22.貴方達の為でなく
ムーンの方の活動報告で上げていますが、7度台と6度台を行ったり来たりしています。でも、縄跳びとラジオ体操は欠かしていません。近頃は足踏み昇降とゆっくりスクワットも始めました。でも、さすがにリング○ィットアドベンチャーは無理です。(安静にしとけよ)かかりつけには「肺炎の影無いから」と漢方薬処方されました。又、月末まで自粛で小二の勉強を見る羽目に…とほほ。
「…え、えっとですね。それでは一時間後の16時には戻りたいと思います」
ヴィルヘルムは控え目に申し出る彼女に穏やかに微笑って、首を振った。
「いや、もう今日は直帰で構わないよ。着替えて行くといい。なに、これも業務の一環と見なしておくからタイムカードは押さなくていいよ。此方としても名高いシルヴィアナ船長とこれを機に誼みを結べるなら至極喜ばしい事なのだからね」
きゃ────────そんなに物分かり良くならないでェー‼︎寛容過ぎるんですよ、しゃちょーッ‼︎
「話の分かる方で有難い。では、遠慮せずお借りするとしよう」
キビキビとそう言い放ち、社長室を後にしたブランとラビスは舞子を終始無言で連行した。途中ロッカールームに立ち寄って彼女が渋々着替えて出て来ると、当たり前の様に入り口前で二人は待ち構えている。
諦めてエントランスに降りると、複雑そうな顔をした同僚達に頭を下げて早退する旨を伝えた。
「大丈夫なの…サクヤ…あ、あの女性」
「ち・痴情の縺れとかなら、何とかしてやろうか…?」
激しい『アレ』(口にも出したくない)を見られた後だったので、何だか見当違いの心配をしている二人に苦笑して、擬装狐娘は否定の意味で手を胸の前でぴらぴら振った。
「ごめんなさい、違うのよ。あのねブランシュ船長は友達のあたしがあんまり酷い態度を取ったんで、つい頭にキたみたいなの。と、言うのも実はつい最近、あの船で働かないかって誘いを受けててね。それを蹴ってここに居るのがバツが悪かったもんだから〜。ほら、こっちは“アルバイト”がしたかったもんでさあ」
ついてはこれから上の勧めでお互いに誤解を解いて和解してくる、会社の大事な顧客でもあるから接待の括りに入るらしいのでこのまま抜ける。申し訳ないと頭を下げた。勿論、ラビスを置いていくとは言わない。まあ映えなくはないか、とも思うが。
途端、背中にモノ言いたげなラビスのビームでも出そうなくらい強い視線が突き刺さった。しまった、読まれたかッ⁉︎
二人はそういう事なら…となんとか肯いてくれて、舞子は副船長の運転するハイブリッド・カーに積み込まれ、数分後には有名ホテルのスカイテラスで花茶を啜っていた。
「それでは何もかも正直に話して貰おうか?」
金銀の美しい船乗りに挟まれた舞子は、一応、衝立でプライバシーが守られているとはいえ、気が気では無かった。
ああ〜目立つわ〜。死ヌ程、目立ってるわ〜。
「あたしは何も偽ってはいないけど?」
明後日の方向を見て、あたしは嘯いた。いやあ、上から見る景色はキレイよね〜。
「そうだな、君は確かに『リダリル』が本名だとは言わなかったな。さりとて今の『サクヤ』がそうとも限らない。では、言い方を変えようか。マリ、君は、君達は一体何を隠しているんだ?」
舞子の今日の装いは、水色のデニムのミニフレアの上に菫色のカットソー。ボレロ風のジャケットは白い麻である。ブーツも合わせて白の革だ。
小首を傾げて、花茶をかき回したティスプーンをまぐ、と咥えた。
「んー。どうしても話さなきゃダメ?」
二人がほぼ同時に口元を押さえて、それぞれ何かを堪えて顔を赤く染めていた。
「くッ‼︎…自分が可愛いのを盾にしても駄目だぞッ‼︎我々は君の“可愛さ”には多少耐性を付けているからな」
鼻血を警戒して手刀で首の後ろをトントン叩きながら言っても説得力は無いがな。
