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マリアージュ!  作者: 葉室ゆうか
奥さんは地味なアルバイトに励む
17/28

17,無自覚によるすれ違い

 17.



 舞子は有能社長秘書から明日からの職場入り時間と指導にあたる人物の処まで案内され、新たなロッカーを与えられて、制服を見繕い合わせられた。

 着替えもここで良いとの事だったので、直ぐにレイクにバレる事は無いだろう。

 とぼとぼと出てくると、そこにシタンが待ってくれていた。


「チーフ‼︎待っていて下さったんですか?」


 慌てて駆け寄ると、青年は少し照れた様な微笑みを浮かべて眼鏡を押さえた。


「大口を叩いておいて何もして差し上げられませんでしたからね。せめてこれくらいは」

「何を仰ってるんです!精一杯、庇って下さったじゃありませんか。未だ何が何だかよく分かりませんが、これも動かし難い運命の(しがらみ)ってヤツでしょう。そして悪いのは物見高いこの会社の社員さん達ですよ、まったく…迷惑この上無いなあ」


 舞子は腰に手を当てて憤慨した。青年の腕を引っ張って、職場のフロアに向かう彼女は大股で歩き出す。


「チーフは何れはこの会社に就職されるんですか?」

「いえ、僕は実家が病院をやってましてね。医者になるつもりです」


 休憩のスペース前を通った舞子はふと足を止め、そのまま背中越しに後ろを振り返る。


「緑茶、お好きでしたよね?」


 胸の通門カードを自販機に読み取らせ、サッと差し出すと『どうぞ』と微笑った。


「奢りです。…本当はね、さっきちょっとだけ怖かったんです。遂に(くび)だ、て言われちゃうのかな、って思って」


 最近の舞子にしては珍しい満面の笑みで、しかも照れぎみであった。


「チーフがあたしを庇って下さって凄く嬉しかった。それで勇気が出たんです」


 シタンの紙コップを受け取る手が僅かに震える。


「…僕の好みを憶えてらっしゃったんですか?」

「えへ。最初に奢って下さったでしょ?その時も飲んでらしたし、皆に合わせてコーヒーを飲んでる時も全然減って無いんですもん。実はね、あたしここにこんなモン隠しておいたんです、ええっと…」


 自販機の裏をガサゴソ、と探る舞子は目当ての包みを取り出した。

 特に緑茶が美味しいとアーシェラがこの前言っていた茶葉取り扱い店の袋。


「いつも覚えの悪いあたしに付き合って下さってありがとうございました。お別れの品にはしたく無かったんですけど。これ、お家でゆっくりした時にでも淹れて飲んで下さいね」


 サプライズでくれるつもりだったらしいそれは抹茶入りの煎茶だった。

 もう、シタンには声を出す事すら出来ない。


「チーフのだけなんで、内緒にお願いします。あ‼︎やばっあたし、早くしないと最後のノルマ間に合わない〜。んじゃ先に行きますね〜皆、ヤキモキしてるだろうし」


 紐で一括りにされている茶色の頭が勝手に頷いた。

 だから、よく彼の顔を見る事も無く舞子は室に飛び込んで行ってしまったのだ。

 少し、雨が降り出してきていた。誰もいなくなったこの場所は薄ら寒くて、手にした緑茶だけが湯気を立ててシタンを暖めた。




「本当にあの人は…僕よりずっと年下の筈だというのに…」




 最初からびっくりさせられ通しだった。

 若い娘に有りがちな礼儀知らずを予想していたのに、きちんとした挨拶をして。仕事を覚える時も、ちゃんと丁寧に聞く。質問も必ずこちらが一区切りついてからにしてくれて。受け答えも落ち着いていて、間違いもちゃんと正面から認めて謝っていた。

 モテても浮かれた処も無く、あれ程邪険にされた食堂からの評判も上々で。押し付けられたプレゼントは夫に怒られるからという理由で、総て同僚の女性に分け与えていた。中には高価な物もあり、『換金してしまえー』と悪魔の様に彼女らに嗾ける(けしかける)様はちょっとアレだったが、それを期に貰うのを嫌がるスタッフも居なくなり…


