13職人は妥協を許さない
千文字辺りで寝落ちしていました。一応頑張りした。これで勘弁してやって下さい。_φ( ̄ー ̄ )
13.
「俺を殺すか?─────もうそろそろアイツが戻って来るぜ?何て言い訳するよ、お前。それにこれから先マイコが本格的な病気にかかりでもしたら、一体誰に診せる気だ?勿論俺は仕事上医師のスキルも持ってるし、アイツの体質も知り尽くしているがな」
『まあ、座れ』と視線で促す。鷹の様に鋭い視線を怯まず受け止め、エルモはパックのコーヒーをチューと啜った。
「あんたは殺せない。彼女とも別れない。…絶対に」
「それでいい」
満足そうに頷くと、カメラを操作して舞子の位置を確かめる。まだ着替え中だ。
「おそらくお前達の間に子供は生まれない」
獣種は既にヒトと違う進化を選んだ新人類だ。幾ら彼女が正常な遺伝子と稀な生命力を携えていても、実を結ぶには奇跡が必要だ。
「だが、キャサリンは…」
「ああ。だが、マイコは元々妊娠し辛い体質だ。一緒に暮らしているんだから月経周期くらい把握しているだろう?不定期で、しかも排卵しない時すらある」
元々キャサリンが人種と犬種の間に出来た事すら、過去には全く前例が無い。
だから、自らヒュータイプが獣種との未来を望むのなら期待の星は彼女だ。
だが今後、異種を蔑んでいた彼女が獣種と契る様な事は絶対に有り得ない。ならばやはり、人種に未来は無いのだろう。
「…ロマンチストと笑ってくれていい。だが、子を持てない女の孤独を癒せるのは男の献身的な愛情だけだと俺は思う。ならせめて、綺麗で可愛くて愛されるあの奇跡の女を、更に誰からも隙無く好かれる様にして常に気分良く笑顔で居させたい。憂いの顔なんか見たくもない。…それは過保護だと思うか?」
無邪気で肝心な処で人を疑わない舞子には既に違う説明をしてある。
元の身体の年齢が高い為難しいのだと。検査前に信頼するエルモにこっそり相談を持ちかけた彼女はそれを聞いて安心してプールに横たわった。夫であるレイクに相談も出来ずにやはり相当気にしていたらしい。
「俺は子供なんかいらないと言ったのに」
「馬鹿、女心だよ。察してやれ」
目を伏せ、僅かに項垂れる美貌の青年に、エルモは苦笑してドアロックを外した。
途端、着替えた舞子がハツラツ笑顔で飛び込んできた。
「ちょ、ちょっと!嬉しいケド‼︎何キロ減らしたのよ、コレ?」
腰に手を当てて仁王立ちして見せる彼女に社長は片手を挙げた。
「5Kg。理想体重よりマイナス2Kgだ。何か文句あんのか?若干太め」
う、と元の自分を如実に表した表現に怯む。幸い今日はワンピースだったので、服にさしたる問題はない様だ。表向いて、背中向けて。とエルモは指示を出してじっくりと己の最高傑作を眺めると、ウンウンと頷いた。
「俺は天才だ───────ッ‼︎」
舞子は疲れた身体でレイクの傍に行くと、彼の肩に手を置いて凭れた。
「…やっぱりね」
大企業の社長に華麗なる転身ったって、やっぱり一年じゃちっとも変わらないわねぇ。と、微笑う舞子の身体を夫がペタペタ触り捲っていた。
「ちょっと。……何、してんのよ?旦那様」
胡乱な目付きの妻とは対照的に夫は真面目そのもので何やら確認作業に忙しい。
「確かにこれはこれでとてもイイ感じだ、奥さん。相変わらず肌は吸い付く様だし、指の節さえ小振りになっている。髪は艶が倍増しているし、全く染めるのが惜しいくらいだな」
張りのある乳房の高い位置だとか、きめ細やかな肌の感触とか、少し細くなった太腿と脹脛は形良く整えられている。左右の足の左側が短かったのも股関節やらの調整できちんと揃っていた。
「恥ずかしい。後にしなさい、後に」
舞子はペンペン、と妖しい動きをする夫の手を叩き落とすと、手招きするエルモの傍に駆け寄り付け耳と尻尾の相談をする。
肌の弱さを考慮していた義父ウサギは『待ってました』とばかりに新たなチューブを取り出した。
「さっすがー。毎日の事だから少しずつ位置は変えてみたりしていたんだけど、やっぱりモノによっては被れたりしてたんだよねー」
