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甘ったるい声の頭上に漂う光球を頼りに階段を上る。
右回りに螺旋状に設えられた階段は昨晩過ごしたあの宿泊施設ロレタドゥナ=フベーストゥトを連想させるものだった。
私は不思議に感じながら進む。
そこへ螺旋階段の上から軋る音が次第に近づいて来た。
「何ですって。ここに何故あの者が存在しているのですか」
私は驚きを隠さなかった。何と全身骨だけの者が階段を降りつつ私達へ迫っていたからだ。
「あーっ、折角だから骸骨さんに、ここのてっぺんに誰が棲んでいるのか訊いてみようよぉ」
甘ったるい声はそんな状況にも関わらず突拍子な提案を披露する。
「ふふっ。あの手の方は会話が出来るらしいですけど、素直に教えてくれるとは思えませんわ」
私はあまりに能天気な甘ったるい声に思わず笑みを零した。
「ややっ、お前達や。このヴェルヴァンの塔へ何故無断で侵入したのじゃ」
だが遣り取りも終わらぬうちに骸骨の方から野太い掠れ声を響かせてきた。
「ねぇねぇ、わたしたちペガサスさんを探しているのぉ。知らないかなぁ」
甘ったるい声が全く怯まず提案を実行に移す。
「何じゃ、それは。この塔にはそんな者は存在せぬわい」
骸骨はしゃれこうべを横に振り否定を示す。
「ふふっ、では他の誰かさんがお住まいなのかしら」
私も全く動じず笑みを零し興味深くフードの奥から翡翠色の瞳で骸骨を見つめた。
「ふむ。それはお前に教えてもたいして役に立たぬわい。さっさと立ち去るのじゃ」
取り付く島もない骸骨の左手に大きな斧が現れ、私達へその鋭利な刃を向ける。
「あーっ、ずるぅーい。隠そうとしちゃってるぅ」
甘ったるい声はそれでも怯まず口を尖らせ駄々を捏ねる。
「そんな訳ないのじゃ。わしは何も隠してはないっ」
またも否定する骸骨が野太い掠れ声を響かせ大きな斧を両手で握り私達へ一歩迫る。
「まあっ、山鍛の民みたいに随分と吝嗇な方とお見受け致しました。それなら益々この先が見たくなりましたわ」
私はやはり動じず骸骨を睨みつけた。
「何じゃ、その言い草は。失礼極まりないわい。ならばわしらの仲間になって貰う他ないのじゃ」
骸骨は憤慨し大きな斧を翳し、私を目掛け振り下した。
「ゾラム」
私の呟きが一瞬早かった。
手を上げた指先から雷の如く電光が放たれ骸骨の胸部を撃ち抜いた。
憐れ陶器が割れる様な甲高い音と共に骨が階段へ四散し、大きな斧は階段の隙間から落ち、暗闇へ消え去った。
ところがこの骸骨はしぶとかった。骨片が次々空中へ浮かび上がり、元の骸骨の姿へ戻ってしまった。
「ふふん。そんな子供騙しは、わしには効かぬのお」
そして骸骨は調子づいた口調で手に再び大きな斧を出現させる。
「もうっ、あなた。聞く耳を持ってくれなさそうですから、供養してあげましょうか」
その様子に私は妙な案を甘ったるい声に依頼した。
「ベクサプリナニクサ」
甘ったるい声が白い粉を落としながら呟く。
するとどうだろう、骸骨の全身が青白い炎に包まれた。
それが消える頃骸骨は仰向けに斃れ、全く動かなくなった。