『緑茶、お好きでしたよね?』


 耳に蘇る軽やかな鈴の様な声。赤に近い暗い茶髪はいつも緩やかに束ねられてられいて。掻き上げる小さな指が、そっと頬に掛かる一筋の束を掬い上げていた。

 長い睫毛は瞬きで伏せられ、いつも誰とも無く見惚れてしまい、彼女の両脇はシタンとハワードの指定席になってしまった。


 もしも、彼女が独身であったなら、何かが変わっていただろうか?

 もしも、自分が見た事も無いあの娘の夫よりも強くて、もっと護れる力が有りさえすれば。

 こんな風に最後になって好きだと気付くなんて。




「サクヤ…さん…」




 呟きは降り出した雨に紛れ、胸の痛みは手の中にある時間の経過した緑茶の温もりを容赦無く奪っていった。

















 白い帽子にピンクで縁取られた、コレまた『汚れ』にケンカを売ったかの如き白い制服。

 ふんわりと結ばれた胸元のスカーフも優しいクールピンクだ。



 おお、可愛い。



 社名のロゴをバックに三席設けられている中央のベース、その端っこの席に座る。


「あんまり緊張していると保たないわよ?」


 クスクス笑うのは猫種のリンナだ。見たカンジは気位の高いシャム猫ってとこ。

 21歳。ココア色の髪に蒼い瞳が良く映えている。


「サクヤー、敢えてセンターに陣取ってみるゥ?」


 意地悪くニヤニヤしてるのはなんと犬種(血統書は無し)のシルビア。

 20歳。スピッツを思わせる雪の様な白髪に黄褐色の瞳がとても綺麗だ。


「勘弁して下さい…繋ぎは繋ぎらしく、隅で邪魔にならない様控えていますから。初日の今日は大人しく先輩方の見事な接客ぶりを眺めていますよ。アルバイトの小娘にはコメ付きバッタの様に頭を下げるしか出来ませんからね」


 どうやら二人はそれぞれで彼女を妹分にすると決めた様で、舞子としては非常に助かったのだ。

 リンナは不器用な舞子のスカーフを形良く整えてくれたし、シルビアは昔使っていたアンチョコを引っ張り出して、カウンターの外から見えない処に貼ってくれた。


 いよいよ初仕事の時間が到来したのだ。


 彼女達は内線の番号表も近くに寄せてくれ、正面向きはにこやかに微笑みながら、偶に舞子の膝に置いた小さな手を励ます様にそっと撫でてくれる。


 良かった、先輩達が優しい女のコで。イヂワルでもされた日にゃーどうしようかと。

 そう内心安堵する舞子は実は若い女のコ達が苦手である。何故なら中身は大年増な外見少女はジェネレーションギャップに直面した時に上手く躱せる自信が皆無だったから。よって、いつもちょっとビビりがちに事に当たっていた。

 極論ともいえる偏見だが、舞子には女は対・同性には人によりけりだが大なり小なりキビシイ面があるという持論がある。華やかな仕事で隣に座るとなれば、敵か味方か、そのどちらかの筈だ。無関心=敵。中途半端は有り得ない。故に今回二人の味方陣営に振り分けられた事は僥倖(ぎょうこう)であった。


 だが、実は気性がおおらかなシルビアはともかく、リンナは元々人の好き嫌いが激しい性格である。なんの事は無い、やはり舞子の“ちょっぴり“不安気な”就任挨拶が二人の少なからぬ保護欲をびしッ‼︎と見事射止めたのだという事実を本人だけが知らなかったのだった。



次回予告;受付嬢は波瀾万丈!ナニカがバレそうになったり、怒濤の展開がてんこ盛り。それより熟女のお尻の筋肉耐性をあげる方法を何方かお教えくださらんか。座椅子に長時間座っていると、二時間寝込むんですわ。

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