「まあ、そいつは新商品だから刺激なんか皆無に近いがな。それでも時々は耳付き帽子とかにしとけよ?尻尾なんか、デニムに直張りしとけばいいんだからな」
もうすっかり傍目には父と娘である。レイクはそういえば妻が警戒心抜きで接する、自分以外の相手だという意味でもエルモが一年ぶりなのだと思い出す。
元気なので忘れていたが、彼女の知己は全て別世界にいる。家族も昔からの友人も。そうして夫の自分さえ彼女を今まで自分以外の誰からも切り離そうとしていた。
奪われたく、なかったから。
独り占めしたかったから。
だけど彼女はそんな自分を笑って受け止めてくれた。嬉しいとさえ言ってくれて。思い出すらこの世界には無いのに。
自分を偽ってまで彼についてきてくれた。
「マイコ、抗生物質もちょっと持って行け。さっき冬は風邪に弱い、って言ってたろう?何、痰で吐く?じゃ、コレもな。レイク、お前が持っとけ。コイツはどれがどれだか絶対忘れるからな」
ポカポカと軽く殴られながらもエルモは何だか嬉しそうである。
舞子も怒りながら、笑っている。
それはお互い心からの笑みで、家族の想いで。妻は彼に遠慮なく抱き付いているのに嫉妬の欠片すら生まれず、見ているこちらも微笑ましい気分で空気は団欒に満たされていた。
髪を元通り染められて、五割増し美人になった舞子が二人の前に現れた。
「おお!更に別嬪だ。よし、また来年も絶対会おうな?」
「うん、また宜しくね〜」
三人でお茶をした後、二人は固い握手を交わした。
「レイク、お前もな」
「ああ」
別れ間際、義父は小声で彼に囁く。
「お前も年を取れるのは35までだぞ?後はまた二十代に戻す。その繰り返しだ。そいでな、外見だけでは無く中身も変えられる覚悟をしておけ。俺はヨボヨボのお前になんか娘を任せるつもりはねぇから。…悪ィな」
女と違って男は筋力が落ちれば外見も変わる。そうして見かけだけの男に伝説のフィメールが護れよう筈も無いのだ。
『中身も変えられる覚悟』とは徐々に人工筋肉やら脳を活性化する何やらを使うつもりだと宣言されているらしい。それに対しての『悪ィ』か。
「いや──────助かる」
エルモは誤解している。自分は好きでこうしているのだ。これまでも。そして勿論、これからも。
ずっと心配していたのはその事だった。それが一気に解決したのだ。感謝する事はあっても、何を恨む事があろうか。これで安心して傍に侍れる。
一瞬目を見開いて、エルモはニヤリと笑って義理の息子の肩をポンと叩いた。
激励である。
緩やかな階段の下で、大きく妻が二人に手を振っていた。
エアバイクから降りた舞子達は有名チェーン店のファミレスに居た。
中の客、従業員共に入店時軽くどよめく中、なるだけ人目に付かぬ様、隅っこのテーブルに陣取った。
「小洒落たレストランでも予約した方が良かったな」
「馬鹿言わないでよ、たかが昼食だよ?エルモの職人技がイカンのよ。…こんなピカピカにしちゃってさァ。ま、正直嬉しかったケド。だって全盛期のあたしだってこうは無かったわよぅ。結構運動してたから筋肉付いてたしね」
出入り口付近は芸能人が来た時並みに騒ぎが起こっているらしい。
舞子はウェイトレスに可愛らしく(勿論意図的に)手を合わせ、『ごめんなさい、騒がせて』とか言いつつ、(貴女だけは分かって助けてくれるわよネ?)オーラを漂わせた。
彼女がオーダーを取って厨房に帰った後、何だか店の従業員が一丸となっている。
「これで安心して食べられるね」
「悪知恵だけは物凄く回る様になったな…奥さん」
もぐもぐ食べている彼女をさり気なく覗こうとした客は、『あの方は一般のお客様です!』とスタッフが総出で阻んでくれている。
「ところで『レオン』。あたし、アルバイトがしたいんだけど」
「却下」
一呼吸も無く断られた。
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次回予告。過保護炸裂!舞子はそれを振り切ってバイトをする事が出来るのか?夫は使えるものを全て使うつもり。悪辣であるー。




