4.船ごと虜
何だろう、原稿あるのに目が滑る〜。
取り敢えず新たなるヤンデレの整理。
陸海空汎用テラノス級アトミック商船舶、シルヴィアナ号船長、シルヴィアナ・ブランシュ(女・犬)
副船長ラビス(狐)に航海長のクロノス(狼)。
次回はもっと出ます。
4.
『マリ』
『なぁに?ブランシュ船長』
クリームを舐める赤い舌にラビスが口元を覆って赤面していた。
『私の事はブラン、と呼んでくれないか?』
君の事は詮索しないから。暗に含ませてそう言うと、彼女は薄く微笑んだ。
『いいわよ、ブラン』
『マリ、私は────────』
「おう、船長〜小鳥ちゃんは連れて来てねぇの?」
航海長のクロノスが野太い声で回想を打ち切ってしまう。声の方を見ると、階段を2段飛ばしでひょいひょいと飛んでくる。
目立つ長身の身体に黒のシージャケットがピタリと逞しい身体を包んでいる。
歳ならブランの三つ上で27歳、男盛り。良く灼けた肌に短く刈り込んだ黒い髪が似合っている。男の色気すら感じさせる荒削りだが意外と端正なその顔には瞬く茶の瞳が収まり、穏やかに笑っている。
粗野な物言いに自信満々の雄の匂いを纏う彼は、今でこそ下からも上からも慕われる歴とした船の柱だが、元々叩き上げの狼種の航海士で無能な身内の船で苦労している所を見かねて彼女が強引に引き抜いて来たのだ。
以後、五年来の付き合いである。
「『小鳥ちゃん』?クロノス、それは妖精さんの事ですか?」
「『妖精さん』?ああ〜何だその、乙女チックな命名は…」
どっちもどっちだと思うのだが…。
船長はそう思ったが、懸命にも口にするのは避け、黙した。
「今日は来ない。体調不良だそうだ。それよりクロさん、機関長から明日一日で修理完了の予定と報告が上がってきたぞ。と、言うワケで明後日、出航する。早速、ラビスと諮って都市エリュシオンへの航路を───────」
「「船長ッ‼︎」」
二人がブランシュの前のコンソールを同時に叩いた。
「何かな?」
話を遮られたシルヴィアナ号船長は腕組みをしたまま、静かに顔を上げた。
恋愛は恋愛、仕事は仕事。プライベートを職場に持ち込む奴は三流だ、とまで言い切っていた筈のクロノスが襟足をボリボリと掻きながら不貞腐れる。
「あんた、小鳥ちゃんを迎えに行ったんじゃなかったのか?こんな辺境の田舎町、発ったら今後二度と寄る予定なんざ立たねぇぞ?」
あの娘は俺の尻尾がお気に入りなんだ、とフサフサのそれをばん、と振る。
そういえば、この男は馴染みの女にも手入れは勿論触らせもしなかった尻尾をマリには無造作にモフらせていた。
挙句には真剣白刃取りなんてやらせて両手で挟ませたり。
「ブラスファイバー生成はまだ誰も目を付けている気配はありません。幸い、扱っているナウーム・イラーですら、塗り込めば建物全体を走る電子経路の確立が簡単に成せるなど思いもしていない様ですし、私が上手く立ち回れば数日の猶予が稼げる筈ですよ」
と、これはラビス。これまた商売第一の彼らしくない発言だ。
「時は金なり─────そうじゃなかったのか?副船長」
菫色の瞳が強い光を帯びた。ラビスの鋭利な美貌が怯む処なぞ航海長は初めて目にした。
「時代の最先端技術だぞ?欲しいヤツは幾らでも嗅ぎ付けるだろう。既にシルヴィアナ号が目をつけた事など表も裏もマーケットには知れ渡ったいる。ナウームが値を吊り上げてからでは儲けが出ない。そうなれば、これまでの苦労が全て灰燼に帰するのだが?」
濃紺の瞳が苦渋に陰る。彼とて分かっているのだ。もう数日出遅れれば、ブランシュの言う通り商人は権利売買を渋り始めるだろう。
「出立は明後日、11時とする。これは決定だ」
しん、と静まり返る船内に、船長の声が響いた。
「─────だが、私とて諦めた訳では無い」
ざわ、と再びブリッジに音が戻り、その場の全員が思わず立ち上がる。
「もし、諸君等が出航に伴う全ての作業を明日の正午までに完遂する事が出来たなら、このシルヴィアナ・ブランシュがこの名に懸けて、マリをこの場に連れてきてみせよう。
そうしてその労に酬いる意味も兼ね、乗員一丸となって彼女の乗船への説得に残り全ての時を費やす事を許可する‼︎」
その瞬間、クロノスは艦橋内に檄を飛ばし、通信士は直ちに船内全てに船長の意を遍く伝達した。主だった各部署の長クラスは的確に細かく指示を下し、マリを知る全ての船員が持てる能力全てを究極まで集中して使い出す。
それが成される事など、最早確定した未来なのであろう。
恐るべし、アイドル効果。
物凄い勢いで船内が鳴動している様を冷静に見つめながら、ブランシュは一つ頷いた。
この船は既に丸ごとあの娘の虜になっている事を改めて確認し、受け入れたのだ。
