第3話
「さあ、ここが我が鉄コン部の部室兼格納庫だよ!ようこそ鉄コン部へ!」
フランツィスカ様の案内で入った旧体育館は、床板がはがされ、基礎として打ってあったのであろうコンクリートがむき出しになっていた。
そのコンクリートの上には、何体かの鉄筋が静かに佇んでいる。
「……落ちこぼれ、と言っていましたけど、それにしてはたくさんありますね、鉄筋」
「そりゃ、なければ学内対抗戦も出来ないからね。とはいっても全部旧式も旧式。レギュレーション範囲に引っかかってはいるけれど、出力も装甲もいまどきの新型とは比べ物にならないよ。もちろん悪い意味で」
素人目にもよく手入れされているように見えるが、これでも旧式らしい。
大きな布のようなものをかけられているが、少しめくってみれば装甲には錆ひとつなく、よく磨かれている。関節などの隙間にも砂や埃が入り込んでいるというようなこともない。
「あれー?部長、お客さんスか?」
鉄筋のかげから1人の生徒が現れた。
「そうだよ。入部希望者だ」
「おー!じゃあこれでようやくデュエルに出れまスね!」
「いえ、入部を希望しているわけでは……」
「はじめまして!おお?1年生ッスね!ワタシは2年のリタって言いまス!よろしくどーぞッス」
リタ様は三つ編みに丸っこいメガネをかけた、これまた学園生らしくない雰囲気の少女だ。
フランツィスカ様といい、類は友を呼ぶと言うことだろうか。
「あの、これでようやくデュエルに出られると言うことは……」
「そう!きみが入部してくれればちょうど3名になるからね。学内対抗戦に出られると言うわけさ」
フランツィスカ様が暇そうにしていたのも頷ける。この部はそもそもクラブ活動として成立していないのだろう。
「でも整備とかはどうしているんですか?この数の……4体もの鉄筋といえば、とても2人で整備しきれるものじゃないと思うんですけど」
私が尋ねると、フランツィスカ様は少しだけ微笑んだ。声をかけてきた時の軽薄な笑みや、部長だと名乗った時の不敵な笑みとも違う笑い方だ。
「鋭いね!
この旧校舎には様々なクラブがある。それは先に説明したとおりだ。その殆どは陸上部や吹奏楽部、そして我が鉄コン部のように2軍3軍の落ちこぼれたちだけど、中にはそもそも一つしかないようなクラブもあるんだよ。
その中のひとつにゴーレム研究会というのがあってね。古代魔導の技術の結晶たるゴーレム技術の研究をするクラブさ。今はもうコストや利便性の関係でアイアンゴーレム、鉄筋しか使われていないけど、かつてはもっと様々な素材でゴーレムが作られて運用されていたんだよ。青銅とかね。
そんなゴーレムを研究する事を活動内容とする人たちがこの旧校舎には居るんだ。彼女らは3度の食事よりゴーレムが好きでね。喜んで整備をしてくれるし、しかも腕がいい。おっと、3度の食事よりゴーレムが好きと言っても別にゴーレムを食べているわけではないよ」
そんな事は言われなくてもわかっている。
「でしたらその方たちも、鉄コン部の1軍や2軍?のほうの整備をしたがるんじゃないですか?なぜここに?」
それにそんなに腕がよく、ひとつしかないクラブなら普通にクラブ棟の方に部室を与えられてもおかしくない気もする。
「本家さんの鉄コン部の方は専属の整備士がいるから。触らせてもらえないのよ。それにゴーレム研究会の本分はあくまでゴーレムの研究であって、整備は趣味。特に実績もあるわけでもないし、学園としてはお荷物クラブというわけ」
不意に背後から聞こえた声に、少し驚いた。
振り返ってみればそこには制服の上から白衣を羽織った、モノクルをかけた生徒がいた。長い銀髪を背中に流した、かなりの美人だ。リボンタイの色からすれば3年生らしい。
「やあ、こんにちはオリガ」
「こんにちはフランツィスカ。ところでこちらのお嬢さんは?」
「あ、アストリットと言います。1年生です」
「そう。よろしくアストリットさん。私はオリガ。3年生よ」
「よろしくおねがいします、オリガ様」
会話の流れからすると、この人がゴーレム研究会のひとなのだろう。制服の上に白衣とはまた奇抜な格好で学園生らしくないと言えるが、もう3人目のため慣れてきている自分がいる。もともと庶民出身であることだし、学園生らしくなさには免疫があるのかもしれない。いや、だとしても制服に白衣はおかしいはずだ。
「途中から聞くともなしに聞いていたのだけど。アストリットさんはポンコツ鉄コン部に入部なさるの?」
「それかなり最初の方に言ってたやつだよね。途中からじゃないじゃん」
フランツィスカ様はポンコツという部分には突っ込まない。自覚があるということだろうか。
しかしポンコツならば私の目的にも丁度いいかもしれない。もともと2人しかいなかったのなら、急に増えた3人めにロクに期待などしないだろうし、私が多少よこしまな目的を持っていたとしても構うまい。
「……そうですね。入部、してみたいと思います」
「え!?本当に入部するの?」
「フランツィスカ様が言い出したんじゃないですか」
「でも、入部してしまえばログにこのクラブのことが残ってしまうし、やっぱりあっちの方が良かった、って後で言ってもたぶん遅いよ?本当にいいの?」
「はい。先輩方には大変申し訳無いのですが、あまりその、大会や結果のために頑張るというつもりではないというか、鉄筋にはまったく触れたことがないので、やってみたいだけというか」
「いや、それは別に構わないんだけど。ていうか、高等部1年で鉄筋に触れたことがある人のほうが少ないよ。高等部からしか無いからね、クラブ活動としては」
