立てた彼女は、一人で側にいる国王夫妻二人分をしのぐゴージャスさ。
ちなみに、そのドレスは私が贈ったものではない。
予算が底をついたからだ。
結果として、やっていることは、ジュリアン王太子と変わらないのかもしれない。
だが、あんな浮いたドレスは、予算があったとしても贈らないだろう。
もしも、…もしも私の婚約者としてそこにいるのがオレリー嬢なら
リメイクした品の良いドレスを着て、静かに微笑んでくれるだろう。
新しいドレスは贈れないかもしれないが、彼女に似合うそのドレスを褒めちぎって見せる。もちろん、真心こめて。
きっと彼女は、頬を染めて嬉しそうに微笑むだろう。
膨らむ妄想に涙が出そうだった。
ジュリアン王太子は、ラウラ嬢に応えてにこやかに手を振る。
オレリー嬢も私も平静だ。
ゴージャスな人々は、ゴージャスな人々同士の行動規範があるのだろう。
もう、それでいい。
模擬戦は計画通りにつつがなく終わり、小隊同士、握手を交わす。
私も大将として、ジュリアン王太子と握手する。
さあ、終わったぞと手を放そうとするがなかなか離してもらえない。
「ときにジークベルト、せっかくの機会だ。
君と剣を交えてみたい。」
突然の申し出だった。
「ただし、勝者はどんな願い事も叶えられる、という条件で。」
「どんな願い事、と言われても…」
「もちろん、この場にいる者の中で可能なことに限る。
恥をかかせたり、非人道的な願いをするつもりはないよ。」
勝つ気満々のようだ。
「私の一存では決められない。
陛下に伺ってくるので、しばし休憩していてくれ。」
すぐに国王陛下のもとに行き、事情を説明する。
カルミアの小隊隊長とジュリアン王太子付きの侍従が呼ばれ、彼の腕前が確認される。
万一に備えて、両国側から同数の兵が見守るということで、許可された。
30分後、互いに同等の装備をまとった私たちは、騎士の礼を行う。
同等、と言っても、守備力のことであって、見た目は…略していいだろう。
ジュリアン王太子の剣の腕は知らなかったが、対してみるとなかなかのものだ。まったく気が抜けない。
ゴージャスに宝石をはめ込んだ剣も、動きを邪魔するものではなく、手に馴染んでいるようだ。
私とて、剣にはそこそこ自信がある。
なぜなら、自分が強ければ護衛の数が減らせるからだ。
当然の嗜みである。
剣そのものも、出来る限りいい物をあつらえたのだ。
だが、腕が互角なら武器で差がつく。
一進一退の緊迫した試合は、ジュリアン王太子の勝利で幕を閉じた。
最後に体勢を崩し、尻もちをついたままの私と握手したジュリアン王太子は、そのまま手を放し、引き上げてはくれなかった。
「怪我をさせたかもしれん。見てやってくれ。」と言い捨てて本営に戻っていく。
その後ろから姿を現したのはオレリー嬢だった。
彼女はジュリアン王太子への返事もそこそこに、私を気遣ってくれた。
少し潤んだ瞳はまっすぐに私を見つめている。
「ご心配をかけたようだ。
申し訳ない。大丈夫ですから。」
安心したのか、彼女の頬に涙がひとすじ流れた。
私たちは、それ以上近づくことが出来ずに、しばらく見つめあっていた。
「勝者ジュリアン王太子、おめでとう。
願い事はなんだろうか?」
貴賓席の一角で、陛下が声をかける。
「ありがとうございます、国王陛下。
私の望みは、ラウラ・バール嬢との婚約です。」
周りが息をのんだ。
「しかし、貴方にはオレリー嬢が…」
私はたまらず声を上げる。
ジュリアン王太子は、オレリー嬢に告げた。
「済まないが、貴女との婚約は解消させていただきたい。」
オレリー嬢はどこかホッとしたように、
「かしこまりました。」と答えた。
「君はどうだろうか?
