12.『若返り屋』再び
オオカミが来たざおりくー!ごめんなさいごめんなさい。オオカミに土下座。半分蛇に飲み込まれてきます。ご飯の後、お詫びにもう一話upする予定です。今日に間に合うか分からないので、寝て明日読んで下さい。
12.
思わぬ名前に舞子の顔が大きく綻ぶ。エルモは舞子がレイク以外で最初にユグドラシルで出会った獣種だ。
ふかふかのウサギで腕利きの『若返り屋』である。
最初に『伝説のフィメール』を見事に若返らせた手腕と、最初から良かった腕と、それ故に彼女の知己となった結果、展開した再生稼業がたった一年で今家押しも押されぬ大企業にまで伸し上がったと風の噂では聞いていた。
その彼がこんな大都市にも支店を出していようとは。
「どうしてもあんたのメンテナンスをしたいらしいぞ?今、その為だけに支店視察を理由にこっちに来ている。年一回は、と最初に約束したんだろう?」
舞子は真面目な顔で聞いた。
「────────無料?」
レイクはエルモが不憫に思えて、そっと目頭を押さえた。
「…な、何よ…その反応は⁉︎だって、一般の人があたしみたく若返り屋にお世話になるにはとんでもない金額が掛かるって聞いたんだも。レイクにそんな無駄なお金、使わせたくないし。エルモだって儲け無しで毎年、そんなんやるの大変じゃない。あたしは世話になった友達に会えるだけで充分なのにさ」
「うん。あんたの気持ちは分かったし、本当に嬉しい。だが、間違ってもソレを奴には言うなよ?」
「えー?だってエルモ、あたしの性格充分分かって…」
「いや、うん。それでも人間、離れた年月に夢を見るって事もあるから。絶対無料だし、あいつ今、凄く儲かっているから…安心して存分に甘えてやれ」
舞子の減らず口をぴしゃりと封じて、美貌の夫も食後のコーヒーを飲み干した。
ヴィジホン一本でレイクが予約を入れてくれていたらしく。
「おお、元気そうだなッ‼︎」
「エルモ、エルモじゃないのーッ⁉︎」
入口近くでソワソワしていた小洒落たビルの『社長』は飛び込んできた『狐娘』をきっちり抱きとめた。
「…太ったか?」
「…えへ、若干」
うふふふ、と二人して強張った笑いを浮かべ、ジワリと距離を保ったまま、どちらともなく奥へと進んで行く。レイクはその様子を眺めて僅かに肩を竦めた。
従業員が左右に立ち並ぶ中、三人は施術プールを併設したカウンセリング・ルームへと入っていった。
「もう遠慮なく話していいぞ。ここと奥のメディカル・スペースは本日貸し切りだ。俺の権限で誰も立ち入れない様に申し付けてあるからな。と、いう訳で申し訳ないが、飲み物はセルフサービスだ。好きな物をそこの冷蔵庫から取って飲んでくれ」
わーい、と自販機の様な冷蔵庫に飛び付こうとした舞子の襟元をぐい、とエルモが押さえる。
「お前はコレだ」
目の前に差し出されたのは体内の分子運動を活発にさせる飲み物だった。ゲロ不味い。
「えー…」
「『えー』じゃねえ!レイク、コイツに好きなだけ食わせるのはよせって、俺は言ったよな?せっかく太り難い体質に変えたってぇのに、理想体重より3kgは余裕で増えてんじゃねぇかよ。髪や肌には努力の跡が見えるのに、どうして体重だけは管理しねえ?」
おそらくこの支店でも最高級VIP御用達であろう、窓を明るく広く取ったカウンセリング室。木目調の寛ぎスペースでエルモが『かつての彼女の僕』に吼えた。
柔らかく高そうなベージュの革のソファの上では舞子が大人しく『うえェ〜』とか呻きながら渡された瓶の中身を飲み干している。
レイクは特に悪びれた様子もなく、エルモにパックのコーヒーを放る。
「俺はフカフカしている方が抱き心地が良くていいんだ」
「違うだろうが、おめぇは。コイツがデブってモテなくなってくれた方が独り占めには好都合だからな?え、そうだろうが⁉︎」
夫の苦しい言い訳に、使命に燃える若返り屋が速攻で切り返してきた。
