18.新人受付嬢は波乱の渦に巻き込まれて流される
…次回、やっとレイクを出せます。今回はムリでした。何かキーボード前にドン座って、疲れて寝て、他の人の小説読んで寝ての繰り返しで半月程、私、二階のお布団で寝てません。その隙に旦那が私のマットレスを重ねてまるで牢名主になった様に寝ていました…。
「おはようございます」
百花繚乱、揃い踏み。一礼した彼女等の前を訪れた者達は一瞬見惚れては慌てて自らの用件を思い出す。
『サクヤ』はただ先輩達に倣って静々と頭を下げた。するとガラス張りの正面玄関を高級スーツを身に纏ったすらりとした体躯の青年が、年配の重役を伴い堂々と闊歩して行く。ふと受付のカウンターに目をやると、彼はカツカツと靴音も高らかに女性陣に近付いて来た。
「おはよう。エルペス君、フレクステル君。それと、新人のソール君」
「「「おはようございます、社長」」」
どうだ、約束は破らないだろう?といった感じに典雅に微笑むと、青年は舞子にウインクを素早くくれた。
「アルバイトの新人君を熟練の君達でフォローしてあげてくれ」と、二人に声を掛けてさえいく。瑣事に構わぬ彼にしては破格の激励であった。
「…まあ、社長が私達の姓を御存知だったわ」
さすがヴィルヘルム様。と呟いて、リンナはほう、と溜息を吐く。
「なによう、サクヤ〜あんた、社長の知り合いだったのう?」
シルビアが笑顔のまま肘でこちらを小突いてくる。
「大衆チェーン店のレストランで夫と一緒の所を酔狂にもお声を掛けて下さったのが会長様です。所謂、コネですよ、コネ入社。最もアンケート集計のバイトの筈だったんですがね」
舞子も正面に向けた笑顔を崩さず、小声で返す。
「ああ‼︎騒ぎの主はあんただったんだね。成程、それで『受付嬢』なのか」
「しっ‼︎二人共、お客様ですよ」
思わず叫びそうになったシルビアをリンナが素早く諫める。三人は揃って頭を深々と下げ、来客に挨拶をした。
「おはようございます、当社にようこそ。御用の向きを御伺い致します」
リンナが来客に外向きの笑顔を振り撒く。
取引先の重役は三人を眩しいものの様に見比べ、感嘆の吐息を漏らした。一緒に居た社員が慌てて来社の目的を思い出し、それを告げた。
「53階で広報局長のスミス・バウンズがお待ちしております。エレベーター先に秘書が控えておりますので、応接室への案内をお申し付けくださいませ」
にっこりとシルビアが大輪の白牡丹の如き微笑みを浮かべ、促すと、
その時だ。何やら考え込んでいた他社の重役が目を見開いて舞子を指差したではないか。
「あんただ‼︎」
「は?」
舞子は微笑んだまま固まっている。他の二人もお供の社員も何事かと息を飲んだ。
「そうだ、やっぱり‼︎あんただ、あんた。いや、君はアレだ、ほら。アレだろう?──────『シルヴィアナ号の歌姫』‼︎」
舞子の視線が定まらなくなった。だりだりと背中を流れて伝うものの正体は汗だ。
「お…客様…何の事でございましょう?」
一応惚けてみた。だが、その重役は妙に興奮した様子で舞子を上から下まで何度も見てウンウンと肯く。
「やっぱり間違いない。実はこの前、商談でシルヴィアナ号を訪れた時、君があの艦で歌っている映像を見たんだよ〜。私は元来、歌なんぞの造詣は乏しいんだけどねぇ。なのに、あれは感動して…綺麗で。どうか歌っている歌手を教えてくれと船長に尋ねたら、彼女はこの艦専属の歌姫だと胸を張って言われて。なら、あのディスクのコピーを売ってくれないかって頼んだんだが“門外不出”だと鰾膠もなく断られてね。たとえ幾ら積まれても誰も売らない、ってさぁ。で、本当に艦内の誰に交渉しても駄目だったんだ。…あれは本当に残念だったなあ…」
やめて、オキャクサマ。もうその辺で勘弁して。
痛い、痛い、横の二人の無言の視線がズブリと舞子の頬に刺さっていた。
これは誤魔化せば誤魔化すほど余計事態が悪化すると踏んだ外見少女は適当にお茶を濁す事に決めた。
