7.船長は泣いている
全ての更新が進んでいません…リアルで病院行きまくったり、新しい仕事に苦戦してたりと更新が遅れております。マリアージュ!は原稿があるので早めの更新を心掛けます。(´Д` )
7.
翌日。晴天に恵まれた午後の暖かい陽射しを浴びながら、舞子はいつもの様に散歩に出掛けた。
春の光は陽気で柔らかく、風は香ばしかった。お気に入りのピンクのストールの下はオフホワイトのシンプルなワンピース。胸元が大振りなフリフリで可愛らしいのも舞子の好みで。
明日はここから艦を見送るだけのつもりだから、乗組員の皆との本格的なお別れは今日済ませておこうとお粧しして来たのだ。就職の件は取り敢えず、直ぐには決心がつかないという事にして、後日正式に断るつもりだった。
「まーねーそれでも出港前でみーんな色々忙しいだろうから…ぺこぺこコメツキバッタみたく、ちょろり挨拶して回るだけになると思うけどさー」
だからこそ意図的に今日は艦の方に向かっていた。内心、今日は中に入れて貰えんのかな〜とか心配しながら。まさか、相手方が手薬煉引いて待ち構えているとは思いもしないで。
「あのッ⁉︎─────お、奥さんッ‼︎こんにちはッ!」
強い風にストールを引き寄せた舞子の前に、海鳥の羽毛の様な髪の青年が飛び出した。
見れば、奥の倉庫の物陰で友人がハラハラしながら見守っている。
あー、またなのねー。
初々しい少年の如き勇敢な彼は、まあ彼らの中では一番容姿が整っていると言えただろう。
しかし、よくもまあ勝ち目の無い勝負に挑んでくるもんだわ。ワシゃ度胸試しの心霊スポットか。…ったくヒトオーラって、そんなに強烈なのかしら…?
顔はにこにこ微笑みながら、舞子はそんな事を考えていた。
「はい、こんにちは」
きちんと足を止めて、舞子は待った。舞台が整っていない、偶発的で突発的なものならば彼女は挨拶だけで通り過ぎただろう。だが、決意の…果てらしいソレはちゃんと断らなければ後々引き摺ってしまうと見越しての事だ。
「き・昨日は、いらっ、い…いや、お散歩にお見えにならなかったみたいですが、どうされたんですか?」
「ええ。ちょっと具合が悪くて」
「え⁉︎もう出歩いても大丈夫なんですかッ⁉︎」
思わず一歩、こちらに踏み出そうとした彼に、舞子は極上の笑みを向ける。
「ええ。主人が寝ずに看病してくれましたから、もうすっかりいいんです」
ヨロリ。カウンターパンチを食らったボクサー並みに青年がよろけた。
むう、キミ修行が足らんよ。
顔色悪く、次の言葉が出てこない青年の様子を見ながら、彼女は意地悪な色を瞳に宿していた。
仮にも『奥さん』と呼ぶのなら、旦那の存在くらい認識しとけ。
その辺舞子は何処までも冷静で冷酷だ。純愛だけではレイクみたいに世界相手に戦ってくれる男に敵いはすまい。甘い、これっくらいで怯む様では憧れは憧れのままで終わらせなければ早晩命を落とす。
ヨシ!黙ってこのまま引導を渡そう。今回は絶対的な経験値の不足という事見逃してやる。
出直して来いヤー!そんな感じで髪をかき上げ、会釈した。
それが終了の合図の筈だった。
ところが、思い余った青年が思わずといった感じでストールの先を掴んでいる。
「…まだ、何か?」「あの、あの、俺…」
自分の行動にすら困惑する彼に、今一度決意の光が浮かんだ瞬間、舞子は広い胸に抱き込まれていた。
側頭部に双丘の感触が伝わる。女性だ。
「マリから手を放したまえ」
静かな、それでも何か威圧する様な声が目の前の彼を萎縮させている。
「シ、シルヴィアナ船長……?」
「そうだ。こちらを識っているなら話は早い。彼女の友人として、私が代わって用件を聞こう」
娘をぎゅう、と抱き締めるのは相変わらず白尽くめの有名人だ。長身で麗人な船長の鋭い目といったら、いや、もう友人としてってどう見ても違うだろうオイッ⁉︎と周囲の観客観客から全力で突っ込まれそうな勢いで。
「お加減はいかがですか?って尋ねられていたのよ、ブラン。まあ貴方心配して下さってありがとう。では、ご機嫌よう。
