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マリアージュ!  作者: 葉室ゆうか
奥さんは散歩で大物を釣り上げる
9/28

9.酔いに任せて調子に乗った結果…

直ぐに続きを…とどの口が言ったのか!『おーかみが出たぞー』

9.




「はっははー持ちあげんなーブラン♪自分でもヤベー調子こいちゃったよ、とかナチュラルに思ってんのにィ」


 そのまま重鎮連中が前後左右をガードして、再び艦橋ブリッジに向かった。


蜜蜂ハニーちゃん、もっともっと歌ってくれたら良かったのに。あたくし最初のお歌、半分しか聴けなかったわ」


 右脇に付けた料理長が不満そうに呟いた。お子様抱っこされたままの移動の最中だ。


「む。ローレンさん、あたしは記憶力悪いから、あの二曲しかまともに歌詞を覚えてないんですよ…。それに音響テストの為のお遊びですから、アレは」

「お遊びだろうが何だろうが、あたくしは聴きたかったの」


 ぶわっ、と彼女の瞳が静かに底光りし始めたのを見た舞子は、慌ててうんうんと頷いた。でないと何かが(伝説の魔王とか、魔獣とか)その場に召喚されかねない雰囲気だったから。


「それにしても二曲目はちょっとね。アレ、この前アイドルさんが歌った歌らしいじゃないですかー。

 意地が悪いなぁ。ブランのリクエストだったって?」


 “元歌”の本人で無ければ当然思うであろう事をやっと酔いの醒めてきた舞子はわざと口に乗せ、唇を尖らせて拗ねてみせた。…内心ハラハラしながら。


「有名な歌だからきっと舞子のハンディミニにも入っているだろうと思って。悪く取らないで貰いたいが、私は身贔屓みびいきがとても強いから、君と専門職のそれとを是非聴き比べてみたくなってね」


 クスクスと笑うブランシュの前を行くジョルドが肩越しに振り返る。


「なあ天使。一曲目のアレさぁ、誰の歌なんだ?俺、全然思い当たらなくてよ」


 しまったナ。ちょっとした悪戯がどうした大事、大火になっちゃったゾ。


「え?ああアレ。地方の流行歌ですよう。個人的に好きで覚えちゃったんです。あたしが歌ったから台無しかもしれないですけど、音が綺麗だったでしょ?」


 よし、フィメールの歌から話が逸れた‼︎と、心の中でガッツポーズを取っていると、彼の横のクリストフもこちらは振り返らずに話に加わってきた。


「きっと天使の歌の方が綺麗です。叶うなら、私もずっと聴いていたかった」

「…ははは。そこまで褒められると女冥利に尽きるなぁ」


 生真面目な称賛に照れて頭を掻いていると、今度はクロノスとラビスが左脇と後方から参戦してきた。


「小鳥ちゃんは歌を歌っている時、ちょっと大人っぽくなるなあ。いつもは可愛い感じなのに、恋歌を歌っている姿は凄く綺麗だ。妬けるな…旦那が羨ましいよ」


 そうこちらの顎に手を伸ばして壮絶に色っぽい流し目をくれる航海長クロノスは、一瞬の間をおいて素早く身を躱した。すると、その空間をラビスの鋭い蹴りが見事なスピードで薙いでいく。


「クロノス、無闇に触れないで下さい。貴方の強い精力で妖精さんがうっかり妊娠でもしたらどうするんです。妖精さんも妖精さんです。まるでセイレーンの様な歌声一つでシルヴィアナ号を丸ごと魅了するなんて…船を海の底にでも沈めるお心算つもりですか?─────惑わすなら、私だけにして戴きたい」


 さり気なく口説きを交えながら、副船長はモノクルを指で押し上げる。


「はは…皆さん大袈裟だなァ。でもまあ、あれでお別れの挨拶代わりになるなら─────」


 女船長の腕から飛び降りてブリッジに足を踏み入れた舞子は、そのまま呆然と立ち尽くした。


「──────どうした?マリ」





 巨大なメイングラフィック・パネルに一面、先程のホールの映像が展開していた。

 棒立ちになった舞子に倣った一同は目を丸くして眼前の騒ぎを見つめる。


「編集は終わったかッ⁉︎」「あ、そのアングル、いいな。貰うぞ」「カメラ三台じゃこれが限界かよ〜、ここでアップに出来たら良かったんだがよ」「…とにかく繋いだんだろ?一編通しで流してみっか!」


