16、突き付けられた三択の中で…
もうダメだ。お尻が腰があ・・文章を打ち込むだけで壊滅的なダメージをッ‼︎まだ更新待ちの他連載があると言うのにぃ〜。
16.
来客用のパスを受け取り、二人は専用のエレベーターに乗り込んだ。
「七十階に来る事があるとは思ってもみませんでした…」
シタンの呟きに心から同調する。そりゃそうだ。今まで二階に居たんだもんな。あたしだってそうだよ。
トホホな気分で毛の長いふかふかの最上質絨毯をスニーカーで踏み分けて、あたし達は重厚なドアを猫種の綺麗なお姉さん(秘書)に開けて貰った。
恐る恐る中に入ると、中でベスト姿で書類を見ていた青年が目に飛び込んでくる。二十代中盤、といった処か。このヒト確か、社長の…
「───────トリヤ・ヴィルヘルムだ」
エスパー⁉︎
無表情を装っていた舞子の顔に、たり、と汗が流れた。
ヴィルヘルムも決裁していた書類を脇に置き、その高貴な顔立ちに驚きの色を混ぜた厳しい表情を浮かべていた。
「…噂は如何程のモノかと思って侮っていたが……成程これは誇張などでは無かった様だ」
ウェーブの掛かった乳白色の髪に象られた甘いマスクは今や経営者の顔を出して、その二粒の赤い宝石が冷静に舞子を値踏みしていた。
その視線に晒された舞子はというと、居心地の悪そうな様子で天井を見つめている。しかし、彼女はそんな顔ですら人の目を引き付け、現に隣のシタンの保護欲を掻き立てていた。
「ソール・サクヤ君だったね。それに、そちらはアンケート集計室のアルバイトチーフ、クレール・シタン君。態々足を運ばせて申し訳なかった。ご覧の通り中々時間が取れなくてね」
不意に優しく微笑み、悪びれもせず気さくに話し掛けてくる社長に、シタンは『いいえ、お会いできて光栄です』とそつなく一礼した。舞子も遅れてそれに倣う。
場を読んだ秘書が飲み物を運んできて、椅子を勧めてくれた。すると社長もデスクを離れて、向かいのソファーに座った。
「さて、最近の社内なのだが…二人は渦中の人達だから分かっているとは思う。近頃は一連の騒ぎが無視の出来ないレベルにまで育っていると報告が上がっているんだ。───────どう思う?」
最高責任者としては見過ごせない事態なのは分かっている。しかし、まだ規模的に云えばもっと下の部下が扱う案件の筈だとシタンは考える。ならばこの状況は彼女の‘紹介ルート’に因る所為なのだろう。全く随分、大事になったものだ。
傍に視線を走らせれば、舞子も同じ考えに至っているらしく、溜息を零している。
「意見を、と求められるのならば、申し上げますが、私としてはこれは“社員の方々の仕事に対するモラルの問題”であり、こちらのスタッフに責はありますまい、としか言い様が無いのですがね…」
常に物腰柔らかく穏やかなシタンがきっぱりとヴィルヘルムに意見を突き付ける様は舞子にとって驚きであった。
勿論、彼が何らかの形で助言をしてくれるだろうと確信してはいたが、こうも真っ向対決を選ぶとは。
「そうだね。確かに普通なら筋違いだと私も思うよ」
その様を面白そうに見ていた青年社長がコーヒーを口に運んで、ソーサーに戻した。片手を顎に助けると舞子の方を真っ直ぐにそのルビーの如き瞳で見つめる。
「だが、今こうして彼女を目の当たりにすると、満更彼等ばかりを責められないと言わざるを得ないな」
深紅のレース付きキャミソールにジーンズ。ライトグレーの薄物のジャケットを羽織っただけのシンプルな装いにも関わらず、『ソール・サクヤ』に憂いを帯びた表情は仕事柄美女に慣れたヴィルヘルムさえ惹きつける。
「現に“穏やかで控えめ”の評価を受けている君でさえ、新人の彼女を前面に出て庇っている。まあ、護りたくなる気持ちは分かるがね」
青年はそんな自分に人から指摘されて初めて気付いたらしい。目に見えて狼狽えている。そんな中、
「あのう、それで社長…そちらは私を馘にすれば全ては解決するとお考えなのでしょうか?」
態度は遠慮がちでありながら、ちっとも遠慮も空気も読まずに舞子は尋ねた。
