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マエブレもなく  作者: ショウゴ
9/37

NO・9

 ロッセリー商会代表のモニカ・ロッセリーは、自分の持つ人脈を使い、ルドルフ王国で世に出しにくい魔物素材を売買する手回しを進めていた。

 

 ここ数日、睡眠時間を削っての頑張りにより、どうにか上手くいきそうである。最初は猛烈な高ランク魔物素材の入手経路を開示しろと執拗に求められたものだが、イベリア大将のカルフェール伯爵家が味方になってくれたのもあり、奏太の名を公にせずにすんだ。  


 過剰に情報を求めるあまり、カルフェール伯爵家を敵に回すよりも、安定的に高ランクの魔物素材を入手できるほうがおいしいと、各貴族も理解したようだ。裏でカルフェール伯爵やその繋がりのある貴族らが、国王に根回ししてくれたのも大きかった。

 

 それでも、愚者たちは入手経路を探っている輩もいる。妙な動きを見せる輩が商家関係なら、ロッセリー商会が全力で叩き潰せばいい。


 カルフェール伯爵家や良心派の貴族たちが、これほどまでに協力してくれたのには、好条件が用意してあるのもあった。それは、買取りの優勢権だ。


 ロッセリー商会が用意する高ランクの魔物素材の買取り優勢権を、王族の次にカルフェール伯爵家ら良心派に与えると話がついている。その結果、街の治安維持に奮闘するウイング兵団にもいい素材が入りやすくなり、好ましい循環ができるだろう。

 

 自分の満足いく仕事ぶりにホッとする。


「代表、そろそろ一息ついたらどうだ?」


 ギルダーはモニカが好きな紅茶の葉を使ったお茶を入れ、机の上にそっと置く。


「そうね。少し仕事も落ち着いたし、そうさせてもらうわ」

 

 モニカはカップに手をつき、優雅に飲む。好んだ風味が口いっぱいに広がり、疲れが心地よく和らいでいくような気がする。


「今さらだが、ソウタをうちの商会に採用させたのは、異能の力で選んだのか」


「そうよ。私が生まれたときから備わった。この眼力でね」


 魔法の特殊属性に並び、異能が備わる者は珍しいものだった。その力は千差万別で、予知能力や魔眼と喜ばしい力から、獣に好かれやすいものやどれだけお酒を飲んでも酔わないと微妙な力もある。


 多岐に渡る異能だが、モニカは運がよかった部類だ。彼女の瞳は、生きとし生きるものを見れば、全身から放射される生体エネルギーが映り込む。幼い頃からその目には、生物の内面を生体エネルギーの色素で表し、また光の明度具合でそのものの生命力の力強さを理解できた。


 人の内面は多種多彩である。濁った色であれば危険性を意味し、鮮やかな色であれば少なくても、彼女自身に害を及ぼす可能性は低い。


 この異能のおかげで、モニカは彼女自身を陥れようとする人間の手から上手く躱し、傾いた商会を立て直すのを大きく貢献した。


「ソウタを初めて見たとき、色あせた無彩色だったわ。この色は凄惨な心痛体験者に多いのよ。そう、初めて出会ったギルダーと同じようにね」

 

 太陽の陽光を、黒く厚みのかかった雲がわだかまり、濃灰色(のうかいしょく)のようだった。


「今の時代、珍しい話ではない」

 

 まだ、ルドルフ王国はそれほど酷い影響は出てないが、この大陸で最大の国家であるアグラード帝国を中心に、摩人との戦争は激しい争いが巻き起こっていた。ルドルフ王国も同盟を結んでいる以上、勇者を中心とした騎士団を出陣させ、帝国に遠征しなければならない。毎回出撃し、死亡者はたくさん出ている。