「だが、俺は夫の醜い嫉妬なんかに屈しない‼︎──────来な、舞子。俺がお前を爪の先までピカピカに磨いてヤラァ‼︎」
この職人魂に賭けて!と、暑苦しい炎を背負ったウサギが自ら手を引っ張り、偽狐娘の衣類、偽耳、偽尻尾を全部カッ剥いだ。二度目なので特に恥ずかしくも無いらしい彼女に無針注射器で麻酔を打つとカプセル型のプールにぶち込んだ。
「内蔵脂肪、腹部、二の腕、大腿部、胸囲、表皮の張り、色彩、強度、筋肉」
次々に液体から送られてくるデータを空間のディスプレイに展開している。エルモは真剣そのものだ。澱みない動きが彼が歴とした現役である事を示している。
企業家になっても第一線であらゆる技術に触れているという話は本当らしい。
「髪質、栄養状態。まだ白髪の毛根が少し残っていたか。うん、メラニン色素を内側から…髪の量が多いからなーコイツは。頭皮栄養分と油分、調整をしながら余分を排除、弾力と表面の張りを調整。肌にはスクワラン、コラーゲンを追加、全身に浸透させる。表皮も張りを更に維持。レイク、うちのお抱え美容室には連絡してあるから、後で毛先を揃えに連れて行くぞ?」
カッ!と叫ぶ様にそう言うウサギに不承不承頷くヤキモチ焼きの即席助手。
「アミノ酸基分列表示。よし、α-リポ酸、カルニチン、コエンザイムQ10、エラスチン等数品種の投与、現状に加え30%皮下注入。攪拌しろ。繊維芽細胞の活性化…十代に再調整。プール内圧力上昇、下腹部に集中して分子運動を働き掛ける。そうだ、同時に骨盤の歪みも調整するぞ。アームを出せ。少し上腹に被せろ。よーし…─────システム、オールグリーン」
この日の為にあらゆるスケジュールを調整し、この支店の器具、機械の部品一つ一つにまで徹底洗浄、細部点検を実施させ、エルモは燃え上がっていた。
「全く技術屋泣かせの娘だぜ。たったの一年でこうもバランスを崩しやがるとはな。点検だけのつもりだったが、念の為色々用意しといて助かった…」
そうは言いながらも目は不敵に輝いている。
「もう今回は簡単にゃー崩させねぇぞお。最新技術を余さずブチ込んだからなッ⁉︎
ついでに内臓も元気にしてるし、胃も小さめに絞った。姿勢の歪みも治した。どうだッ、ウハハハハッ‼︎太れるものなら太ってみるがいい⁉︎」
そう笑うウサギ社長はクルリと振り返ると、とっととソファに座り寛ぎ始めた不満タラタラな夫の頭に携帯灰皿を投げつけた。
「マイコが起きて着替えて来るまでの間にお前は『説教』とこれから持たせる物の『説明』を聞け‼︎」
沢山のコンパクトチューブの説明をエルモは長々と垂れた。カードを渡され、これらの品は各支店で無料で補充が出来るらしい。
「─────お前にはアレが少しでも見栄えが悪くなった方がいいのかもしれないがな。誰が最初にお前にマイコをその手に預けたのか、忘れた訳じゃあないだろうな?」
ウサギが苛立たしげに葉巻を千切った。
「独身の俺が言うのもなんだが、手塩に掛けて別嬪に戻したアイツは…もう俺の娘も同然なんだよ。泣く泣くヨメには出したが、まだまだ干渉するぞ?舅としてはな」
平常に見えるが説教を粛々とした様で受けるレイクの目は僅かに泳いでいる。それを目の端に捉えると、エルモはどさりと向かいのソファに腰を下ろした。
「言っておくが、俺はこの先アイツを死ぬまでババァにはしねえ。それがイヤならとっとと別れろ。お前程の男は探すとなったら勿論物凄ェ大変だがな。それでもこの世に2人と居ないレベルつーワケでも無ぇよ。で。昔ならいざ知らず、今の俺ならそれが可能だ」
レイクが無言で立ち上がった。静かにさっきを漂わせた男をエルモは嘲笑した。
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次回、ウサギパパン天才万歳の巻。




