青色タイムスリップ
僕が助けに行こう。これは、そのためのタイムスリップだ。
向かうべき時間軸は、一週間前──八月二十日。あの群青色の苦しみが生まれる前。あの涙を隠す積乱雲を僕が呑み込んでしまう前。
僕が助けなきゃ。これは、そのためのタイムスリップだ。
寂しげな表情の君がいた八月二十五日。納涼花火大会。土手の上、顔を上げて一緒に眺めていた火の枝垂れ桜は、下唇を噛んだ君の顔を夜に浮かび上がらせていた。
「ごめんね」
思わず僕は謝った。
「思ってもいないくせに」
君は言った。
その通りだ、思ってすらいない。僕は黙り、君は俯いた。
僕が助けなきゃ。これは、そのためのタイムスリップだ。
君の彼氏が心の底から憎かった八月二十一日。彼に放った嘘を取り消しに行こう。淀み切ったその嘘は、結露で真っ白に曇った僕の心から生まれた。
僕が、助けなきゃ。
僕が、助けないと。
僕が、助からないと。
僕を助けなきゃ。これは、そのためのタイムスリップだ。
消すべきなのは、八月二十日。君と向き合うことを恐れた情けない僕だ。言ってしまえたら楽だった。君の目を真直ぐ見ることができたなら、きっと楽だった。
夏と嫉妬の熱さに焦げ切った心を、どうにか、失恋の涙で冷まさなきゃ。
「好きだった」
僕が言って、
「あ、そう。ごめん。私好きな人いるから」
君が軽く僕を振る。それですべてが終わるはずだったんだ。
僕を助けなきゃ。タイムスリップをしなきゃ。
全身を満たす嘘みたいな矛盾を、なかったことにしなくちゃ。
月夜、学校、一般教室棟四階。
僕を助けに行かなくちゃ。君を僕から解き放ってあげなくちゃ。あんなに怒りを堪えた嘘の笑顔を、もう二度と見ないために。
いまから、いこう。
僕は窓枠に足をかけて、そのまま──。