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第4話

そろそろストック的にきつい感



 翌日の放課後も私の姿は旧校舎にあった。

 休み時間に職員室で入部届を貰い、すでに必要事項は記入してある。

 ジャンナに相談しようか迷ったが、結局言わずにおいた。ジャンナは友人だが、事故のことも話していない。というか、この学園に来てから誰にも自分の過去のことは話したことがない。

 鉄コン部に入部するとなれば、なぜ急にそんな心境になったのか、今まで帰宅部だったのはなぜなのか、などを話す事になりそうだし、それは私の過去を話すという事になる。

 別に話したくないというわけではない、とは思うのだが、なんとなくそういう気分にならなかった。


「こんにちは。私が顧問の……、あら?アストリットさん?」


 入部届を渡そうとした顧問の教諭というのは、あの養護教諭だった。


「あ、はい。これ入部届です。あの、……先生が顧問だったんですね」


「アストリットさんが入部を……。そう。そうなのね。応援するわ」


 名前を呼びたかったが、そういえば知らなかった。

 応援する、というのは、私が過去を乗り越えようとする事を言っているのだろう。

 昨日の今日なのでいささか面映い気分でもあるが、応援してくれると言うなら素直に受け取っておこう。誰かに応援されるのは久しぶりだ。


「これで正式にアストリットさんはうちの部員ということだね!ようこそ鉄コン部へ!

 じゃあ早速部活動を、というところなんだけど、正式な部員になったからには専用の機体が必要だよね。まずは選んでもらおうかな」


 私は先生に促され、入り口まで下がった。

 フランツィスカ様は昨日私が乗せてもらった鉄筋に乗り込むと、他の3機の鉄筋に被せられた布を器用に剥がしていった。私も鉄筋を動かしてみたためにわかるが、今の私ではあんな繊細な操作は出来ないだろう。私がやったらたぶん、勢い余って布をかぶった鉄筋を殴ってしまっていたと思う。


『じゃあ、この3機の中から選んでよ』


 鉄筋に内蔵されているらしい拡声器を通してフランツィスカ様の声が響く。


「あの、3機から選んでしまって良いんですか?リタ様のものは?」


「ワタシは別にどれでもいいんスよ。別に強いわけでも上手いわけでもないッスけど、どんな機体でもおんなじように動かせるのがワタシの数少ない特技なんで!」


 1機しかまだ動かしたことのない私には、機体の差による操作性の差などはわからない。しかし口ぶりから様々な機体を動かした経験があるのだろうリタ様がそういうなら、きっと機体によって大きな差があるのだろう。

 そういうことなら、昨日フランツィスカ様の機体を動かした時に感じたような違和感が少ないものもあるかもしれない。


「ひとつずつ、動かしてみてもいいですか?」


「ええ。もちろんよ。アストリットさんに合った機体を探してみるといいわ。といっても4…3機しかないのだけど」


 1機はフランツィスカ様のものだからだろう。

 もっともあれは昨日すでに試しているし、さすがに先輩の機体を奪おうとは思わない。




「うーん…」


 3機とも軽く動かしてみたが、どれも昨日のものと変わらない感覚だった。


「しっくりこない、って感じッスね」


「そうですね。なんていうか…」


「──それはそうでしょうね」


 びくり、と振り向くと白衣のオリガ様が立っていた。


「あ、こんにちはオリガ様」


「こんにちはアストリットさん。……入部、したのね」


 先生の方をちらりと見てそう言った。

 少し複雑な表情をしているように見えるが、なんだろう。


「アストリットさん、ちょっといいかしら」


「はい?」


 オリガ様に連れられ、外に出る。

 旧体育館の裏手まで歩いたところで、オリガ様はようやく口を開いた。


「アストリットさん。あなた、どこかで見た顔だと思ったのよ」


 そう言われても、こちらはオリガ様と会ったことはないはずだ。こんな強烈なキャラクターなら、一度会ったらたぶん忘れていない。いや、どこでも白衣を着ているとは限らないか。それならわからないかもしれない。


「あなた、【赤い疾風アスタ】でしょう?元陸上競技選手の」


 息が詰まった。

 そうだ。

 私がオリガ様を知らないのに、オリガ様が私を知っていたとするなら、つまり一方的に私の事を知っているとするなら、それはおそらく陸上競技選手としての私を知っていたという事にほかならない。

 あのときはベリーショートにしていたし、今は髪を縛れる程に伸びている。パッと見でわかる人はそう居ないだろうと考えていたし、住む地域もガラリと変え、人間関係をほぼリセットしたことで、誰も自分を知らない場所に来たのだと思いこんでいた。

