21、シルヴィアナ号の銀金コンビは侮れない
「ぎいやぁああああああッ──────────ッ‼︎」
ホラー映画のゾンビでも見たかの様に蒼白になり、アルバイト嬢は叫んだ。
その思わぬ彼女の酷い反応に、表面上は無表情に見えた中性的超美形船長は。実は完全に頭に血を上らせていたらしい。
徐に舞子を床に下ろすと同時に華奢な顎を掴み寄せ、
「ん、むぅ⁉︎────────ムむ────────ッ‼︎」
何と接吻をカマしたではないか。
それも初めは叫ぶ唇を塞ぐ為だけだった筈のソレが、何故か段々と深く、濡れた、何やらを吸う音までし始めた。戻ってきた社長&重役が固唾を飲んでその光景を見つめてる。
「ふ、はむッ‼︎」
漸く我に返ったらしい彼女の、ドンドンと白いコートの背を叩く音が小さくなり、クリーム色の柔らかな拳はやがてだらり、と力無く脇に垂れた。
「何、してんでスカッ⁉︎あんたはァ──────ッ‼︎」
巷で永久凍土の双璧と評される金髪の福船長が、傍に居た重役側近の持つ合金のバインダーを速攻奪うと同時に船長の白銀の目掛けて渾身の力で振り下ろした。
頭からどくどくと血を流し、音も無く沈む無敗を謳われた美貌のシルヴィアナ船長。
ラビスはそちらに一瞥もせずに白目を剥いて泡を噴く舞子を慌ててでにしっかりと抱いた。
「よ、妖精さん、妖精さんッ⁉︎──────お気を確かにッ‼︎」
十分後、舞子は社長室のソファーで目を覚ました。
嫌味な程に整ったブランシュの顔が上からドアップで覗き込んでいる。…ほう、膝枕か…(この女性女の筈なのにしなやかな筋肉の感触しかしねえ〜)随分硬えな。そして何故か、頭に包帯を巻いている。
「マリ…大丈夫か?」
大切な宝物を抱く様に優しく髪を梳いていた船長は、気遣わしげに尋ねた。
気を失う直前の記憶がその言葉でフラッシュバックする。
「…ホントいきなり、何すんのよ…貴女」
おおおおぁ、と羞恥に呻き、頭を抱えた舞子はそのまま横に転がり逃れようとして、瞬時にブランに引き戻され、しっかり抱き込まれて阻まれた。
「───────妖精さん、お気づきになられましたか…ああ、良かった」
その音を拾ったのか、ラビスが商談の手を止めてこちらに駆け寄ってきた。ついでに再び船長を形に見合わぬ鉄拳で殴り、社長等重役の方に『ポイっ』と蹴り放る。
「あんたは続きをおやりなさい。元々彼女が気付くまでの約束でしょう?」
どれだけ丈夫なのか、NOダメージの船長は渋々といった感じに立ち上がると冷静な顔を作り、頬を引き攣らせた居並ぶお歴々と商談を始めた。
雑に巻かれた包帯から新たな血をダラダラ流しながらもソレを一向に気にせず、的確な話し運びをする彼の美女(?)と慌てて血止めをしようとする我が社の秘書のお姉様。見て見ぬフリを決め込むが青ざめた顔色が隠せてない重役と興味深いと物語る瞳の色を隠す気の無い社長との異様な雰囲気の話し合いが背後で粛々と進められていた。
「妖精さん、先程のあの様な些細な事を気にしてはいけませんよ?なんなら野良犬にでも噛まれたと思って、すっぱりとお忘れなさい。ああ、もし…どうしても脳裏に残ってしまうと仰るのなら、この私がお口直しをして差し上げましょうか?」
背中を支えて手を優しく取ったラビスが尋常じゃない色気を滲ませてそっと目を瞑り、その形の良い唇を寄せてくる。
「そ、それには及びません。ブランを止めて下さって本当にありがとうございます。ラビスさん」
舞子は先手を打ってするりと躱すと、彼の頬に軽く接吻した。それにはちょっと残念そうではあったが、船長の頬が後ろ向きにも関わらずピクリと動いたのと、血色の戻った『彼の妖精さん』の眩しい笑顔で手を打ってくれたらしい。