舞子はそう思ったが、賢明にも口には出さなかった。
ラビスはさりげなく出口を塞ぐ位置に席を移動させていたし、ブランだって『白銀の魔女』の二つ名を持つ犬種の一人だ。彼等が本気になれば、自分一人くらい簡単に押さえ込まれてしまうだろう。さて、どうするか。
「妖精さん、貴女があの会社では働けて、私共の船が駄目な理由をお聞かせ下さい」
繊細な美貌が優しく、だが容赦なく問題の核を突いてくる。
下手なごまかしは利かないな…。
ぼんやりと思考に漂っていた目に生気を張らせる。
「それはね、あたしが追手持ちだからだよ」
思わぬ答えを返されて二人は驚き、目を見張った。
だが、荒事ならある意味専門分野である。ブランシュはするりと『白銀の魔女』に変貌した。
「───────誰から狙われている?」
雰囲気の変化に舞子は少しバツの悪い思いをする。つまりは守ってくれようという気なのだろう。ラビスも厳しい表情をしていた。
「話せないな。一人、という訳では無いからね。キリが無いんだ、実は」
「だから妖精さんは私達に迷惑をかけないよう、“アルバイト”は出来ても“就職”は出来ないと仰るんですね?」
あくまで好意的に受け取ってくれる船長の片腕に、舞子は優しい微笑みを見せた。
仕方ない、切り捨てよう。そう決意を固めた。
「いいえ。空では逃げられないからですよ」
ブランシュは眉を顰め、ラビスは蒼白になって舞子を見つめた。
そう、彼女はシルヴィアナ号では自分を守り切れない、と言ったのだ。そして最悪乗員の誰かが裏切る可能性さえ有り得る、とまで。
「信じているのは夫だけだと、君はそう言うのか?」
舞子は船長の問いに姿勢を正して返答した。
「彼は全てをあたしの為に棄てたわ」
娘の外見にそぐわぬ血を吐く様な告白だった。
「そうして今も捨て続けているの。それにレオン《レイク》だけじゃない。あたしは確実にもう一人、不幸に陥れたわ。それも恣意的にね。その彼も追手の一人になった」
にっこり微笑っているのに舞子の瞳は寂しそうに揺れた。
「あたしは夫に全てを賭けてついて行く。そして何れは追い付いた『彼』に臓物を引き裂かれ、死んでいくわ」
まるでそれが決定事項とばかりに淡々と告げる彼女は『殉教者』の様で。
「だから、シルヴィアナ号には乗れません」
舞子はこれで漸く二人が諦めてくれるだろう、と踏んでいた。
船と船員とこの二人の力量を信じないと言い切ったのだ。誰がそんな女を守ろうと思う。当たり前だ、自分でも嫌だ。
だが、実は舞子は美しい主従の外見に惑わされていて、武装商人の根底に流れる“ド根性”と“諦めの悪さ”にはさっぱり気付いていなかった。
実は優れた船乗りや商人は大凡この類いに分類される。
全てを棄てなくては彼女を得られない、と聞かされた瞬間、揃って金銀の頭は切り替わった。要するに、如何にして全てを棄てずに彼女を守り切れるか、の一点に。
「ラビス」「───────はい、船長」
阿吽の呼吸で席を立った二人はこのまま去るのだろうと、舞子は内心哀しくて泣きたかった。
だが、予想を外して素早く副船長は舞子の後ろに回り込むと、耳朶の片方を柔らかく捕らえた。
ぱちん、と音がして銀色の何かがそこにピタリ嵌まる。
「申し訳ありません、妖精さん。でも、痛くはなかったでしょう?傷物にした責任を取れ、と仰るなら喜んで仰せに従いますが」
優しい響きに耳を触ると、極小のピアスがそこに存在を主張しているではないか。
「え?コレ、何?」
ブランシュは後ろから舞子の肩を抱き締めた。
「発信機だ。生体反応にも通じ、シルヴィアナ号のメインシステムに直結している。君はうっかり行方不明にも死体にもなれない、という事だな」
因みにそれは耐水性だし、錆びないし、被れないぞ。と付け加える。
「…何でよ…?」
舞子の顔が半泣きに歪む。驚いた二人に、狐耳の娘はしゃくり上げた。




