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終:―由美の帰還―

 それからルストの家に一泊して、あくる朝天使の小羽根亭で食事をとると、その足で正規軍の市街地警ら部隊の事務局へと足を運んだ。

 そしてその場で、ルストは由美の帰還の可能性を打ち明けた。


「彼女が帰還できると?」

「はい、一つの可能性としてです。もちろん必ず成功するとは限りませんが試してみる価値はあると思います」


 ルストの話に警ら部隊員は即断する。


「わかりました。同行させていただきます」

「ありがとうございます。手がかりとなるのは正確な時間です」

「了解です、状況の記録と正確な時刻の把握はこちらで行います」

「よろしくお願いいたします」


 そんなやり取りの後に必要な機材が用意される。

 外洋航海でも用いられる秒刻みの正確な時刻の把握を可能とする【クロノメーター】だ。

 機械製造では屈指の技術力を誇る北の隣国ヘルンハイトで作られたものだ。

 そしていよいよ運命の時、クロノメーターの時刻は午前11時を指していた。


 由美自身の記憶と保護当時の状況を知る警ら部隊員たちの証言をもとに正確な場所が確認された。そしてそこにクロノメーターが設置され、いよいよ準備は整った。


「準備完了です」


 警ら部隊の隊員の一人が言う。同じ部隊の隊長格が答えた。


「分かった、そのまま待機」

「はっ」


 彼らが集まっている場所は表通りから北のほうへと向かった別な街路沿いだった。その道のど真ん中が由美が現れた場所にあるという。

 そして時刻は11時をまわった。いよいよだ。

 往来の道のど真ん中、由美はしっかりと地面に立ち役割のために準備をしていた。すなわち異空間との間に存在する扉をこじ開ける役割だ。

 意識を集中して〝術〟の準備を続けていた。


 別世界への入り口となる、異空間への入り口となる空間の裂け目を捉えてこじ開ける。

 そのためには何としても、その時空間の裂け目を捉えればならないのだ。

 由美はそのためにずっと集中を続けていた、それは由美の背中を眺めているだけでも伝わってくるかのようだった。

 だが――


「ふう」


 緊張の糸が切れたかのように息を吐いてしまう。ルストが励ましの言葉を投げかけた。


「諦めないで。まだ予定の時刻になってないわよ」

「はい!」


 そして再び、術のための集中を始めた。

 それから時計と首っ引きになりながら由美の背中を見守ったが時刻はついに――


「11時20分、予定時刻です」


 警ら部隊の隊員の一人がルストの耳にそっと耳打ちした。

 それを聞いてルストは思う。


「やっぱり駄目だったか――」


 そう思うと由美の事をどのやって励ませばいいか、考えずにはいられなかった。予定の時刻を過ぎても必死になって異空間への扉を探すのをやめようとはしなかった。


「由美」


 もう一旦やめるようにと声をかけようとした。

 その時だった――


――ブゥン――


 かすかな震えるような音。


――ブゥウウウン――


 それは明確な画像を震わせるような音を立てていた。そして唐突な叫び声が聞こえてきたのだ。


「由美!」

「えっ?」


 由美が驚いている。明らかに彼女がその声の主を知っている。


「由美!」


 その声は再び聞こえた。気のせいではなかった。


「お母さん?!」

「見つけた! そこで待ってて!」 


 大人の女性の力強い声が聞こえて次に空間が軽い放電火花を散らした。そして次の瞬間、一人の女性が姿を現したのだ。


「由美! そこにいたのね!」

「お、お母さん!?」

「急いで! 複数の術を重ねて無理やり扉をこじ開けてるの! 長くは持たないわ!」


 その言葉が向こう側の人にとっても綱渡りの状況であることはルストにもすぐにわかった。だが、由美は驚きのあまり足をすくませていた。

 一刻の猶予はならない。ルストが動いた。


「由美!」


 ルストはそう叫びながら由美の背中を突き飛ばした。彼女の母親に送り届けるかのように。


――ドンッ!――


 不意に由美は背中に衝撃を感じながら突き飛ばされて突然現れた由美の母親に抱きとめられた。


「由美!」

「お母さん!」

「もう大丈夫よ。元の世界に帰るわよ」

「うん」


 そう答えるのがやっとだった。それまで感じていた孤独と恐怖、それが一気に噴き出して泣き出してしまったのだ。

 由美の母親は、そんな由美をなだめすかすかのように声をかけた。


「ほら、お礼を言いなさい」


 その言葉にハッとなり涙の溝ってルストたちの方を向く。そしてそれは別れの言葉となった。


「ルストさん! みなさん! ありがとうございました」

「娘がお世話になりました」


 二人の姿が急速にかき消えていく。ルストは由美に声をかけた。


「もうお母さんに心配をかけてはダメよ!」


 それは強い叱責の声。そして、戒めの声だった。

 ルストにはかろうじて由美が頷いているのが見えたのだった。


 一陣の風が吹いて由美の姿は完全に消えた。彼女は無事に自分たちの世界へと帰っていたのだ。

 警ら部隊の隊員たちが言った。


「午前11時23分、対象喪失確認」

「以上をもって、身元不明者処遇問題。解決を確認しました」


 警ら部隊の隊長が言う。


「ご苦労。機材を回収して撤収だ」


 そしてその隊長がルストに告げる。


「ご協力ありがとうございます。今回の事の顛末に関する経緯はそちらからも報告書にて提出願います」

「了解しました。速やかに提出させていただきます」

「かしこまりました。それでは我々はこれにて」


 その言葉と同時に敬礼をして彼は去っていった。あとに残されたのはルストただ一人。

 ルストは空を仰ぎながらこうつぶやいたのだ。


「お母さんか――」


 そして寂しそうにこう続けた。


「会いたいなぁ」


 その言葉を聞いた者は誰もいない。彼女が本当の意味で家族の元に帰れるのはまだずっと先の話である。


これにて『竜之宮由美編』終了でございます

5000字くらいに収めるつもりが想定外に増えました(ーー;

でもかなり中身の濃い逸話に鳴ったと思います。


さて次回


猫野たま様【月詠の鏡と劔】より


ヒロイン【月詠様】です。


公開時までしばらくお待ち下さい

(3月最終週頃になるとおもいます)


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― 新着の感想 ―
[一言] 美風慶伍さんには事前に由美の簡単なプロフィール以外の詳細設定をお渡ししていなかったのですが、それでも《芯が強い》ところは表現されていて、素晴らしいです。 こんな由美も新鮮で良いですなぁ。
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