8.さよならコンサート?
なんか座りが悪いので、続きは早めにUPします。
何処で切り様も無くて〜。
8.
「私が聞いてきた評判からすると、ソールさんは 充分うちの船でやっていけますよ。妖精さんのお散歩なら、秘書の練習時間内にちゃんと組み込みますし、船の甲板は死ぬ程広いですから、歩くにはもってこいでしょう。
それに途中で貴女に声を掛けて貰えば、どれだけ乗組員の士気が上がるか。ね?お互いに利がある取り決めでしょう?それにずっと私が付き添って、コースも飽きない様に定期的に変えて案内しますから」
肩に手を置いて、『ね?』と阿る微笑みの、弱気の様でありながら『どうだ、まだ何か文句があるのか?』とばかりに妖しく押してくる様は、なんと優しく脅迫めいている事よ。
ダリダリと舞子の背中に冷たい汗が流れていく。
偽装狐耳娘は更に紅茶をお代わりした。それも又一気に近い感じで飲み干す。
「み、皆さん、お仕事はどうなさったんですか?出立を明日に控えて、色々忙しいんじゃないんですの?─────それに…何だか」
艦橋に集う人数が…確実に増えている。と、いうか今も増え続けている気がする。
な・何だか…また、二、三人入って来なかった?
動揺していると、動悸が激しくなりそして─────
ひいっく。
思わずしゃっくりが出た。はれ?
「こんにちは天使」「よう!天使。今日も可愛いな」
妖精の羽の意匠をあしらった記章を付けたクリストフと、同じく火蜥蜴のそれを付けたジョルドが“舞子を囲む会”に加わった。
「?────こんにちは、隊長さん方。珍しいですね、こちらに来られるなんて」
何だかポワンと気持ちが軽くなってきて、舞子はにっこりと微笑った。
邪気の無い笑顔に弱冠22歳、シルフィード隊の隊長は薄っすらと乙女の様に頬を染め、彼の幼馴染のサラマンデル隊隊長は嬉しそうに彼女の傍に寄ってきた。
暖かい艦内と熱い紅茶の所為なのか、身体がどうにも火照ってきた舞子は軽く小首を傾げている。
ふと、その拍子にある事に気が付き、徐に席を立つと二人の前に回り込んだ。
「まあ!目の下がクマクマちゃんじゃないですか⁉︎どうしたんですか、お二人共」
君を口説く時間を作る為につい今し方愛機の修理作業が完了した所です、とは言えずに明後日の方向を見るジョルドと、穏やかに微笑んで誤魔化そうとするクリストフだった…が、
舞子は思わず美貌の主に手を伸ばしていた。
「これじゃあ美人が台無しですよ。睡眠はきちんと取らないと」
頬を小さな両手で挟まれ、中腰になったまま固まったクリストフ。
ガタンっ‼︎と音がして、船長が泣くのも忘れて我知らず立ち尽くしていた。
空気がクリストフに対して物凄く『冬』になったが、表情だけはいつもの冷静な顔を保っていたシルフィード隊隊長の脳内は珍しく『春』真っ盛りであった。花も満開に咲いていただろう。
──────その時、
「!…何だって?空中庭園ホールの音響確認?そんなモンは新米をやってマイクテストでもやらせればいいだろーが⁉︎」
こっちはそれどころじゃないんだ、とブリッジの通信士が小声で怒鳴った。
「はあ?皆、こっちに群がってて人手が無い?…一人もか?」
背後のやり取りに舞子が気付いて、再び小首をこてん、と傾げると艦の重鎮達を放ったらかしにして、そっと若い通信士の傍にしゃがみ込む。
ふわふわとした足取りの途中で落としたらしいピンクのストールを拾って、慌ててジョルドが追いかける。
「おい、ラビス。マリの紅茶に何を入れた?」
「…口当たりの良いヨーク酒を少々」
カップの匂いを嗅いだブランシュが腹心に尋ねると、彼は実にあっさりゲロった。
「うわっ、お前〜小鳥ちゃん、二・三杯軽〜く飲んでたろ?あの様子じゃかなり効けてんじゃねぇの?」
「アルコールの力でつい、お気楽になって下さらないものかと思いまして」
間接キスの要領で舞子の紅茶を飲み干したクロノスは『結構強いな』とか検証しているフリをしている。
因みにラビスは船長からゲンコツを食らっていた。
「─────じゃあ、さ。あたし、歌ってもいい?」
思いもかけぬ提案に通信士は一拍置いて、次の瞬間、首が千切れんばかりに縦に振った。
一も二もなく張り子の虎の様に頷いて。彼の目は喜びに潤んでいる。
「うわ、いいの?ほら、あそこはこの前、アイドルのコンサートがあったってトコだよね〜?ひゃっほー、アイドル気分で歌えるぞー」
舞子は元々自分の世界の携帯から音楽データをこちらのものに移して貰っていた。専ら散歩中はそれを聴きながら歩いていたのだが、丁度いいとばかりにそれを通信士に渡して主音声だけを抜けるかを尋ねている。
『任せて下さい‼︎』と力強く請け負う彼に、『わーい』と外見少女は能天気にはしゃぎ出す。
すると、言い出しっぺの本人がホニャララの様子だったが、その周りが俄然萌えた!勢いブリッジの面々は即席コンサート・スタッフに成り代わり、見る間に手配を整え始める。
シルヴィアナ号の乗組員は突然のアクシデントに強かった。楽しい事なら尚更だ。