 しかし昨日先生と話してわかったように、少なくともこの学園の教員は知っていてもおかしくはない。他にも気づいている人はいるかもしれない。


「……よく、わかりましたね。かなり雰囲気も変わっていると思うんですけど」


「……そうね。でも、たぶんあなたに会ってそれと気づく人は他にもいると思うわ。あなたが知っているかどうかはわからないけれど、同年代には、あなたのファンって多いのよ。それに」


 トレードマークのその赤毛は、やっぱり少し目立つしね。 


 オリガ様は少し目をそらしてそう言った。

 つまりこれは、彼女は私のファンだったということだろうか。


「それはその。ありがとうございます?」


 オリガ様は咳払いをして続ける。


「そんなことはどうでもいいわ。それより、本当に入部してよかったの?その、あなたが陸上をやめたのは……」


 鉄筋の事故のことも知っているのだろう。

 将来を嘱望されていた、陸上界の若きエースの転落については、当時はけっこう大きく報道されていたように思う。私はそういう報道には一切触れないようにしていたために全く知らないが、周りの雰囲気からそれは察せられた。

 おそらく事故についても語られていただろうし、ゴーレムが関わる事故となれば、研究会の彼女は興味があったのだろう。


「……鉄筋が憎くはないの?」


 憎い。のだろうか。そういう感情を持ったことはないからわからない。

 そもそも鉄筋に対して、そう大きな感情を動かしたことはなかった。

 では、昨日鉄筋に乗り込んだ時の、あの心のざわつきは。


「……はい。でも私は、鉄筋をこの手で…違うな。…たぶん、鉄筋を許す事ができなければ、前に進むことが出来ないんじゃないかって思ったんです。そう思ったから、鉄筋を触って、乗りこなして…。鉄筋に乗って、鉄筋にまつわる過去を乗り越えたいと思ったんです」


 鉄筋について、思うところはない。

 そう思いこんでいた。

 でも、昨日乗ってみて、今、他人から指摘されてみて、本当にそうだったのか、わからなくなった。

 私はたぶん、鉄筋に無関心だったのだ。

 決して許すことが出来なかったから、だから鉄筋になにかの感情を持つことをやめてしまっていたのだ。

 決して許せず、しかしながら決して勝つこともできない。

 だから私は鉄筋に対して、何かを思うのをやめた。

 そんな私を見て、かつては鉄筋の試合に心躍らせていた過去を知っている両親は、悲痛な思いを抱いたのだ。

 だから実家の鉄筋を手放し、なるべく鉄筋に触れずに生活できるよう配慮してくれていた。

 そんな両親から、私は逃げた。


「でももう。逃げるのはやめにしようかなって。昔は逃げ足は速かったかもしれないですけど、今はそうでもないですし。

 それに昔だって、逃げるために走っていたわけじゃない」


 私は勝つために走っていたのだ。

 最初はただ走るのが楽しいだけだった。でも次第に、勝つことが楽しくなっていった。

 それはたぶん、いつしか私の人生の軸になっていたのだろう。

 だから、それを失ったからあれからずっと、平穏だけど、確たる軸のない人生を過ごしていた。過去のことは深く考えず、ただ俯いて歩いていた。

 だが休憩時間はもう終わりだ。私は勝つために生きる。


 フランツィスカ様にはああ言ったが、たぶん実際に鉄コンを始めてしまえば、私は勝つ事に固執する。そしてそれが、私が過去を乗り越えることに繋がるだろう。

 クラブは第3だし、人数も少ないし、機体も古いし設備もない。

 しかしそれは問題ではない。

 勝てるかどうかではなく、勝とうとするかどうかが重要なのだ。少なくとも私にとっては。

 負けたときは、昔のように悔し涙を流せばいいだけだ。


 私の話を聞いて、オリガ様は少しぼうっとしていたようだが、すぐに我に返った。


「……あなたがそういうのなら、いいわ。最大限、協力してあげましょう。

 さしあたってはそうね、あなたが感じているだろう、その違和感についてからかしら」


 フランツィスカ様だけでなく、オリガ様も見ただけで気づいていたらしい。さすがはゴーレム研究会である。


「フランツィスカ様も何なのかまではわかってらっしゃらなかったと思うんですが、オリガ様にはわかるんですか?」


「別に見てわかったとかそういうことではないわ。単に元から持っている情報の差ね。

 アストリットさん、あなた確か左利きではなかったかしら」




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