6.新婚さんとコック○ーチ
原稿はありますし、ちょっとずつ書き進めていたのですが、お待たせの方にはお待たせしました。するすると書ける様になりたい。腰、痛い。
6.
そんな超大型商船舶シルヴィアナ号が自分の為に大事になっているとは露知らず…
「もー。まだ怒ってんの〜?レイクぅ」
妻はふわふわの毛布にぐるぐる巻きにされていた(デジャブ)。
夫はそんな妻をよそに、無言で家事を次々と熟していく。それでも大事な妻に埃を吸わせないよう、偶に移動させるのが笑えるが。
その原因が先程の友人とのやりとりだという事くらいは舞子にも分かる。
「明後日くらいにはサヨナラだって言ってたじゃんか。もう居なくなっちゃう人達なんだから、そんなに不機嫌そうに尻尾をブンブン振らないでよう」
極上人間かっぱ巻きが何やら不満を訴えるが、レイクは勿論聞く耳を持たない。後で憎たらしくも可愛い口が喋れなくなるまで食せばいいだけだ。
それを見た舞子は仕方なく最終奥義を繰り出す覚悟を決めた。…これだけは余程の事がない限り使いたく無かったが…。
「─────だーりん、愛してるからマイコの傍に来てぇ〜」
舌ったらずの口調に生クリームをドバドバぶっ掛けた甘々トーンを捻り出す。
自分の脳内で沢山の他人格が主人格を猛烈な勢いてタコ殴りにしている事は精神的ダメージの反動で知れた。
だが、その尊い犠牲は狙い通り効果覿面に報われた。
滅多に無い、と言うか今まで皆無だった新婚の妻全開モードおねだりに、全ての道具を取り落としたレイクが踵を返してこちらに犬、まっしぐら!とばかりにコチラへ来たではないか。
しかし、抱え上げられたその行き先は当然の如く寝所だ。
しまった‼︎効き過ぎたかッ。
「──────いい度胸だ。覚悟は出来ているんだろうな?」
耳元で低く凄む声に、漸く毛布から解放された妻はするりと夫の首に片手を絡ませ、膝の上で横抱きにされるよう身体を起こした。
「出来てません。てか、女の人にまで妬くのはやめてよう。身が持たないよ」
「あんたは歩いているだけで老若男女を引き寄せるのをやめろ」
身を挺した抗議は打てば響く、といった感じで切り返される。
彼の肩を抱くようにして手を伸ばした舞子は溜息を禁じ得ない。
「あたしは元の世界では独身の大年増だったの!そりゃー物好きは居たけどね?愛しい旦那様みたく格好良い、素敵な人なんて見向きもしなかったよ?」
「…迷い込んだばかりのあんたを見た、数少ない獣種の一人として言わせて貰うが、それはあんたの方にも問題があったと思うぞ…?」
きっちり隙間の無い程抱き込んで、レイクは妻の頬っぺたを軽く引っ張った。
「ふへ?あらしのらりらいへらかってへの?」
「あんたの世界の人種の男をこの世界の男に当て嵌めてみれば分かる事だ。舞子は恋愛的な意味で『警戒心が強過ぎる』。まず、距離的には近寄らせても心的ガードが緩まない」
好みの男ですら態度一つで直ぐに撤退するだけあって、それ以外の男にバリアを張り巡らせるのが驚異的に速い。自分では分かっていないだけで舞子は或る意味とても臆病だった。
「自分の妻にここまで抵抗なく好かれるよう俺がどれだけ苦労したか、あんたには一生分からないだろう」
こちらに身を預けて寄り掛かり、見上げてきた新妻は疑問顔だ。
「はあ?男前には人並みに弱いし、最初からこんなにあたしベタ惚れオープンじゃないの。
大体、迫ったのはあたしからだったの忘れたの?」
レイクは切れ長の涼やかな瞳で一瞥すると、妻のやや低めの鼻をカリッと噛んだ。
「ああ。俺をモノにする気満々だったのは知ってるが?奥さん。俺のものになる気は更々無かったろう?」
イタタタ…と鼻を摩っていた舞子の視線が不自然にじわりとズレた。
「男には辛いと思うぞ?自分のタイプの女が愛想がいい。これはいける、と踏んでモーションを掛けた途端、踵を返される。
楽しくデートしている間中、値踏みをされていて、ある日いきなりダメ出しされてさようなら、だ。引き寄せるだけ引き寄せて、生殺し─────違うか?」
ふんふん、鼻歌を歌って他所を向く。それをよいしょ、と夫の両手で戻された。
「こんなに可愛くなっても、まだ以前の自分を引き摺っているのか?なら言っとくが、俺は出会った頃のまんまでも一向に構わなかった。
むしろ、今でも未来のあんたが見れて得をしたし、見惚れる程綺麗で嬉しいと思う。まあ、この状態にエルモがしなくても、タワーのメディカル・センターが同じ事をしたんだろうが」
「でぶだったけど」
「アレはアレで抱き心地が良くていい」