「私は職業歌手ではございませんので友人の誼で偶々、戯れであの艦で歌った処を撮られてしまいまして。まだ悪ふざけであんなモノを流しているんですね。困った女性です。ところでお客様、後ろで御社の社員の方々がお待ちですが?」
「うんうん、いいんだよそんな事は。時間なら少し早めに来てるしね。ハイこれ、私の名刺。良かったら君の都合の良い時に連絡して貰えるかな?実はうちに君に丁度良い年頃の息子が居てね。いや、一度会って貰えるだけで良いから。ホント無理強いしないから。ご飯でも洋服でも何でも奢らせるから」
押しの強い性格らしく、舞子の手に無理矢理名刺を握らせると必死の形相で迫ってくる。
テンパった舞子は遂に伝家の宝刀を抜いた。
「お客様、残念ながら私は結婚しておりますので、不倫は慎んでご遠慮させて戴きます」
重役は立派なスーツに包まれた肩を見るも無惨に落としまくるとガッカリを絵に描いた様な背中を丸めて『そうかね…そう…』と、呟きながらお供に連れられて去って行った。
「「サク…」」「オハヨウゴザイマスッ‼︎」
同僚のダブルツッコミを舞子は次の来客への居酒屋店員の如き天辺挨拶で躱した。
それから幾人もの来客が受付を訪れたが、舞子の机の下には初日にも関わらず何枚もの名刺が溜まり始めた。笑顔が強張ったまま張り付きそうな勢いである。
お昼は交代で摂る事になっており、舞子はいつも通りズレた時間を希望していた。
「昼食を一緒にどうかな?ソールさん」
それは営業のホープと呼ばれる猫種の青年からの誘いだった。こちらを見つめる瞳の蒼い光彩が陽の光にやや細めになっていて、颯爽としなやかな肢体をぐ、と全面に押し出して舞子にそう話しかけてくる。
獣相の割と少ない中々の男前である。白い歯がキラリと輝いた。
「シルビア…私、ネームタグの上に『既婚』って書き込んでも良いかしら?」
「───────無駄な事はよしなよ、サクヤ」
こちらの本気の溜息に黄褐色の瞳が苦笑の色を浮かべて忠告してきた。
そう社外の者はともかく、既に社内の殆どはこの類稀な狐娘が人妻だと知れ渡っているのだ。
「営業一課のコンラッド・ユーイさんですね?サクヤはいつもお弁当ですので無理かと思いますわ。休憩時間も私共は交代制で、しかも彼女は遅めの時間を希望していますのでこれから小一時間程後になりますし」
リンナが気の毒そうに(振りだけ)助け舟を出してくれた。
「ありがとう。でも、俺も営業だから時間の都合は結構つくんだ。ねぇ偶にはお弁当以外の物も食べてみたくない?奢るし、美味しい店知っているよ?」
リンナに頷いておきながら全然怯む様子の無い青年は尚もそう言い募る。
「別に人妻だからって面白がって誘っている訳じゃないから安心してよ。ただ、そんなに若くて可愛いのに、旦那一人にガチガチに縛られなくてもいいんじゃない?たかが昼飯だよ?他の男と食べたって不倫っていうのは幾ら何でも大袈裟だろう?もしそんな事で怒る様な心の狭い旦那なら、いっそ俺に乗り換えちゃえばいいんだ」
「…誘って戴いてありがとうございます。ですが、ご飯は旦那様の手作りですから物凄く美味しいですし、愛情たっぷりで乗り換える予定は今の処、全くありませんから」
取り付く島もないサクヤい未練タラタラ引っ込んだ彼はそれでもやはりアドレスを書き殴った名刺を押し付けていく事は忘れなかった。
舞子は笑顔で彼を見送り、見えなくなった処でヒールの踵で足下に落としたソレをバンバン踏み躙る。
「そんなに怒んなよーサクヤー」
「本当に旦那様を愛しているんですわねぇ」
男前だろうが金持ちだろうが、それこそ『サクヤ』はバッサバッサと切り捨てる。
最初の方こそ物凄いその人気ぶりに嫉妬の色を滲ませた二人ではあったが、彼女のある種小気味良い程きっぱりとしたお断りの様に呆れ果ててしまっていた。
そして遂には同情すら抱くまでになってしまったのだった…。
次回予告;遅れて来たヒーロー。…原稿通りなら…うん…




