14ドキドキ初仕事
すみません、入学準備及び卒園の諸準備で色々滞っております。ヽ(;▽;)
14.
「…ねぇ、ちょっとは考えるフリだけでもしない?フツー」
「無駄は省く主義だからな」
さっきまで反省していた筈の独占欲を前面に押し出し、夫は決して首を縦に振らない。
「何か買って欲しいものがあるのか?」
「うんにゃ。昼、暇なのに飽きたから」
白い発信機入の腕輪を『バイト先が分かってりゃあ安心じゃんかよう』とばかりに無言でグイっと目の前に突き付ける。
「なーなー働かせてくれヨー。家に独りはつまんないんだよぅ〜」
「なら、俺が暫く傍に居てやるから」
「え?家にニートが二人?カンベン〜レオンご飯も作らせてくんないじゃん。ダメ人間になるあたし。絶対」
「因みに『ニート』とは何だ…」
ビミョーに噛み合わない会話をかわしながら、二人はお互いを睨み付ける。
「勝手にすると辞めさせられちゃうから断ってるんだぜェ?ねーパパ、お願い♪目立たない地味なバイトでいいからやらしてー」
レイク以外なら安全KOの下から見上げるそのおねたり目線に、美麗な眉を顰めて視線をずらす夫(若干の効き)。
「駄目だ」「分からず屋〜」
「では、儂の孫の系列会社でハガキ整理のアルバイトなどは如何ですかな?」
言い合いをする 2人に割り込んできた声は嗄れていた。
見れば身形の立派な一人のお爺さんが黒服のボディガードらしきお付きの二人を従えて茶目っ気たっぷりに微笑んでいる。
「おお、お二人の話の腰を折ってしまいましたな。どうも済みませなんだ。…つい、年寄りのお節介な虫が騒いで口を挟んでしまいました」
レイクが胡乱な視線を投げかけるのを右手で席越しに覆って「いえいえ」と舞子は日本人らしくにこやかに対応した。
「ふむ。昔から一度このチェーン店に入ってみたくて周りに無理を通したのですが、この様な綺麗で可憐なお嬢さんと出会えるとは我儘も言ってみるものですなあ」
かっかっか、と印籠を出す勢いで闊達に笑う御老人に舞子は思わず身を乗り出した。
「えー、じゃ本気でいいんですかー⁉︎あたし、社会勉強したいんです‼︎宜しくお願いします!」
ヒャッホウ、大物釣り上げたー‼︎とその顔には書いてある。
「では、これが儂の名刺ですじゃ。話は本日中に通しておきますからの」
「何から何までお手数をお掛けしまして。本当にありがとうございます」
それを光の速さで握り潰そうとした夫の手を思いっきり叩き落し、舞子は満面の笑顔で名刺を押し戴いた。
「礼儀正しいお嬢さんだの。何、困った時はお互い様じゃ。旦那さんもあんまり奥さんを束縛するのは如何なものかと思いますがな…。まあ、これ程若くて愛らしい奥さんでは心配は無理のない事じゃが、目の届く範囲で少しは自由にさせてあげないと元気が萎んでしまいますぞ?あ、いや、これも年寄りの余計なお節介ですな。いかんいかん」
またも某ご長寿番組のラスト数分の様に高笑いして格好良く立ち去った御老人に、夫は懐に手を突っ込み飛礫を投げようと構えて妻から殴られた。
名刺の会社に連絡を取った時、バイトなら服装は構わないとの事だったので、舞子は普段着で見上げる程の大きなビルの通用門へテクテクと向かった。
後ろでは送ってきたレイクがじっとりとした目付きでバイクに凭れて見つめていた。
「…たく、諦め悪いなぁ」
期間限定の募集の方をちゃんと選択したじゃんよー。しかも単なるハガキ整理だぜぇ?
