2.男装の麗人は宝塚の雰囲気で
コンスタントに〜とか言いつつ、転生剣豪の短編を書いてました。すみませんー。
2.
「──────失礼する」
それは驚く程の美形だった。
一体何故親衛隊に入らなかったの、と誰もが首を傾げる程の美貌。しかし、中性的というには些か目付きが鋭すぎる。微かに身体から海風の匂いがして。
「マリ⁉︎─────具合が悪いのか⁉︎」
レイクの背後に居る舞子を見つけるなり、彼女はコートの裾を翻してソファーに駆け寄る。
「ブラン、よくここが分かったねぇ〜」
彼女の首に腕を伸ばして、体を起こした舞子は頭の雨滴を払ってやりながら、ニコニコと笑う。相手をするのが面倒で来客を嫌う外見少女にしては珍しい事だった。
「どこか悪いのか?私のマリー・ゴールド。太陽の姫は病気とは無縁だと思っていたのだが……もう医者には診せたのかい?」
ブランと呼ばれた女性はまるで恋人の様に舞子をそっと抱き、心配気に紫水晶の瞳を曇らせると、舞子の汗に濡れて頬に掛かった髪を指先で避けている。レイクの存在など眼中に無さそうだ。
「いや、唯の生理痛だよ。薬は飲んだし、アイタタ…」
舞子は痛む腰を撫でながら、過剰に心配してくる友人をじっと見つめている、愛しい旦那様の物騒な瞳の色にやっと気が付く。
「おっ!いや、その、アレだ。…ほら、ブラン!紹介するよ‼︎」
ぐいっ、と両手で挟んで彼女の顔を背後に向ける。
「あたしの夫、レ…その、ソール・レオン。で、レオンこちらはねぇ、ほら最近船体のマシントラブルでこの街の港に緊急着陸したってぇ話題のシルヴィアナ号の船長さんで」
彼女は立ち上がると、驚く程無表情の青年にきちんと向き合った。
「陸海空汎用テラノス級アトミック商船舶シルヴィアナ号船長、シルヴィアナ・ブランシュだ。いきなり押し掛けて申し訳無かった」
差し出された『左手』にレイクも左手で返す。武器を持つ手は預けない。軍人上がりか。
「いや、それより…巷の有名人が妻とはどういう経緯で?」
怪訝そうな舞子の夫をちらりと一瞥したブランシュは濡れたコートを脱ぐと、適度な筋肉はついているが、引き締まった見事な肢体を隠さぬシージャケットスーツを露わにした。
「先日ピンチを救って貰った。私の命の恩人だ」
きっぱりと言い放つ美貌の麗人に、舞子が呆れた声を出す。
「大袈裟な…トイレ案内したげただけだよ」
話を聞いてみると、商売敵による工作で機体に異常をきたして緊急着陸をした後、犯人をシバきあげて元凶に小包として船長自ら送り付けたまではよかったが、気を抜いて地元散策している最中にどうにもトイレに行きたくなり…
「や、もー田舎だからね〜ショッピングモールなんか何処にもないし、衆目を集める人だから誰かに尋ねるのも恥ずかしかったらしいのよね。そこを散歩中のあたしが見つけたの」
「いや、あの時は本当に助かった。私は結構格好付けだからな。マリに知り合いの商店まで引っ張って行って貰えなければ、膀胱炎は確実だった」
素面で感謝する美女に痛みも忘れて、舞子は身悶えして笑う。
「や・やめてよッ…ぷっ…ぷはっ…だって苦しそうに蹲ってたじゃんか」
「あれは結構─────限界だったんだ」
もう声も出せない程、身体を折って震えている妻は付け尻尾を抱きしめている。
「ほう。それでリダ 『マリ』と言うのは?」
「?…あ、あーそれ、ブランが付けたあだ名〜マリー・ゴールドて花が好きなんだって。彼女に言わせるとあたしに感じが似ているらしいんだけど」
呑気にそんな事を言いながらお茶を出そうと立ち上がり掛けた妻を制し、レイクは素早くティーワゴンを回してきた。
有無を言わさず向かいの一人掛けに香茶を出し、こちら側に二人分注ぐと、黙って夫は大人気なく妻を抱いて座った。
「どうして散歩をしているだけでそんな大物を釣り上げるんだ?あんたは」
シルヴィアナ号と言えば時には各地方都市のタワーとも渡り合う、一大商船だ。
雲の上の存在である人種にも付き合いがあり、ぜひ親衛隊にと幾度も勧誘された経歴の大人物らしい。
容姿端麗・頭脳明晰・血統も正しく、親類縁者はこぞって何処ぞのタワー入りしているらしいが、彼女に関しては決まっていた入塔を拒み、引退後商売を始めていた祖父を頼って家出をした。挙句小さな商船を買い、その際自宅にあった非合法の骨董・美術品を売り捌くとそれを元手にして数年で今の大商船団を作り上げるに至ったという豪腕の持ち主だ。
血統書付き犬種にしては珍しい、ヒュータイプに心酔していない人物として記憶していた筈だが、この自分に向ける彼女の恨みがましい目は何だと言うのだろう。