私の望みをかなえるためには、ラウラ嬢と婚約解消してもらわねばならんが。」
心苦しそうなジュリアン王太子。
同い年なのに、いつもやや上から目線の彼らしくもない。
私はラウラ嬢を見た。
ラウラ嬢はキラッキラのジュリアン王太子を、期待を込めたまなざしで見つめていた。
彼女的には、全く問題なさそうだ。
「私は、ラウラ嬢が幸福ならば、かまわない。」
「はい! わたくし、ジュリアン様のもとに参りますわ!」
あっさりと婚約は解消される。
ジュリアン王太子はラウラ嬢の前に跪き、手を取った。
そのすきに、国王陛下がちょいちょいと私を手招きする。
「なんでしょうか?」
「バール侯爵家には、もう一人、娘がおるぞ。」
国王が認めた婚約で、娘が国外に出ることに、侯爵が異を唱えるのは難しい。
しかし、ラウラ嬢の妹令嬢を代りにねじ込んでくる可能性は大きかった。
前回、ラウラ嬢を送り込んだ手腕の鮮やかさが脳裏によみがえる。
私はオレリー嬢のもとに急ぎ、跪いた。
「オレリー嬢、どうか、私との婚約を考えては…」
「はい、喜んで。ジークベルト様!」
嬉しい返事ではあったが念のため「貧乏国ですが、かまわないですか?」と小声で告げれば、「あなたとなら平気です!」と感極まって涙をこぼす。
思わず彼女を抱き寄せると、貴賓席やその周りにいた高位貴族からは咎める視線が寄せられた。
だが、演習場で見守っていた小隊の兵士たちからは幸せそうな二組の恋人の誕生に歓声が上がる。
最終的に、友好のための行事としては、これ以上なく盛り上がったのだった。
その後、いろいろと周囲の手を借り、迷惑もかけながら、結婚の準備が始まった。
カルミアは大国だけあって、王妃教育は多岐にわたっており、オレリー嬢に対してあらためて必要な教育はほとんどなかった。
私の18歳の誕生日を待って、オレリーは王太子妃となった。
ささやかに挙げた結婚式には、当然、縁結びの神たるジュリアン王太子も招いた。
隣に寄り添うラウラ嬢は、まだ婚約者の身であったが、ジュリアン王太子にふさわしい気品や雰囲気が身についていた。
我が国にいた時とは違い、王妃教育にも身が入っているのだとか。
理由を聞いて愕然とした。
ご褒美で釣られていたのである。
ラウラ嬢は、新しいドレスのために、珍しい宝飾品のために、美しい小物のために、日夜勉強に励んでいるのだ。
ジュリアンによれば、どうせ買い与えるのだから一石二鳥、とのこと。
私には、絶対に真似できない方法だ。
何から何まで負けている気がする、と言えば、オレリーは
「あなたはあなたのままが、いいのです。」と言ってくれる。
ちなみに、ジュリアン王太子とラウラ嬢の服装に関しては割愛する。
けして、花嫁と花婿をかすませた恨みがあるからではない。
そういえば、婚約者を交換したことで、バール侯爵家と一悶着あるかと思っていたのだが、それもジュリアン王太子が解決してしまった。
なんと、バール侯爵家まるごと、カルミア王国にスカウトしたのだ。
侯爵夫人はもともとカルミアの生まれだし、あれだけの美女である。歓迎され、社交界の華に返り咲いたそうだ。
バール侯爵の審美眼は確かで、芸術関係の文官として働いているという。芸術に造詣が深い上に、貧乏国で苦労しており、また目標を逃さない手腕が評価されて大臣就任も視野に入っているとか。
我が国では活躍の機会がなく、たいへん申し訳ないことをしたと反省する。
それを手始めとして、人材の交流が活発化した。
適材適所が要とばかり、両国間で短期・長期の留学や研修が増えた。
適材適所と言えば、最近、自分に意外な適性を発見した。
鍬が剣以上に手に馴染むのだ。
鍬で耕作勝負をしたら、ジュリアン王太子に勝てるかもしれない、と言うと
側近たちから、可哀そうなものを見る目を向けられた。
ただし、実現すれば、彼はゴージャスチートを発揮し超合金の鍬を携えて、涼しい顔で勝ちに来るような気もする。
話は戻るが、なぜ鍬を手にしているのか。
聖女であるオレリーの癒しの力が、大地にも影響することがわかったからだ。
詳細を検証するために魔術研究所の一角に設けられた畑の、手伝いを申し出た。
新婚の妻と離れたくない気持ちを察する研究員からは生ぬるい視線が送られるが、力仕事に慣れない者が多いので、邪険にはされない。
試しに植えてみる植物を何にするか、研究員と相談していたオレリーが
「ジークベルト様のお好きなものを植えたいです。」
と言うのを聞いて、耕す手にも力が入る。
と、そこへジュリアン王太子がやってきた。
「ほう、王太子が鍬とは。うむ。」
なにやら、興味深そうにしているが、耕作勝負はしないからな、と心の中で宣言した。
本日はどのようなご用件で、と問えば「親友の君の顔を見に来たのだ」との答え。
親友になった覚えはないが、なにやら面はゆく、ゆっくり話でもしたほうがいいかと思ったときには、彼はオレリーに話しかけていた。
研究員と共に、進み具合でも聞いている風だったが、そのうちいなくなっていた。
作業も一区切りついて、オレリーと王宮に戻ることにする。
「本当は、ジュリアン王太子は何をしに来たのだろう。」
「仰っていた通り、貴方に会いに来られたのですよ。」
「顔を見ていっただけなのに?」
「カルミアの王宮にいる貴族は、皆、表裏がありすぎるのです。
裏のない、貴方と会うだけでホッとされるのでしょう。」
そういうことなら、いつでも笑顔で歓迎せねば、とジュリアンが置いて行った土産の高級菓子詰め合わせを見て思った。
早速、もらった菓子でティータイムにする。
さすがに旨い。
オレリーと楽しく雑談する中で、明日も畑をやろうと言うと
側近から、明日は執務に集中してくださいと釘を刺された。
「時は金なり、です!」
と言われると、何も言い返せず、素直に頷くしかないのであった。
オレリーは声を殺して笑っている。
うん。明日も頑張ろう。金がなくとも笑ってくれる君のために。