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In the Night -Street -

「……血の、臭いがする」


 すん、と一度鼻を鳴らして、男はあたりを見回した。

 港町。街灯の少ない細い通りに、甘ったるく重いその臭いが漂っていた。

 裾が闇に消え入ってしまいそうなほど深い闇色をしたロングジャケットを翻し、より細い路地へと臭いを頼りに進んでいく。

 曲がり道で不意に顔を上げるも、臭いを確認すると

「こっち、か」

 すぐに判断を下し、歩むことを止めない。

 硬い靴底が石畳を叩く。単調なリズムに迷いは無い。

 遠くで孤独に光っていた街灯が男に近づき、男の髪を照らした。

 眩しさに、黒の手袋をはめた右手を、頭上のくたびれたシルクハットに伸ばし、瞳を隠した。

 白銀が、輝く。

 一筋一筋が街灯の光を受け、透き通るように輝き、すぐに闇に溶けていった。

「近いな」

 この角を曲がれば袋小路に入ってしまう。そんな曲がり角。袋小路であることを知りながら、構うことなく男は暗闇の中に進む。

 闇の奥へ、奥へと進む度に、臭いは強く、脂っぽさを増していく。

「さぁて。仕事にありつけるといいが」

 行き止まる壁の数メートル前で、何かを察知したかのように男は足を止めた。

 シルクハットから右手を放し、懐から小型の電池式ランタンを取り出し、点灯させる。

 急激に明るくなった視界に眼が慣れると、眼前の光景が明らかになってくる。

「……こいつぁ、また」

 ぼんやりとした明かりに照らされた光景に、男は眉を寄せて心底、嫌そうな顔を作った。

 彼の緑の眼の先にあったのは――――死体!

「だいぶ酷くやられてんな」

 背中を壁に預けるように、そして路地に向かって体を開く形に、死体はそこにあった。

 赤茶色の髪に張りは無く、蒼い瞳からは光が消え濁ってしまっている。

 極彩色であったであろう血液は赤黒く凝固し、一部の硬いゲル状になった部分を除いて乾燥が始まっている。

 野良犬にでも喰い散らかされたのだろうか、致命傷であると思われる胸の傷とは別に、腹がぎざぎざに切り刻まれ、内蔵があちこちに引きずられたあとがあった。

「こりゃあ、一晩やそこらかかるかな」

 男はランタンを左手に持ち換え、内蔵や血液で靴底が汚れるのもいとわずに死体の懐に入った。

 愛しそうに、人形を眠らせるかのように、男は死体の瞼をそっと落とした。

「うし、じゃあ店に向かうか」

 内蔵を落としてしまわないよう、男は大事に青年の死体を抱えると、姫を扱うかのように恭しく立ち上がった。


「この度は、ご愁傷様です――我が店【Ung-rose】へようこそ」


 足音だけを残し、男は死体を抱き抱えたまま路地を去っていく。

 やがて、残響すらも波音と風に消えていった。

 そしてMichel=Undergroundは根城である店へと向かうのだった。


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