「リダ、と言うのが本名なのか?マリ。何故、教えてくれなかったんだ?まあ、君はとても綺麗だから覚えている人が多くて、名前を知らなくても家を訪ねるのには苦労しなかったが…お店のおばさん達まで心配していたぞ?」
『とても綺麗』に敏感反応して、舞子は真っ赤に染まった。
「…どうせ、ブランも【獣相】が少なくてってんでしょー?まあアジア系は鼻は低いし、肌は黄色いしー。足は短く、胴長だし ────ああ、落ち込んできたー」
その落ち込んでガックリしたという口に、レイクがブランシュから受け取った見舞いの最高級チョコを放り込む。
もぐもぐもぐもぐ、と音がしてやがてうっとりとした若き妻は機嫌が直った。
「心外だな…獣相が少ない、というのが世間一般の美人の基準だとは知っているが、私は商売柄、雲上人であるヒュータイプとも交流があるんだよ?確かに彼等は『美しく』ある。だが、往々にして傲慢で無慈悲だ。私が犬種であるというだけで商売上不利な条件を突き付けて、それが当たり前だと思っている。
勿論、獣種として人種に敬意は払っているが、正直、仕えようとは到底思わん。どうもその頃からか男も女も『美人』は総じて気位が高い者が多いと感じて、その容姿に何とも思わなくなった。だが、何故かマリには素直に『綺麗だ』と思える」
香茶をソーサーに戻して、ブランシュ船長は魅力爆烈に微笑んだ。
「確かにそういう目で見る人はいるだろう。だが、それは君を初めて見る者だけだ。やがてフワフワの髪や煌めく瞳に、生き生きとした表情に気付く。小さく可愛らしい手足、優しい笑顔。ずっと傍におられる伴侶殿は一角の人物とお見受けしたが、でも君のそんな処に惹かれたのではないのか?」
そっとこちらを覗き見る赤ら顔の妻に、美丈夫の夫は小さく頷く。
「第一、マリ─────君は鏡を見た事が無いのか?」
大体、私は自分みたいにデッカくて大味の欧米系は苦手なんだ、ちっちゃくて繊細で可愛いのが大好きなんだ…とボヤく彼女に舞子は笑った。
すると、何と彼女は、ぱっ、と自分の膝から麗人の椅子の肘掛けに腰掛けて、頭の天辺に頬擦りすると、くすくす笑いながらその銀の頭を胸元に引き寄せたではないか。
「それで一日散歩しなかっただけなのに心配して来てくれたの?ふふ。でも…そう言えば、出会った次の日から殆ど迎えに来たわよね?どうやって私が散歩している時間にぴったり出て来れたの?」
ぴったり?レイクの眉が僅かに顰まる。
「……うちの観測班に頼んで…その、レーダーで…港付近を」
そう柄にも無く、モジモジしながら呟く。
だが、その手はさり気なく舞子の腰に伸びて、あっという間に彼女を自分の膝の上に抱き込んで仕舞う。
「ブリッジの船員さん達に?あたしが出て来るまでずっと?商人のクセに何て不経済なの、ブラン‼︎それに皆さんにもご迷惑でしょうがー」
だが、妻はその抱擁を同性のよしみなのかすんなり受け入れ、あまつさえ麗人の稀な美貌の頬を軽く左右に引っ張っている。
「いたたた…いいんだ、皆、機体の修理が上がるまでは暇だって言ってくれたし、私が君を見つけると必ず船に連れて来るから進んでやってくれてるんだよ。連中もね、君がとても好きなんだ」
マリはとても控えめにはしゃぐしね。と、微笑んで言われて舞子は苦笑した。
控えめなのには訳がある。毎度、強引な船長に引き摺られる様にしてでっかい船に(だから規模からいったら『艦』で『艦長』なのだが、ブランは自分は『船長』であれは『船』だと言い張るのだ)連れて行かれるが舞子達は追っ手持ちだ。出来れば、多くの人間の記憶に残るのは勘弁して欲しかった。
「艦の修理は後、どれくらいで仕上がるんですか?」
レイクが漸く口を挟んだ。口元は微笑んでいるが、目が笑っていない。
「そう…少なく見積もっても一両日には。実はそれもあって訪ねたのだが」
至極冷静に言いながらも麗人の手は舞子の髪に指を絡ませて梳いている。
「え〜せっかく仲良しになったのにぃ。もうお別れなの?」
愛しい妻も甘えモード全開だ。さっさとこの街から出て行け。レイクは脳裏で罵った。
「それで御主人、相談なのだが────先日、役所に出港の手続きに出向いた際小耳に挟んだんだが、貴方はシステムエンジニアとしては相当腕が良いようだ」
大体話が読めてきて、レイクは憮然としている。
「俺に嘱託の仕事を辞めて、リダ共々そちらの船に勤めないか、という話か?」
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