確かに一つ一つのパーツを細かく上げれば、この前慰安でコンサートを開かせたトップアイドルの娘の方が数段、上質だった。
ウェスト位置が高く、足も細く、顔のサイズも小さく、鼻も高かった。
獣相もマリ程では無いにしろかなり少なく、凄く可愛い、いや、美人に間違いなかった。
実際、 船内の若い男達と子供はあっという間に盛り上がり、歌と踊りに熱狂したのだ。
だが、女性船員には後日、次は男性アイドルを招くと約束しなければならなかったし、ラビスからは冷めた目で一瞥され、『経費が掛かりましたね』と溜息を吐かれた。彼の頭の中では目まぐるしくこれでどれだけの士気が上がるだろうかと計算しているのが分かった。
年配の熟練者達は騒々しさに眉を顰めさせ、クロノスは苦笑して『まあ、若い連中ってのは単純で微笑ましいじゃないか』と彼等を宥めていた。
つまり、結論として万人受けするアイドルなんか居ないのだ。
ある人は生意気な位元気な女の子は可愛いと言い、別の者は大人しく清楚な雰囲気に惹かれるという。
同性の偶像なんか興味ない、という女船員も多いし、若い子は思慮浅くて嫌いだという年配者だっているのだ。顔やルックスに限らず、性格に絞れば尚更その傾向が強まる。
マリはおそらく本来物凄く勝気だ。そして結構気分屋の所もある。勿論、思いやりは持ち合わせている様だし基本的にとても他者に優しい。だが、良く観察すると一度切り捨てると決めたら感情を切り離す非情さもある。
余り深く熟慮して動くタイプでは無く、衝動的で何においても少々ずぼらでいい加減だ。
対人関係では表面上は全てを歓迎し、穏やかに仲良く付き合うが、迷惑に思われない程に押さねば心に残らないし、敵対したと見做されたら(有り得ない事だが)外見に見合わぬ残酷さを伴って牙を剥くだろう。
反面、お人好しで義理人情で動く一面もあり、一度約束したならば、懸命に果たす努力をしてくれそうだ。
物怖じせずに人懐っこく、それでいて何処か遠慮しいの彼女を、見る間に気付いた者達が焦り出す。その距離感を掴みかねてしまうからだ。
優しく迎合する表と孤独に慣れた裏面は人の陽と陰の如く並び立ち、矛盾を自然に抱え込んでいた。
そんな複雑な内面に加え、嫌われるのを極端に嫌うクセに媚びるぐらいなら相手の存在を切り捨ててしまう程のプライドの高さと臆病さを持ち合わせている。
「厄介なコなんだが、なあ…」
大体、あれは十代の娘の持つ複雑さじゃない。あんな性格は好き嫌いが普通綺麗に分かれる。
そう、普通なら、この『両腕』が恋愛対象に選ぶ筈も無い。しかも、夫に絶対の信頼を持つ貞淑な妻であり、浮気をする様な器用さも持たぬクセに隙だらけで、求められる事に弱い女。
ラビスで言うなら、彼は拗ねたり跳ねたりする騒々しい女が嫌いだ。
ケタケタ朗らかに笑う小娘なんか特に苦手な筈だった。だが、『マリ』はそうだ。
無理を言えば、性格の複雑さといった処に熟女好みのアレは惹かれるのかもしれないが、そんな彼にしても平常もうちょっと落ち着いた気性の美女と駆け引きを愉しんでいた筈だ。
なのに、この逆上せ上がり方は異常としか思えない。
怜悧な美貌の副船長は毎度マリを見るなり鋭さを引っ込め、非情を隠し、必ず自分から声を掛けていた。
彼もまた、自分と同じく人を使う側の者として大層観察力に優れている。それ故船長と同様、理解し自覚があるに違いなかった。
本来なら自分がマリに避けられる区分の男だと。そして、分かっていて絶対にそれをそうさせまいとしている。
クロノスにしても、確かに気の強い女に弱い男だが、雄の本能として日常は好みと相反した温和な、護られるのが似合う…儚げな女を傍に置いていた。
勿論、あれだけの男が一人の女に縛られるといった殊勝な性格など持ち合わせていよう筈も無く、遊ぶ女はまた別に作っているらしい。
其方は好みに合わせて、一人でも勝手に生きたいってくれ、立ち寄った時にフリーであれば構ってくれる、そんな都合の良い相手なども一人や二人では無い。
だから、クロノスは本来なら彼女の本質にある頑なな部分に早々に辟易する筈で、それを敢えて付き合うなら、『変えさせよう』とう画策するだろう。
惚れるより惚れさせて、きっと自分を優位に置こうとする。
それがこのざまだ。
彼女が来ると、いつも職務を下の者に押し付け、いそいそと船長室に入り浸り、船を案内しようかなどと、この船長を差し置いて進んで誘いを掛ける始末。
何より生来の軽い部分をひた隠しにしてまで『自信満々で度量の広い男』像を好んで演じている。
少ない期間につぶさに観察し、そうして悟った。
彼女に関わった者に関して共通して言える事がある、と。
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