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私達は甘ったるい声の頭上を絶えず漂う光の球を頼りに愛馬を引き連れ、土壁に囲まれた螺旋状の左回りで緩やかに下る通路を進んだ。
やがて右側の土壁が消え、代わりに閂が掛けられている個室が通路沿いに幾つか連なっていた。
私が閂を外した途端に馬は個室へ素直に入り大きく嘶き、うず高く積まれた飼葉を食べ始めた。
この個室は厩で、床には分厚くきめ細やかな砂が敷き詰められ、更に馬の喉をいつでも潤してくれる水路まで奥に設えられていた。
甘ったるい声も別の閂を外し、銀色の愛馬は早速厩へ入った。
閂を掛け厩を後にした私達は再び通路を下りる。暫くして5つ並んだ大きさも形も全く同じ扉に行き当たり、ここで通路は終わっていた。
「あーっ、やさしいとびらさんだぁ。やっとお部屋で休めるぅ」
甘ったるい声がその存在を確認し燥ぎ回る。
「えーっと、どの部屋も空室ですけど真ん中は止めるべきですね。もしこの後団体さんが来られたらきっと困ってしまいますよ」
私がすかさず釘を刺す。
何故なら正面の扉から入る部屋が一番広く寝台も多く備えられているのがこのロレタドゥナ=フベーストゥトと呼ばれる宿泊施設では定番だからだ。
「ねぇねぇ、じゃあ、一番左のお部屋で決まりぃ」
そこへ甘ったるい声が燥ぎ回りながらその扉へ近寄り指し示す。
「まあっ、右も左も間取りは変わらない筈ですけど、理由を教えて欲しいわ」
私は即決した甘ったるい声に疑問を抱いた。
「えーっ、わかんなぁーい」
甘ったるい声はどうやら直感で何となく決めたらしく、被ったフードの奥から顔を左右に何度も振る。
「もうっ、それなら決めつけるような表現は止めて頂けますか」
私は指摘せずにはいられなかったが、特に拘りが無い為一番左側の扉の把手を掴む。
すると容易に開いた。
甘ったるい声が『やさしいとびら』と形容したのはこれが理由のようだった。
その先は卓を取り囲むように緑色のソファが並ぶ居間が広がっていた。
私達は躊躇なく進む。そして『やさしいとびら』も役目を知っているかのように開いた時と逆の動きを静かに始めた。
長旅の疲れを癒すべくソファへ腰掛けたが直ぐに甘ったるい声の被るフードが不規則に揺らめく。
「もうっ、あなた。寝るなら先に入浴を済ませて欲しいわ」
私はすかさず立ち上がり甘ったるい声の肩を揺すった。
「うぅん、わかったよぉ」
甘ったるい声はまだ眠りが浅かったせいなのか駄々を捏ねず瞼を擦りながら立ち上がり、覚束ない足取りで居間の奥へ消えた。
「エメル」
私は甘ったるい声の後ろ姿を見遣りながら部屋が真っ暗になってしまう為、頭上に光球を出した。