「マリ、歌うのか⁉︎」「え⁉︎マジ、小鳥ちゃんの歌?聞きてえー」「天使、こちらへ」
艦の重鎮連中は元より、周りもザワザワと騒ぎ始め、話は艦中に駆け抜けていった。
美々しい面々を共に引き連れた舞子は、人波をVIP待遇で掻き分けて行く。
最後にさり気なく残ったラビスは、こっそり携帯用のメモリアル・キューブを端末に繋ぐと漸く皆の後を追った。
「はははッ!観客、多過ぎるぞー‼︎皆、仕事シロー!」
舞子が空の見える大ホールで片手を上げてショールの端を振り上げると、色とりどりの花のホログラムの中で集まった人々が応える様に拳を振り上げる。
ワーッ‼︎と湧き上がる観衆は勿論、前回のアイドルコンサートの比では無くなっていた。
ある意味レイクの危惧通り、老若男女が舞子の歌を聞きたいが為に話を聞きつけて続々と集まって来たからだ。
「やべぇ〜〜コレ、早く済ませないと何だかトンでもない事態になる予感〜」
そうは思いつつもアルコールの所為で脳内がすっかり陽気で明るい、悪く言えば『小さな事どころか大きな事すらどうでもいい』状態になっていた舞子は笑って舞台にせり上がってきたマイクに手を寄せた。
ふわり、とショールを巻いた腕を広げる。それを合図に音が滑り込む。
騒ぎがぴたり、と静まった。
星が綺麗ね、と私が言って、君が綺麗と貴方が泣いた
今夜、二人、三日月の船に乗って願い事を叶えに星の海へと漕ぎ出しましょう
惑星の間を駆けて、光すら追いつかない
どうしようもない二人の運命がこの手を解いてしまったから、泣きたい程胸が痛くても『さよなら』を私達は選んだの
それでもやっぱり諦められなくて
それでもやっぱり忘れられなくて
寝ても覚めても貴方の事を
生きて息して私の事を
そうして、今この時、時間の楔を断ち切って、私達は再び巡り会う
静かに見つめ合って、手のひらを合わせて、キラキラと輝く恋を取り戻そう
今夜、二人、三日月の船に乗って願い事を叶えに星の海へと漕ぎ出しましょう
惑星の間を駆けて、光すら追いつかない
恋の翼で駆け抜けて、光すら追いつけない
最後に天女の羽衣の様にショールを膨らませて、差し込むライトに両手を翻し、深く一礼した。
良い気分で歌い終わった舞子は、『聞こえたー?』とかブリッジに気軽に尋ねるつもりで上層のパネルを仰いだ。──────その瞬間、
しん、としていたホールが割れんばかりの歓声で包まれていく。揺れている。
驚いたのは酔っ払い気味の歌姫、舞子だ。
その、余りの観客の反応の良さに…幾ら能天気なクラクラ頭でも、何だかやっぱりヤベェカンジになったのかな…とかジワリと後悔し始めていた。
「うわー。何だ、凄ぇいい歌歌うなぁ‼︎流石、俺の小鳥ちゃん」
クロノスが思わず零した感想に、遅く来たクセに最前列の彼等の隣にちゃっかり腰を下ろしていたラビスがグーで殴った。
「誰が『貴方の』ですか。しかし、何と麗しく耳に残る歌声か。…この前の小娘が歌ったフィメールの歌を模したものでさえ、まるで比べ物にもならない」
招かれたトップアイドルが巷に普及している舞子の歌をカバーして、コンサート・ナンバーに入れていたらしいのだが、どうやら彼女の妙なる歌声もラビスのお気には召さなかったらしい。
「伝説のフィメールの歌、か。ふむ。─────そうだな。丁度良い、どうやらアンコールが掛かったみたいだぞ?」
美貌の船長は何やら企んで、小さくブリッジに指示を出した。
同時に歌の途中から来て激怒しているローレンを手招きして何やら嗾ける。
美女は大きく頷くと、慌てておずおずと舞台袖に引っ込もうとする彼女を捕まえて何やら懸命に訴え始めた。
『ええーッ⁉︎』とか『いや、チョットそれは…』とか即席歌姫の焦った声が聞こえてくる。
そして遂に渋々といった感じに押し切られた。
『もう一曲だけだよー?』
ジョルドが喜びに拳を振り上げた。
花を待って待ち望んで、貴方はあたしを呼んだのね
待っていた、呼んでいた、心から
その呼び掛けに応えたから、ここに居る
久遠の河を越えて、時の結び目を解き、
貴方に大輪の花を咲かせに、あたしここまで来たのよ
歌っていた、望んでいた、昔から
手を伸ばして、恋を知って、切なさに泣いて
貴方がそうあたしに求めた
『傍に居てくれるだけで力になる』と
その呼び掛けに応えたから、ここに居る
刹那の時を愛し、今のあたしを抱いて、
貴方に永久の恋を教えに、あたしここまで跳んだの
愛を持って持て余す程の貴方があたしを呼んだのだから
愛を待って待ち望む貴方はあたしを離さないで
帰らないから、もう決してこの手を離さないで
今度は間を置かず、どおおうっ‼︎とホールが沸いた。若干怯んだ舞子は舞台を駆け下りて、船長の胸に飛び込んだ。
そこが一番安全な場所だったからだ。
「あはは♪─────どうだった?ブラン」
拍手の坩堝のど真ん中で可愛い『マリ』を抱き締めたブランシュは、子供にする様に笑いながら彼女を抱え上げる。
「凄いな、マリ。思わず聞き惚れた。私が知る中では一番の歌い手だぞ」