28、デジャヴは罪を指し示す
はい、もう一話あげます。これは宣言通り一月分です。…む、6日程遅れましたが。
場違いなアンコールの爆声の中、バックスクリーンに目が飛び出る程の『最低価格』が銅鑼の様な音と共にデカデカと表示された。
「──────おお…お高いィ…」
「さあ、お手持ちのカウンターの準備はお済みですか?特別な『商品』故、生命保障を義務付けられてはおりますが、落札すれば【極上の歌姫】が貴方の専属として生涯お傍に侍ります。それでは────────スタート!」
外見少女の呟きをかき消す程に『司会者』が声を張ると、一斉にかちゃかちゃという音が鳴り響き、天文学的な数字がスクリーン上に止まる事無く次々に流れ、バンバン跳ね上がっていく。
その結果、本来静かな筈の会場に「ああ〜」とか「くそうッ‼︎」とか悔しげな声が次々に上がる。元々『最後の目玉商品』には手を出す気が無かった客までが競りに加わっているらしい。全力を出せなかった為に直前の『買い物』を払い戻せないか、と言い出す者まで出る始末だ。
「…変態にだけは買われません様に。変態だけは勘弁して…」
念仏の様にそれだけを作り笑顔で呟いていると、舞子だけが見える歌詞用のカンペスクリーンに『安心しろ、特殊性癖を持つ客は適当な言い訳をして外に出した』と文字が並ぶ。振り返ると、『司会者』がウインクをしてる。
むぐう、バラしてなくても人種の影響って潜在的に出るのか?と目を見張った。ホントにこちらへの扱いだけが他の奴隷に対して破格に良過ぎる。しかも、組織の中で各人が個別に、しかも勝手に出来る裁量の範囲ギリギリまであたしの有利になる様に尽力してくれる。
ならば、あたしはお嬢様や奥様方に媚を売って売り捲るだけだ。男になんて買われてなるものかあッ‼︎
可愛く可愛く女性客に請う様に両手を差し出したり、小さく手元で手を振ってみせる。
何故か、隣の男客が盛り上がっていたが。
お前になんか爪垢だって売ってやんねぇよ!笑い掛けたのは隣の奥様にだよ!
その中でふと、極端に育ちの良さそうなボンボン風美形と目が合った。
やばス。
坊ちゃんの目がキラキラと輝き始めたではないか。
アレはアレだ。何か独自の収集癖のあるヤツだよ。こちらを見る目が動物園でホワイトタイガーを初めて見る園児のソレだよ。
手元のカウンターを見せ付ける様に掲げて、
「─────── 十億───────」
バックスクリーンの数字が止まった。
司会者の口があんぐりと大きく開いたままに、あたしは大きな歓声の様な嘆きの声の中、超高額で売り渡されたのだった。
ステージ衣装から『ご主人様』の従僕に渡された服に着替える。アラブか!ほぼ、見えるとこ無いじゃん‼︎
違うとこといえば、黒じゃなくて真っ白って事くらい。
口元を覆うのは柔らかなレースっぽい生地で。ああ、エルモに搾って貰ってて良かった。めっちゃ身体のライン出るじゃん、このローブっぽい貫頭衣ってさ。
肌触りは素晴らしくいいんだけど、纏わりつくから走り辛い。逃亡防止かな?