「ところで…船長ではありませんが、どうなさったんです?貴女が働いていらっしゃるとは。確か以前は専業主婦と伺っておりましたが、まさかソールさんに何か不幸でも?」
小声で話しながら、怜悧な美貌に心から心配だという色を浮かべて、ラビスは舞子の頬に軽く触れた。舞子は焦って否定の為、首を振る。
「いえ、違うんです。あの後ちょっと事情がありまして、すぐ私達こちらに引っ越したんです。で、コレはその、あの、ちょっとしたアルバイトでして…」
「───────受付嬢が“ちょっとしたアルバイト”ですか?」
濃紺の瞳が偽りを許さない光を浮かべて瞬き出した。
「ほ、本当なんですッ‼︎最初の仕事は地味にアンケート集計やってたんで‼︎だけど、あの、その、諸事情ありまして…人が群がらないエントランスホール勤めの方がいいだろうとゆー流れに…相成りまして…」
シルヴィアナ号の頭脳であるラビスには直ぐその成り行きに考え至ったらしい。
「まあ…妥当な配置換えでしょうね。逆に人寄せ効果も充分に狙えるでしょうし。それにしても──────妖精さん、気の所為かまたお綺麗になられませんでしたか?」
ギクッ‼︎
舞子の目がちょっと泳いだ。そりゃいきなり5㎏も痩せれば外見も少しは変わるだろう。
「───────あれから、少しダイエットを…」
美貌の副船長はモノクルを押し上げ、目頭を軽く揉むとやれやれと溜息を吐いた。
「どうして世の女性はその様な事に励まれるのやら…。私ならたとえ貴女が80㎏の豊満な美女でも一向に構わないというのに。…もしや、ソールさんが望まれて?」
舞子は再び首をブンブンと横に振った。それなら良いのですが、とラビスは一応物騒な矛を納めてくれたらしい。舞子はほう、と安堵の息を吐いた。
「それでは私は業務に戻りたいと思います。以前、親しくして戴いた方々と思わぬ邂逅を果たせました事、とても嬉しかったですわ。どうかお元気で。ご活躍を心よりお祈りしております」
ではご機嫌よう、とそそくさと出て行こうとした舞子の襟首をグイッと掴む者がいた。
じろり、と睨み付ける人物は誰あろう、シルヴィアナ船長その人だった。
「────────それでは、話はこれで纏まりましたね?トリア代表」
しっかりと固まる舞子を腕に引き寄せながら、薄く微笑む商売に対しては辣腕と名高いブランシュはテアトル社代表のヴィルヘルムにそう促した。「ええ」と彼が頷く。
「ありがとう。お互いに良い取引が成ったと思います。ところでものは相談なのですが、実は先程からご覧の通りこのソールさんは私の知己でしてね。これから其方からの接待で会食を、との事でしたが、私としては良ければ直ぐにでも彼女との再会を祝いたいのです。失礼かと思いますが、彼女の今日今からの数時間を是非戴けないでしょうか?何なら、空いた受付には代わりにこのうちの『片腕』を置いていってもよろしいが」
指名された『片腕』は嫌そうな顔をして、“やれるもんならやってみろ”的な態度を崩さない。
ヴィルヘルムは苦笑しながら、困った声でネコよろしく摘み上げられた舞子の方に向き直る。
「私としては構わないが、サクヤ君にはこういった商談絡みの招待は任せると公言しておりますのでね。先ずは彼女の意向を伺ってもよろしいでしょうか?」
彼の提案に、“ぱ”、と襟が自由になり、舞子は安堵の余り思わず喉を押さえた。
「ほう。────────成程、では如何かな?『サクヤ』」
偽名を地の底から響く様な声が呼ばわった。”うきゃ〜”と舞子はその辺の床をのたうち回りたい心地を堪えて、びくびくと社長に頷く。すると、船長の抱く逆脇を“逃しませんよ”とばかりに、金の髪の副船長がそっと寄り添って固める。
どうやら、どうあってもこのピンチからは逃げられそうに無い様だった…。