バカップルだ。夫はぐりぐりと頭を撫で回され、赤くなっている妻を見つめている。
「とにかく、もう以前の自分の環境とは違うのだ、という事実をきちんと認識してくれ。じゃなければ、到底安心出来ない」
疲れたように溜息を漏らすレイクに、初めて舞子の目が見開かれる。
「俺は世界を相手に戦っている。援護してくれ、奥さん。孤軍奮闘なら辛過ぎる」
愛に舞子の目が潤む。両腕を若き夫の首に回して、ぎゅっと抱き締めた。
「この世で一番大好きよ、レイク。ちょっと間抜けな味方だけど、きっとあたしが貴方の最後の盾になる」
どちらからともなく接吻を交わし、寝台にゆっくり沈んでいく二人。
愛する妻の唇をこの上なく堪能しながら、レイクは誘導尋問するように尋ねる。
「それで、艦の中はどうだった?」
大好きな夫の心地良い匂いを胸一杯吸い込みながら、「ぅうん」と喘ぐ舞子。
「そうね…ぇ、船長室にあんまり人が来るもんだから、さらっと案内して貰ったよ?ふふ、凄く大きくてね〜、吃驚したー」
『ぅうん』の部分に大いに気を惹かれたレイクは滑らかな喉を味わいながら責め始めた。
「…居住区まであると言っていたな。まるで大型客船だ」
「う‥ん、簡単な菜園くらいならあるみたいだし、3Dの映写で壁一面を外に見立てた公園とかも見た。万が一篭った場合のストレスフリーを目指しているみたいね。娯楽施設とかも凄く充実してるのに、まるで戦艦みたく戦闘機が常備されてるんだもんなあ。やっぱり商船って襲われたりする事あるのかなー?」
息が上がって気持ちの良さそうな舞子とは真逆にレイクの瞳が妖しく光り始める。
「らしいな。特に最初は女船長だというのでナメられて、随分賊の標的になったと聞いている。だが、その当時から乗組員が大層腕利きばかりだそうでな、大抵返り討ちで終わったという話だ」
妻を可愛がる事に手を抜かないレイクは体重を掛け過ぎないように気を遣いながら、その外耳に軽く歯を立てて舐めると、そのまま襟足に接吻を施す。
「え?…あう、うん。ナニ、あのヒト達腕もいいんだぁ。そう、言え…ば凄く賢そうな人も居たし、はぁ…最初はカオで選ばれたのかと思っちゃったよう」
「────────ほう」
青年の指先一つに翻弄される舞子はもう何を自分が口走っているのかすら、良く分かっていないようだ。
反してレイクの方は頭の中に冷水を流し込まれたかの如く冴え冴えとしていく。
「ん、ん、副船長さんは線の細い人で、ねぇ。『同じ狐種でこんなに綺麗な女性に出会えたのは初めてです』とか、口が上手いの。あん。料理長は、かなりの別嬪、さんでおやつ、ぅん、作って、くれて…いつも熱烈、歓迎、なんだー。い、色っぽいしぃ、Eカップはある、羨ましいィアレ」
そう言った途端、舞子は大きな手で胸を揉み込まれた。夫はどうやら妻の希望を如実に叶えようとしている様だ。打てば響くとはこの事か。
いや、響き過ぎだろう、お前。
「んくぅ、あ、後、航海長さんはサボリ魔だよう。いっつも船長室に来るもん。はぁん、狼種の尻尾っ…て長いの、面白くて、毎回遊んで、貰って、あ、あたしは、レイクの尻尾の方がモチ好きだよ?彼は女、あしらいが上手い美丈夫、ふぅ、ってカンジ。挨拶みたいに口説いてくるから逆に安心、─────痛ッ!ちょっと甘噛みじゃないよね?それ!」
「……他には?」
「他?…うーん、戦闘機の隊長さんとか?二人居たよ。一人は女受けしそうな美形で、もう片っぽの人は髭でむさ苦しかったの。正直に言ったら、『がーん』ってなってて、うふふふ。次の日行ったら全部さっぱり剃ってて、なんと超童顔だったのよ〜」
きっと女の子に引かれたのがショックだったのねぇ、と笑う。
一方、話を黙って聞いていたレイクは秀麗な頬を僅かにぴくぴくさせている。
彼は知っていた。コンプレックスを隠す為だけにむさ苦しくなるまで誰が何を言っても生やしていたであろうその隊長の、髭を見事にすっぱり剃らせた『女の子』の一言が『舞子』限定であろう事を。
「俺は何処までも孤軍奮闘だ…」
夫は愛撫の手を止め、妻に背中を向けて鬱に絶賛突入した。
「はっ⁉︎だ・どうしたの?レイク、ねぇレイクってばッ⁉︎な・何かいけなかったの?────あたし、あたしなのぉ⁉︎」
大丈夫なんだよ、本当にイイヒトばっかなんだからー?と、ぴくとも動こうとしない最愛の旦那様を今や史上最強になった女が揺さぶる。
超強力殺虫剤並みの『虫』殺しである妻は、自己評価が低過ぎる故に、これだけ言ってもやっぱり何にも解ってなかったのである。
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