 即席コンサート・スタッフがこんな滅多に無い機会をただ見逃す筈も無く。

 まるでプロモーションDVDの様な作り込みを経た舞子の歌と姿が流れていく。




「い、やあああッ‼︎ナニこれっ⁉︎消して消して消して下さいィいいい!」




 翻筋斗もんどり打つ様にまろび出た舞子がその中に物凄い勢いで飛び込んでいった。

 消去の操作を行おうとして周りの船員に羽交い締めされて、全力で阻まれている。


「だ、駄目ですッ‼︎幾ら小鳥さんの言い付けでもコレばかりはッ!」

「うぐぐっ、何を言うんですッ⁉︎これは立派な肖像権の侵害でしょう!」


 姿が記録され、世界を相手取る商船に残されるなど以ての外である。外見少女は振り返り、助けを仰ごうとした。




「コピー回せ」「一枚、お幾らですか?」「コックピットの中でも流せっか?コレ」




 味方など、唯の一人も居なかった。



「──────嘆かわしい。たおやかな乙女を困らせるなど、貴方方には誇り高き『白銀の船』の一員たる自覚が御在りか?」


 いや、厳しい眼差しを湛えた副船長が美しい手で庇う様に舞子の前に出たでは無いか。


『…何だ、お前の手にあるソレは』


 繊手に握り込まれたメモリアル・キューブに白けた目をして全員が突っ込む。


「──────ラ、ラビスさんまでッ⁉︎」

「…妖精さんとのお別れはとても辛くて。何か偲ぶよすがでも無いと、取るに足らないこの身が哀しみに打ちひしがれてしまいそうなのですよ。そう、貴女が『船に乗る』と一言言って下さるのならば、この様な物、差し上げてしまっても宜しいのですが…」


 それを後ろ手に回し、殊勝な雰囲気で優しく舞子を阿る様子は正に悪辣で。

 再び固まった舞子の背中にだりだりと冷たい汗が流れ始める。


 いや、お前…その場合はコピーを取るだろ。と、その場の全員が思った。


「袖振り合うも多生の縁、と言うじゃないですか。ただ、通りすがりならば世にも美しい人を見たというだけに止まるでしょう。ですが、こうして交流を持ち、仲良くなってしまった今では、貴女とのお別れが私達にはまるで家族を失う様な想いなのです。既に貴女はこの船のアイドルですのに、今後私共が商談では訪れる筈も無いこの様な田舎に閉じこもられるなど無情過ぎます。大体、野に埋もれるには輝かし過ぎるのですよ、貴女の羽は」


 舞子はしたり顔でそう語るラビスから何とかキューブを取り上げようと手を伸ばすのだが、身軽な彼はそれを寸前で躱してしまう。


「もう‼︎意地悪ですよ、ラビスさん!」


 舞子はとうとう彼が動けない様に、ぎゅっ、としがみ付いた。

 その上、後ろ手に隠されたそれを取る為に、身を擦り寄せて手を一杯に伸ばす。

 その結果、彼女には見えなかったが、余りの事に硬直していた全員は見た。

 あの、【永久凍土】と異名を持つ副船長が…

 娘に抱き付かれて首まで真っ赤に染まり、固まっているではないか。

 キューブをしっかり握る彼の指を開かせようと、舞子はその手に自らの指を滑らせた。『も、少しッ…』とか、取り上げる事だけに集中していた。


 思わずそのしなやかな背中に回されそうになった青年の空いた方の腕を、咄嗟に『ガスっ、ガスッ‼︎』と同僚達がこぞって掴んだ。


「あ、貴方達は…人の細やかな幸せを…‼︎」

「なぁにが『細やかな』だあ。構わねぇから今の内に取り上げちまえ、小鳥ちゃん」


 ドス黒いオーラをまとった航海長クロノスが、握るその手に物凄い力を込める。


「人妻にあらぬ振る舞いをしでかす部下を、船長としてはそのままには出来んな」


 ブランを始め体力自慢の同僚達に阻まれて、ラビスの野望は遂に潰えた。

『わーい、消去〜』とか外見少女がはしゃいでる後ろで、料理長ローレン達が大元からコピーを取っている最中だった…。

 舞子が改めて『はッ⁉︎』と、そちらに気付いて走り寄ったが時既に遅く…


「船長、私達は『これ』を乗員の労働意欲増進の一環として、勤務交代時に船内に流す事を進言致します」


 とか、ブリッジの連中がバカ言い出したー。

 端末は開かれず、AAA(トリプルA)最高機密扱いのロックが掛けられ、舞子にはもうどうしようもない。


「許可しよう。─────仕事に励んでくれ、諸君」


 とか、ブランシュから即行許可が下りる。


「ナニ言ってんの、ブラン‼︎」


 艦内に、このバカデカイ艦内に、エントランスのあのデカいスクリーンに、毎日一杯に映る歌う自分。





「────────いやああああああッ‼︎」





 恥ずかしいィ〜〜〜〜〜〜ッ‼︎恥ずかし過ぎるぅ〜〜〜〜〜〜ッ‼︎

 こうなったら、最悪色仕掛けをしてでもアレは消去させねばならない。

 地団駄を踏んでいた舞子は意を決して振り返った。その座り切った視線が、組み易そうな人間を探して居並ぶ一同を次々に捉えた。


 そうして、止まった一点。




「クロさん?」


 船のコントロールの要。女好き航海長に舞子はぴたりと照準を合わせ、にこりと微笑んだ。


.


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