「いや、試す様な事を言って済まないねソール君。勿論何の落ち度もないアルバイト社員をこんな事で馘にするつもりは毛頭無いよ。実は会長から耳に入れられていたんだ。ひょっとしたらこういう事態も有り得るかも、ってね。だけど、本気にはしていなくて。だって普通そうだろう?」
シタンは舞子を一瞥し、ヴィルヘルムと顔を見合わせて頷く。かれとて彼女を見るまでは信じていなかったからだ。一目で気持ちを惹き寄せる女性がこの世に存在するなんて。
「それで、だ」
突如、上から降りてきた白いスクリーンに、【バーン‼︎】と展開する3つの選択肢に二人は目を奪われる。
“重役秘書”、“受付嬢”、“キャンペーンガール”
「──────────どれがいいかね?」
「ぎゃあああ、どれもイヤーッ‼︎」
頭を抱えて舞子は見栄も外聞も捨てて叫んだ。
「何ですか、コレ⁉︎一番目、そんなスキルは持っていないからーのアンケート集計バイトでしょう?二番目、会社の顔をアルバイトにやらせるなんて本業のお姉様方から組合を通じて突き上げがきますよ!三番目、私は目立つのが大嫌いなんです‼︎」
目の前で熱り立つ狐娘の美しさに改めて感心しながら、青年社長はにっこりと微笑った。
「ふむ。面白いね、君は。激昂しながらも理路整然としている」
会長である祖父から頼まれた時は、暇な老人がまた酔狂を…と思ったものだが、それでも一代で小さな会社を巨大グループにまで発展させた人物の推挙だ。頭の片隅に留めてはいたが、こう言っては何だが単なるアルバイトが一人増えただけの話、忙しさにかまけて実は今の今まですっかり忘れていた。
だが、彼女のこの存在感はどうだ?
琥珀に包まれた黒い瞳はきらきらと怒りに輝き、頬は紅潮して生命力に満ち溢れている。
深紅のインナーにクリームの様な滑らかな肌が映え、染み一つないそれは触れれば溶けてしまいそうな想像を掻き立ててくる。
一目で引き寄せて、二目で微笑みに囚われ、可憐な唇から紡がれる声音に傍から離れ難くなる。
触れれば離せなくなり、力があれば自分のものにして仕舞い込みたいと心から願う。
危険な麻薬の様な娘。
「それじゃ、二番目の受付嬢に決まりだね」
「はあああああ───────何がどうしたらそういう結論に至るんですか⁉︎」
その危険な魔法をヴィルヘルムは微笑みの鎧で全身を覆いながら辛うじて防いだ。
「一人の受付の子が産休に入るんだよ。誰を代わりに入れるか未だ決めかねていてね。君の言う通り受付は会社の顔だ。女性蔑視をする気はさらさらないが、やはりそれなりの美しさを求められるのだよ。人事担当者は選抜の時間が欲しい、君は臨時の仕事が欲しい。三つの選択肢の中、繋ぎで構わないのは受付嬢だけだ。
ああ、行っておくがコレ以外はおそらく今までと同じ結果になるのでお勧め出来ない」
くそう、どこもかしこも春は妊娠ラッシュなのか…。
舞子はうー、と目を眇める。しかしここでヤケを起こして衝動的に辞めるのはマズい。今後、何かをしようとしてもコレを理由にレイクに反対されそうだからだ。
「…仕方ありません。私達も寂しいですが、現状これがベストの解決法でしょう。サクヤさん、本意では無いでしょうが何とかこれで手を打って下さい。
それでエントランスにサボりに現れる程の度胸のある人は居ないとして、社外の方に関しては効果の程は期待が出来ないでしょう。社長はその辺りはどの様にお考えでしょうか?」
「優れた騎士ぶりだな、シタン君。うん、ソール君には“繋ぎ”以外の役割を求めていないし、多少時給がアップするくらいだからね。何をどんどん断って貰っても構わないよ。何しろ人妻さんだし、社員でも無いんだし」
「スーツなんて持っていませんがっ⁉︎」
「受付嬢は制服があるよ」
速攻の切り返しし舞子は撃沈した。その意気消沈ぶりは美貌の社長の鉄壁鎧をも僅かに突き崩した。幾分暖かい掌が舞子の肩を軽く“ぽん”と叩いた。
「まあ、元気を出したまえ。私も毎朝顔を出す事にするし、偶には会長もみえるだろう。そこの彼とも全く会えない訳では無い。ただ働く場所が変わるだけだ。──────それでは契約終了まで宜しく頼むよ」
世間は結構舞子に厳しかった。
次回予告。魔性(´゜ω゜):;*のオンナ、またも被害を撒き散らすの巻ィ。




