19.素敵な?旦那様
就業後のロッカールームで私服に着替えていると、アフターの服に着替えていた二人に舞子は案の定質問責めにあっていた。
「ねぇ、あんた旦那の何処にそんなに惚れてんの?」
シルビアの問いに舞子は拳でグーを作って力説した。
「ものごっつ男前で生活力があって、あたしを死ぬ程大事にしてくれてて、太ったオバさんになっても絶対愛してくれてるトコです‼︎」
「そんなの…そうなると限った事でも無いのに‥」
リンナの蒼い瞳が訝しげに瞬く。舞子は向けられる眇めた目に「なるんです‼︎(元々、そうだったんじゃあ!)」と、再び拳を握った。そして、振り上げた。
シルビアは呆れて「ハイハイ」と相槌を打っている。
これからリンナは何処ぞの社長令息とデートだし、シルビアは大勢の男友達と飲みに行くらしい。舞子は素っ気ない私服に着替えながら、化粧直しに余念が無い彼女等の横で逆にマスカラを猛然と落とし始める。それにも二人は溜息だ。
「受付してるのくらいバラしてもいいんじゃない?」
「そうですわよ。配置転換は貴女の所為ではないんですし」
舞子は透明のリップクリームを塗っただけの桜色の唇に人差し指に人差し指を当てて、『しぃ』と窘めた。次いで『お疲れ様』と慌てて駆け出す新人の同僚に二人はいたく興味を惹かれ、こっそりと後を追う事にした。裏口のドアから飛び出すサクヤの嫉妬深いが愛が全てを上回る『愛しの旦那様』とはどんな男かと見学に勤しむつもりで。
突然の綺麗所の襲来に驚く警備員を微笑み一つで黙らせ、扉から首だけを覗かせると、警備員室から双眼鏡まで持ち出させてだ。
一人の長身の男性がエアバイクの傍の街灯に凭れて誰かを待っていた。
年の頃なら25を越えてはいまい。肩までの黒髪がサラサラと風に舞って、愁いを帯びた濃いブルーの瞳を見え隠れさせている。見事なまでの無駄の無い肢体は筋肉が理想的なバランスを保ち、美しいしなやかさを誇っていた。
まるで、黒豹。
黒衣に包まれた顔は精悍で、端正だが危険な空気を醸し出している。
『悪い男』─────だと、二人は見た瞬間に確信した。
女が溺れて貢いだり、悪女の深情けを意識せずに掛けられる典型的な男の形がそこにあった。
その気になれば凡ゆる女を手玉に取り、詐欺に掛けるも容易なとんでもない男前。
「お待たせぇ〜レオーン‼︎」
だが、それもサクヤが名を呼んでその腕に飛び込むと雰囲気が劇的に変わった。
「今日も楽しかったか?奥さん」
うんうん、と嬉しそうに笑う彼女の頭を愛おしそうに撫でる青年は、優しい素敵な恋人そのもので、サクヤの言う通り“永遠”を約束する程の愛情に満ち溢れていた。
どちらとも無く二人はその光景にほう、と息が漏れた。それが聞こえる筈もないのに『彼』の目がチラリと此方を一瞥した気がして、思わず身が竦んだ。
すると、『旦那様』は所有権を誇示する様に彼女の頭に頬を乗せ、ギュッと腕の中に囲い込む。妻は楽しげに藻搔いていた。
「……うわぁ…あれ、絶対確信犯だろー?」
「とりあえず牽制ってトコですわね」
姿までは捉えられてはいないだろうが、いやだからこその行動と見られた。【サクヤの旦那様見学】は初めてではない、という事か。
「ホント、凄く愛されてはいるねぇ」
「アレは『愛』というより『執着』でしてよ」
彼の背中に安心しきった顔で、その涎が出そうなくらい魅力的な腰にしがみ付く若妻は、ボタン操作一つで弾丸も男達の無遠慮な視線も弾き返すマジックミラー効果のある不透明なカバーで姿をマルっと覆われた。
───────確かに“死ぬ程大事に”もされている様だ。
「行こか…」「…そうですわね…」
あれには誰も勝てない。つぅか、勝つ前にどうにかされる。簡単に闇に葬られる。
二人はスペシャルな相手にそこまで思われるサクヤを思ってちょっとだけ羨ましい、と思ったが、ふと自分に置き換えて反省した。重い。重すぎる。主に気持ちと荷が。
「人間、平凡よりちょっと上が一番だよ」「ええ、ええ。私達の力の及ぶ限りは護ってあげましょうね」
後輩の不憫さに胸打たれた先輩二人が肩を抱き合って、ここに“サクヤ護り隊”が結成されたのだった。
今回はキリが悪くて短いですが、ここまでで。