「これまで対抗戦に出ることさえ出来なかったッスからね。出られるだけで丸儲けッスよ。そりゃ、できることなら勝ちたいッスけど。そんなのは新入部員に押し付けたりはしないッス」
正直に頑張る気がないと表明したにもかかわらず、どうやら歓迎してくれるらしい。ありがたいことだ。
「あの、それではこれからよろしくお願いします」
「こっちこそね!ところで、今日はどうする?せっかくだし、少し触ってみる?」
「いいんですか?私免許持ってませんけど」
「免許なんていらないよ。あれは公の場所で動かすのに必要なだけだからね。学園の敷地内は私有地だし、この旧体育館と、外の演習場は念のために特別に国の許可も取ってある。大会に出るにはさすがに免許が必要だけど、学内対抗戦ならいらないからね。免許取るならそれに勝ってからでいい。
じゃあ、今日は私の機体を貸してあげよう。これなら毎日動かしているから、整備だけしてロクに触ってない子たちよりは信頼性があるからね」
「いい?じゃあハッチ閉めるよー」
操作方法のレクチャーを軽くうけ、私は鉄筋に乗り込んだ。
かつて私を跳ね飛ばした巨体だ。恐怖心でもわいてくるかと思っていたが、そんなこともなかった。ただ少し、鼓動が早まると言うか、心がざわつくだけだ。鉄筋に対しては特に思うところはないはずのため、これがどういう感情なのかはわからない。
しかし少なくとも、乗り越えようと決意してからは、両親の哀しげな顔はもう見えない。
「ええと、まずは操縦桿を握って」
ハッチを閉めたフランツィスカ様が十分離れたのを確認し、操縦桿を握った。
鉄筋は操縦者の意志に従って動くため、操作方法と言ってもそれほど大したことはない。向き不向きというか、慣れや不慣れはあるだろうが、基本的に誰にでも動かせるものだ。
「うごけーうごけー…」
私の意志に反応してか、ゆっくりと鉄筋が動き出す。びっくりして操縦桿を離してしまったが、動き出した時と同様にゆっくりと止まった。たぶん説明にあった安全機構というものだろう。
鉄筋は人の意志に従って動くため、操縦者の精神状態によっては急発進したり、今のように操縦桿から手を離してしまって急停止してしまう可能性がある。それを防止するために安全装置が組み込まれており、急発進や急停止の命令に対してはそれらを緩やかに行うよう制御されている。これは大会レギュレーションには含まれていないが、殆どの鉄筋には装備されている。
それから何度か、動かしたり止めたり、歩いてみたり、腕を振ってみたりとやってみた。
子供がおもちゃで遊んでいるようだったが、意外と悪くない気分だ。ただ反応がやけに良い時と鈍い時があるというか、なんとなく引っかかりがあるような感覚があったのが気になった。
「ありがとうございました!初めて乗ってみましたけど、楽しかったです!」
「それならよかったよ。何か気になることとかはなかった?」
「どうしてですか?」
「いやなんか、動きがぎこちないような気がしてね。時々動き方を確認するような動作もしてたみたいだし。整備はきちんとしてるし、昨日私が動かしたときは別におかしくなかったんだけど」
驚いてしまった。ポンコツとは言われていても、やはり鉄コン部の部長なのだろう。よく見ている。
鉄筋を触るのは初めてなのでこういうものなのかと思ってはいたが、やはり少し引っかかるというか、妙に何かが噛み合わないような違和感を覚えていた。
「他の機体も試してみる?と言いたいところだけど、今日はもう遅いね」
「そうですね」
もう日は暮れてしまっている。
編入してからこんなに遅くまで学園に居たのは始めてだ。
「基本的に私達は毎日いるから、よかったら明日もおいで」
「はい。あの、入部届とかは…。それと顧問の先生にご挨拶も」
「あー。顧問の先生ね。じゃあ明日来るように伝えておくよ。入部届もその時に持ってきてくれれば」
「わかりました。それではお先に失礼します」
「アストリットさん、また明日ッス!」
いつの間にかオリガ様は居なくなっていた。ゴーレム研究会の部室に戻ったか、帰宅したのだろう。
真っ暗な道を歩いて寮へと帰る。
といってもところどころに街灯が立っているため、足元も見えないという程ではない。敷地内ということもあるが、歩くだけならさほど恐怖感はなかった。
あの事故の日もこんな暗い夜道だった。
街灯は立っていたが、街灯と街灯のちょうど真ん中の暗くなってしまう辺りは、むしろ街灯がない道よりも見えづらい。あの鉄筋の操縦者もそれで私を見落としたのだろう。
あの日もクラブ活動で遅くなった帰りだった。街灯もある道だし、住宅街なので犯罪に巻き込まれるような事などないだろうと1人で帰宅していたのだが、まさか事故に巻き込まれるとは思ってもいなかった。
今歩いている道もあの時と似たような雰囲気だ。暗いために周りがあまり見えず、街灯の下だけが宙に浮いているかのように点々と見えている。
もし、あの暗がりの角から鉄筋が急に飛び出してきたら。
そう妄想してみると、さすがにぶるりと身体が震え、鼓動が早まる。
克服する、とは言ったものの、あれでよかったのだろうか。
とりあえず、鉄筋に触り、乗ってみる事はできた。
鉄筋はおおよそ思ったとおりに動き、仮初ながら支配したと言えるだろう。しかし完璧とはとてもいえない。
完璧に支配した、と断言するには、そう。
現役のコンクエストデュエルの選手に、1対1で勝ってやる必要があるかもしれない。
人の運命を司るのは、神か、偶然か。
それは時の回廊を巡る永遠の謎掛け。
だが、アスタの運命を変えたのは、鉄筋と呼ばれた、あの物体。
次回「第4話」
旧体育館の裏で美女が微笑む。