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甘ったるい声が会話で最初に発する言葉は
「えーっ」
「あーっ」
「ねぇねぇ」
「うわぁ」
「やだやだぁ」
「うぅん」
の6パターンしかありません。
「えーっと、この方はこの建造物をヴェルヴァンの塔と呼んでいましたけど、あなた訊き覚えありますか」
私は足元に横たわる骸骨を見遣りながら、あまり期待せずに尋ねる。
「あーっ、わたしを褒めてくれなぁい」
しかし供養した成果を等閑にされ不満な甘ったるい声が喚き頬を膨らませる。
「もうっ、それなら私が依頼する前に供養して欲しかったわ」
私は呆れ愚痴を零す。
「えーっ、わたしが、いけないのぉ。わかんなぁーい」
それでも納得出来ない甘ったるい声がフードの奥から口を尖らせた。
「ふふっ。この方は勿体ぶっていましたから、上階にはきっと誰かがお住まいなのですわ」
私は甘ったるい声に構わず不敵な笑みを零しつつ骸骨を跨ぐように軽やかに跳ね、光球に照らされた階段の先を見つめる。
「ねぇねぇ、やっぱりペガサスさんかなぁ。どきどきするぅ」
一転燥ぐ甘ったるい声も倣い、軽やかに骸骨を跳び越えた。
「ややっ、お前達や。このヴェルヴァンの塔へ何故無断で侵入したのじゃ」
再び螺旋状の階段を進む。
だがまたしても上方から骸骨が私達の前に現れ、先程同様の文言を野太い掠れ声を上げぶつけて来た。
「もうっ、またあなたですわ。ところでこの塔は何の目的で誰が建てたのかご存知でしょうか」
私は質問を変え、骸骨から少しでも情報を訊き出そうとする作戦に出た。
「ふむ。それはお前に教えても全く役に立たぬのお。さっさと立ち去るのじゃ」
しかし先程同様に取り付く島もない骸骨の左手に大斧が現れ、切っ先を向けられる。
「あーっ、ずるーぅい。隠そうとしちゃってるぅ」
そして甘ったるい声が同じ文言で口を尖らせ駄々を捏ねる。
おそらく甘ったるい声に作戦などという発想は浮かばないのだろう。
「ベクサプリナニクサ」
甘ったるい声によって結局またしても骸骨は仰向けに斃れる結果になった。
「ますます怪しくなってきましたわ。きっとこの方達は何かを護っていますのよ。だから何も教えてくれないのですわ」
私は骸骨を跨ぎ、螺旋状の階段が続く頭上を見つめる。
「あーっ、骸骨さんはペガサスさんをヴェルヴァンさんって呼んでいるんだよぉ。それなら辻褄が合ってるぅ」
甘ったるい声が自己都合な説を思いつき軽やかに骸骨を跳び越える。
「ふふっ、あなた。そんな仮定だったら何でもありですわ。あの凶暴な龍の類いや冥界に潜む魑魅魍魎の裏切り者デュクルをヴェルヴァンと呼んでいても不思議ではないっていう展開になりますね」
私が振り返り笑みを零す。
「えーっ、龍さんは大きいから、ここには入りきれないよぉ」
甘ったるい声は辺りを見渡し反論を忘れなかった。