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居間と続きになっている隣の空間は調理場の役割を担っていた。食器や調理器具が所狭しに並べられている。
「まあっ、やはりロレタドゥナ=フベーストゥトは宿泊者への配慮が行き届いてるわ」
私はその中から丸みを帯びた銀色の壺を見つけ、肩から下げた布袋の中から水筒と薄黄色の小さな固形物を取り出した。
「ジ メナレカ クェ」
私は壺の中へ水を注ぎ固形物も入れ壺の蓋を閉め草を振りかけながら呟く。
するとどうだろう。たちまち壺の吹き出し口から蒸気と共に甘美な香りが立ち込める。
「ふふっ、あの子はこの飲み物が大好物だから喜ぶ筈ね」
私は蒸気を嗅ぎながら甘ったるい声が燥ぎ回る姿を想像し頬が緩んだ。
その時、長い金色の巻き髪を靡かせながら頭上に光球を従え、灰色のローブを纏った甘ったるい声が浴室から戻って来た。
光球がふたつ輝く居間は燦燦と照る真夏の陽光を浴びているかのように明るさを増した。
「あーっ、ずるぅーい。エミ=ソネ、こっそり飲んでるぅ」
だが、甘ったるい声は匂いを嗅ぎつけ、不満そうに口を尖らせる。
「まあっ、まだ頂いていませんよ。折角あなたが戻る頃かと思って出来立てを用意したのに、いきなりその文言は失礼ですわ」
私は期待外れの甘ったるい声に対して自然にそのソプラノの声域が一段と高くなった。
「えーっ、それなら、今から作れば済むぅ。すぐ出来ちゃうのにぃ」
甘ったるい声も黙っていなかったが、壺を手に取り椀へエミ=ソネと呼んだ蜂蜜や香草を含んだ飲み物を注いだ。
そして椀を啜った甘ったるい声は一転満面の笑みを零した。
「ふふっ、それならあなた。あちらなら出来立てが楽しめそうですよ」
私は一安心し頬を緩ませつつ調理場の片隅に置かれた麻袋を指し示した。
「あーっ、ラカスだぁ。今度はわたしが作っちゃうんだからぁ」
甘ったるい声は軽やかな足取りで向かい麻袋の中身を覗き、ラカスと呼んだ穀物の粒をひと掬いし金色の壺の中に入れ水を注ぎ蓋を閉める。
「ジ メナレカ クェ」
甘ったるい声も草を振りかけ呟く。
やはり蒸気が壺から噴き出す。だが、エミ=ソネとは異なり無臭だった。
「ねぇねぇ、胡桃が入ってて欲しいなぁ。わくわくするぅ」
甘ったるい声が肘を卓へ乗せ頬に手を寄せ壺を見つめ胸を踊らせる。
ラカスは出来上がりまで数分要し、更に完成時に漸く何の具材が含まれているのかが判明する為、その間予想を楽しんだり好物に当たるのを祈るのが恒例だった。
「あなた、どんぐりかもしれませんよ、ふふっ」
私はエミ=ソネを椀に注ぎながら意地悪っぽく笑みを零す。
「えーっ、それはだめぇ。わたし食べなぁい」
甘ったるい声は苦手らしく顔を左右に振り、長い金色の巻き髪を大きく揺らす。
「まあっ、食べ物を粗末に扱うような真似はいけませんわ。ましてやあなたが作ったのですからね」私はすかさず我儘な考えを戒めた。
蒸気が消えた頃、甘ったるい声が慎重に壺の蓋を開け、黄土色の粒に化した穀物の匂いを嗅ぐ。
「あーっ、干し葡萄だぁ。これなら食べられるぅ」
甘ったるい声の歓声に私は安堵した。
そしてラカスを頂きエミ=ソネを飲み干した後、私は浴室へ向かった。
ちなみに
エミ=ソネは架空の飲み物です。ラカスもですが。