食品・服飾系の総合会社。トリアコンツェルンの子会社であるテアトル社。
そのアンケート集計に今日から携わるのだ。裏口に当たる、そこに立ちインターフォンを押す。
『どちら様でしょうか?』
警備員の声がしたので、舞子は一礼して、
「あ、今日からのバイトの者でーす。総務課の方にここで名札兼、通門カードを受け取れと指示されたのですが…」
『お名前をどうぞ』「はい、ソール・サクヤ(偽名)です」
照合が済んだのであろう、門が開いた。舞子は背後のレイクに振り返って手を振った。
中に入ると直ぐ警備室がある。
「ソール・サクヤさん、はい、これが通門カード。身分証も兼ねていますので社内でも常に身につけておいて───────」
事務的にカードを差し出し、顔を上げた警備員はそのまま固まった。
「あ、はい。それでバイト先は何階のどの辺になりますか?」
問い掛けにも反応出来ず、彼は呆然と舞子のアーモンド型の目を見つめて、ようよう声を搾り出した。
「…モ、モデルか、キャンペーンガールとかの間違えじゃ…」「ありません」
にっこりと全否定した娘は、胸にカードを付けて人差し指を振った。
「それで【ハガキ整理のアルバイト】先は何階の、どの辺ですの?」
「に、二階の突き当たりです。ごごごご御案内しましょうかッ⁉︎」
それには及びません、と微笑んだ舞子は未練がましい視線を振り切ってエスカレーターを昇った。非常時はそれが止まり、階段扱いになるらしい。流石は大会社。
ふんふん、と フロア案内板を確認して進んで行くと、行き交う社員達が振り返って、又は数メートル先で足を止めて呆気に取られたかの如くジロジロと此方を見るので、舞子は少々気分を害した。
しかしながら初日から周囲にガンを飛ばしまくる新人アルバイトというのも如何なものか、とガン無視の方向に切り替えた。
なによう…ブーツがマズかったってえのー?服装はだらしなく無ければ何でもいい、って言ってたじゃんかよー。
柔らかなレモンイエローのジャケットにグレーのカットソー。下は濃緑のタイトスカートだ。合わせてスウェードの柔らかいブーツを履いているが、特におかしくも無いと思う。
第一、レイクが意気揚々と出かけようとした舞子を再びベッドに押し倒そうとしたくらいだからおかしい筈も無いのだ。
目的のドア前に立つ舞子は、ペン、と自らの頬を軽く叩いて気分を直し、気合いを入れた。
「─────失礼します、バイトの新人ですが」
遅れて『どうぞ』と朗らかな声が返ってきたのに励まされ、微笑んで入室した。
「こんにちは、ハガキ整理の部署は此方で宜しいでしょうか?」
中では舞子と同じ様なラフな服装の十人くらいの男女が作業している様だ。
そこで此方に向けようとしたらしい笑顔やら無関心な一瞥やら興味本位の視線やらが一様に凍っていた。軽く見渡せば割と若者が多い。察するに大学生あたりか。ああ、長期休暇ね。
「─────あの…?」
一番近くに居た眼鏡の青年が逸早く何らかのショックから立ち直ったらしく、戸惑いを隠しきれない笑顔を向けて頷いた。茶色の馬種っぽい揺れる尻尾が微笑ましい。
「ああ、済みません。此処で間違いないです。貴女が本日から配属されるソールさんですか?」
「はい、お世話になります。何分慣れない初仕事ですので、色々御指導して戴く事になるかと思いますが、どうか宜しくお願い致します」
きちんと頭を下げると、舞子は大輪の花が咲くかの様に微笑んだ。
それを皮切りにその場の金縛りが解け、興奮した面々が我先にと自己紹介をおっ始め、それを彼の青年が何とか押し留め、順番にさせると改めて舞子を空けていた席に座らせる。
彼は獣相も少なく、やはり馬種の様だ。優しい造作の顔が穏やかな印象を受ける。
「僕が一応ここのチーフでクレール・シタンです。皆、同じアルバイトですから気後れする事はありませんよ?席は基本、出社順で。休憩は食事時間以外は自由です。但し、最低限のノルマはありますから、それを熟せる程度でね。トイレと休憩所は通って来られたから分かりますね??」
「はい。お弁当はここで食べてもいいんですか?」
「お弁当なんですか…。社食はバイトも利用可能ですから格安ですよ?どうせそちらで摂って戴く事になりますし」
舞子は心の中で舌打ちした。人目につかない約束をしたばかりなのに。
「差し支えなければ休憩所などで摂りたいのですが」
「申し訳ないのですが、食品衛生上からそれは許可されていません。人見知りするタイプなのかな?なら今日はいいですよ。初日ですしね、特別に許可します。それにしても…」
シタンは舞子を見て苦笑した。
「本当にモデルさんかキャンペーンガールさんの間違いじゃ」「ありません」
舞子は間髪入れずに返答した。
そうして、この世界での舞子の初仕事が始まったのだ。
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次回予告;仕事は環境が全てだ〜の巻。乞うご期待…なーんてね…