「サクヤ、おいで。出発するよ」
イケメンの『ご主人様』は都市ジャンナに宮殿風お屋敷を持つ大金持ちの御子息らしい。とりあえず、今は人工中継都市バルザフにハレムをお持ちなんで、旅行先からそちらにお帰りになる最中なのだとか。なんで真っ直ぐ帰らないで奴隷市なんかに立ち寄っていらっしゃるのか、理解に苦しむわ。
あたしの世話係やらオークション関係者やら果ては何故か表には出ない筈の売主の親分までが「どうか、末長く大事にしてやってくれ」とお別れの挨拶ついでに『ご主人様』に頼み込んでいた。じゃあ、売るなよって話だが。
「はいはーい、ただ今参りますようご主人様ぁ」
出来るだけモノを考えていない阿呆を意識して、片手を大きく上げて駆け寄って行く。
「俺はカーフールだとそう君には名を教えたろ?」
褐色の肌に短い癖のある金髪に金色の瞳を持つ『ご主人様』は豹の獣人らしい。歳の頃なら二十代前半といった風体で拗ねた顔で抗議してこられた。
「とんでもない!お名前なんか恐れ多くて呼べませんわあ【ご主人様】」
にこにこ笑顔で断固拒否だ。
やめろよ〜主人を名前呼びする奴隷なんか勘違いな地雷か腹心の部下か寵姫じゃねぇか〜誰かが探し出してくれて買い戻して貰う予定なんだから覚える気なんかさっぱりねえよ〜とは言わないで、『ほほほ』と手の甲を口に当てて高笑いする。うっせえよ、マル○ル様みてえなショタ顔しやがって半ズボンでも穿いてやがれ。
人畜無害そうな顔に見えるけど、そんな奴が奴隷買わねぇ〜。多分この子トラ中の人はきっと腹黒〜舞子たんw知ってる、故に絶ってぇ油断しねぇ〜。
たし、たし、たし、たしっと舞う様に窺う様に彼の前まで来てふわりと旋回して止まる。
「狐種なのに、まるで猫だね。サクヤは」
「一粒で二度美味しいんですの、あたくし」
非力を見越して位置表示の細いアンクレットを付けられただけで、縛めの為の鎖は着けられなかった。油断はしないが油断は誘う。人種という最強のカードを切れない今、方向音痴で何の能力も無いあたしの出来る事は『生きて機会を待つ』事だけだ。…出来れば目の前のご主人様の欲がコレクションにのみ向いていればいいなあ、とは思うけど。
十億払って、添い寝とちゅうぐらいで済むとは流石のあたしも思わんよ。でもそれはそれ、これ刃こぼれ(物騒)。可能な限りご奉仕なら芸術方面で。
レイクのブレスは外されちゃったのに、ブランのピアスは見逃された。これを単なるラッキーと捉えるのは楽観が過ぎるだろう。まあ、ピアスは艦員にとって元々最後の砦だから偽装が半端無いのだという事も分かってる。
だが、おそらくナメられているのだ。身に纏う一切の衣服を驚くべき短時間に舞子の目の前に用意して、挙句靴まで履き替えさせたこの男がこんなシンプルで飾り気の無いピアスを見逃す筈も無い。
大した事を出来ないと高を括って放置されているのだ。いや、そうする事でこちらの精神状態に逃げ道を作っているのかも。まあ、どっちにしても逃さない自信があっての仕業だろうなあ。
まあ、今はこちらこそが思惑に乗っておくよ。だって、『ご主人様』の油断をこそこのあたしが誘いたいんだもん。
にっこりと微笑んで見せれば、女慣れしているだろう筈の彼の目の下に僅かに朱が走る。
フハハハハはは!知らせこそしないが、『幻のフィメールパワー(謎)』を至近距離で食らえ!
動揺しろ!心に隙を作れ!そいで大事にしろ‼︎ほらほらカワイイだろう⁉︎愛でて好きなだけ飾れ。
そんな思いを胸に秘めて、目をキラキラと輝かせるあたしはわざとカーフールの袖を引く。
「何に乗ってバルザフに行くの?大陸間連絡船?それとも個人用帆船?」
「…どっちに乗りたいの?」
「荷物扱いされないで客室使わせてくれるならどっちでもいいわ!乗った事ないもの。田舎者なので歌で一攫千金狙って張り切って都会に出て来て、うっかり拐われて捕まって売られちゃったんデスの〜マルっとおマヌケさんなノー」
「…君の家族はさぞかし苦労したんだろうなあ…」
「ほわわ〜何でえ〜」
子供にする様にぐりぐりと頭を撫でながら、カーフール坊ちゃんは溜息を吐く。
「言われなかった?知らない人に着いてっちゃいけないとか、美味しいものもご馳走するからおいで、とか言われても信用しちゃあいけないって」
「え?あたくし、別にそんな子供みたいな理由で拐われたんじゃないんだけど。何かあっという間に捕まったんでつ。問答無用だったんでつけど、奴隷市でがっつりあたくしをお買い上げになったご主人様が世間知らずの小娘に結構な理不尽な事言わないで下さる?」
ぷい、とその手から逃れて数歩先を行くと、パシリ、と腕を取られて振り返る。
無意識に焦って衝動的に動いた彼に、意識的に悪戯っぽく見返しそうになって…デジャヴが目の前を掠めていく。
ああ─────また繰り返す処だった。…リュシオンやカインの二の舞はもう御免だ。そう閃いた瞬間、企みは勢いを失くし、あたしは力無く苦笑した。