─────ああ、よかったわ〜貴女が今日も来てくれて。皆さんにお別れのご挨拶をしても邪魔にならないか聞こうと思っていたのよ」
彼女の腰を抱いて腕を自分の肩に回させると、無理矢理話を打ち切らせる様に船の方に歩き出す。
ぽつねん、と自己紹介すら出来ずに残された彼には気の毒だが、元々勝率0%だ。仕方あるまい。それより──────
「お別れ?…ど、どうしてだ?私に至らない所があるなら言ってくれ‼︎」
いきなり取り乱し、身も世も無く縋り出したオスカ○ばりの船長の方が問題だった…。
焦った舞子は彼女を懸命に両手で突っ張って離そうとする。これではまるで男女の愁嘆場の様でとても恥ずかしい。
「いや、そうじゃなくてね?一遍落ち着け、コラ。艦に行こうッ!わわワッ、な・泣きだすのはヤメテー。重い、うわっそこは胸ェ‼︎」
真っ赤になりながら、とにかく艦まで連れて行けば船長らしさを取り戻すだろうと踏んで、舞子はべそべそと泣きじゃくりのしかかる有名人を引き摺って行った。
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目元を可愛く擦って、時折しゃくり上げる船長を乗組員一同はまるで食卓に怪獣が緑のソースで和えられて目の前の皿に盛り付けられたかの如く引き捲っていた。
「どうしたんですか、妖精さん。…コレは」
自分とこの船長を『コレ』呼ばわりもあるまい、と思ったが、舞子は目頭を揉んだ。
「うーん。昨日、ブランがこの艦で働かないかって夫とあたしを誘ってくれたんですよ。それで返事が間に合いそうにないから、今日は取り敢えず皆さんにお別れの挨拶をしたいとお願いしただけなんですけど」
一刻も早く我に返って貰おうと態々ブリッジの方の席に連れて来たのに、皆薄気味悪がるだけで、どうにかしてくれる風も無い。
仕方ないので、事情を副船長打ち明けた舞子は出航後、心が決まったらそちらのヴィジホンの方にでも連絡しますから〜と笑った。
だが、話し合えた途端ナチュラルに空気が変わる。
表面は完璧な微笑みを保っているのに、ラビスの目は笑っていなかった。
「──────雇用条件ですか?それとも船酔いするとか…?事後処理の心配なら役所への手続きから退居の手配まで、私が自ら問題の無い様にすっかり済ませて差し上げますよ?」
「あ、いや…この土地結構気に入ってますし、艦が嫌とかじゃなくてですね、あんまり移動に慣れてなくって…引っ越して直ぐ又、転居ってのもどうかなーなんて」
鬼気迫る迫力を華の笑みに潜ませるという離れ業を駆使するラビスに舞子は引きつった笑みを浮かべてお茶を啜った。因みに今日はベリー系の最高級紅茶だった。
「何だ、小鳥ちゃんはそれでさっぱり俺達とお別れするのか?見てみろよ、『白銀の魔女』と空賊連中に恐れられたこの船長の有り様を。ぶっちゃけ有り得ねーとか思わねぇ?つか、俺、スゲー気持ち悪いんだけどよ…。なあ、なら旅行気分でさ、旦那の決心が着くまで小鳥ちゃんだけでもこの船に乗って見ちゃあどうだ?来てくれる気があるんなら、先に新居を整えてりゃあいいんだし、駄目なら俺がこの街まで責任持って送って行ってやるからさ」
クロノス、お前その場合、戻ってくるつもりねぇだろ。
誰もが内心そう突っ込んだ。
「んーお誘いは魅力的ですが、旦那様を置いて何処にも行きませんよ、あたしは」
美形二人に挟撃された舞子はドギマギしながら、更に紅茶を口にする。
彼女は予めレイクから暫くは明確な返事をしない様に厳命されている。
実際ブランシュ船長が持ってきた条件は一介の嘱託職員に対する引き抜きにしては破格なモノだった。
だが、特別怪しむ程に飛び抜けてもいない。妻も夫も安心して働ける様、給与や住居については言うに及ばず、危険手当や退職後の支給など、実に多岐に渡って細かく記載されてあり、これを即座に断るのは余りに不自然で後ろ暗い事情を勘繰られかねない。