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多少読みにくい字
山鍛の民→さんたんのたみ
「あーっ、あれ何かなぁ」
甘ったるい声の疑問が暫し進んだ頃後方から聞こえた。
私は馬を止め振り返れば甘ったるい声は左前方を指し示していた。
「まあっ、あなた。随分と高いですわ。果たしてこんな建造物を誰が設えたのでしょうか」
すぐに私はこの森では見慣れない石造りの丸みを帯びた高く聳える建造物を発見した。
それは周囲の植物達を圧倒するものだった。
「えーっ、誰かなんて、わかんなぁーい」
甘ったるい声が或る意味予想通りにフードの奥から顔を左右に振る。
「えーっと、この類はきっと山鍛の民達が建てたのですよ。調べる価値がありそうですわ」
私は馬から降り、苔に覆われた石壁を叩きながらその円形の建造物沿いに馬を連れ歩みを進める。
「あーっ、わたしを忘れてるぅ。置いてきぼりはだめぇ」
甘ったるい声は等閑にされたと喚きながら私の後を追って来た。
「うわぁ、ここに、とびらさんだぁ」
甘ったるい声が建造物の周囲を半周ほど調べた頃、石壁の小さな窪みを指し示した。
「まあっ、あなた。何となくは無しですよ」
だが私には石壁が欠けただけにしか見えなかった。
「タレトスナ エピロノク」
甘ったるい声が砂を落としながら呟く。すると石壁の一部分が仄かに赤く色づいた。
「ふふっ、罠はないけど鍵が掛けられている扉だから私の出番ですね。あなた、ちょっと離れていて欲しいわ」
私は赤く色づいた石壁を見つめ不敵な笑みを浮かべた。
「えーっ、わたしを褒めてくれないのぉ」
甘ったるい声は成果を等閑にされ不平を零しフードの奥から頬を膨らませるものの、私の願いどおり石壁から数歩退いてくれた。
「サス ナピル ドレスンナ エルタトゥナ ヤムダル」
私は抑揚をつけ、はっきりと力強く唱えた。
少し間が空いた後、石壁の一部分が引き戸のように右側へ徐にずれた。
「エメル」
甘ったるい声が例の光球を頭上に出し、右手を前方へ差し出す。その動きに合わせ光球が何と引き戸へ向かった。
そして甘ったるい声が手を戻した時にその動きは止まり引き戸を抜けた辺りで漂う。
「まあっ、相変わらずいきなりですけど光球で内部の様子を伺おうなんて、あなたいつからそんなに賢くなったのですか」
私は翡翠色の瞳を見開き驚きを隠せなかった。
「えーっ、真っ暗で何にも見えないから出しただけなのにぃ。これくらいわかってるぅ」
甘ったるい声は不満なのか喚き口を尖らせた。
「ふふっ、どうやら上階へ行けそうですわ」
私は甘ったるい声に構わず慎重に内側を覗く。
その先は見える限り上へ向かう階段が続き、私は思わず笑みを零した。
「あーっ、もしかしたらここのてっぺんがペガサスさんのおうちなんだよぉ。だって鳥さんみたいにお空を飛び回れるんだからぁ」
そこへ甘ったるい声が自己都合な仮説を披露する。
「ふふっ、あなたは心変わりが早いわね。確かに多くの鳥達は巣を樹の上に造りますから、可能性が無いとは言い切れませんわ」
この建造物の由縁を知りたい私は頬を緩ませ甘ったるい声に同意し探索を決意した。
私は銀色に輝く馬の鬣を摩った後、馬を置き去りにして扉を抜ける。
「えーっ、また、わたしを忘れてるぅ。置いてきぼりはだめぇ」
甘ったるい声は再び等閑にされたと喚き、慌てて私を追いかけて来た。