 歴代最高の実力者と噂が高い勇者が存在していても、死者をゼロにするのは難しいのだ。その結果、多くの血と涙を流していた。


「ええ、そうね。だから、私は同情してソウタを採用したわけではないわ。彼の生命力を示す光の明るさは、貴方やサンドリー総隊長、カルフェール騎士団のイベリア大将を超えるほど輝いていたのよ」

 

 しかも、その輝きには神秘的で、人々を温かく照らしてくれる(てん)(よう)のようだった。


「あのふたりをもか……俄かに信じられない話だ」


「私も、初めて自分の能力を疑ったわよ。けど、私の眼力の正確性は貴方も知っているはず。でなければ、採用初日で一億も貸さないわ」


 モニカの話を聞き、ギルダーは肯定する。


 ソウタには家を買うために少ない手付金で、金銭を貸していた。最初は何年かかるかわからないが、魔物素材を売ったさいに給金から三割引かれる話であった。しかし、蓋を開けてみれば一回の狩りで、余裕で借金を返せるほどの高額な魔物素材を討ち獲ってしまう。


 やはり、モニカ自身の能力を信じるのは、間違いではないと改めて再認識させられる。


「話は変わるが、最近うちの商会を、嗅ぎ回っている連中がいるようだが、どのような対応をするつもりだ?」


「どうせ、どっかの卑しい貴族か、そいつらに媚び売りたい商人たちの手の者でしょう? 放置していても大丈夫よ」


「いいのか? なんなら俺が対応するが」



「必要ないわ。イディリオ副総隊長と話し合って、近いうちにウイング兵団が動いてくれることになっているから」

 

 真面目なギルダーは仕事ができず、残念そうだった。少し歳が離れた兄弟のように十年も一緒にいると、表情を変えずともモニカには彼が残念がる心中は筒抜けであった。


「残念そうね。それでも、ダメよ。ギルダ―は無茶をしがちだから」


「……すまない」


「わかってくれれば別にいいけどね――ねえ、あのソウタとギルダ―が戦って、どれぐらい戦えそう?」


「おそらく、本気でやっても、一分持たないだろう」

 

 トップクラスの傭兵であったギルダ―は、辞めてなおも鍛錬を続け、その実力は衰えていない。むしろ、現役の頃より、剣技も、魔法もすべてにおいて昇華しているように見える。ただし、無茶しがちな致命的なところは、なにも変わってない。


「代表、大変です! ホームアルド商会の代表らが、お見えになりましたっ」


 モルダンの娘で秘書のマリナが、聞き流せない内容を口にし、慌てた顔で事務室に飛び込んできた。


「そんな約束はしてなかったはずだけど……」


「しかし、実際に訪れて、代表に会わせろと述べています」


「ふぅ、相変わらず勝手気ままなさまね。約束もなしに訪れるなんて、さすがあの息子の父親らしいわ」

 

 ホームアルド商会は、基本的に貴族を中心に商売をおこない、貴族が好むような宝石や家具、魔道具や魔導車、奴隷など手広い。他にも、貴族が欲しいものは必ずどんな手を使っても手に入れようとする商会だ。市場の価格を無視した商売で気に入らない商会を潰し、傭兵や狩人が入手した魔道具や魔物素材を強引に安く買い叩くやりかたに、(すこぶ)る評判は悪かった。

 

 そのような商会が、訪れた理由などひとつしか考えられない。Bランク以上の魔物素材入手経路だろう。


「とにかく、一度会ってみるしかないわね」


「私も同意見だ」

 

 ギルダーはモニカの意見に同意し、傍らのソファに立てかけてあった剣を帯剣する。


「なにか仕掛けてきたら頼むわよ」


「ああ、勿論だ」

 

 冷然な表情を浮かべるギルダーは、小さく顎を引いて頷いた。




 モニカらが事務室から店内に出てみると、地味な外套で姿を隠す数人と、ロッセリー商会が護衛で雇った者らが睨み合っていた。勝手に人払いしたのか、店内にはお客たちが一人もいなくなっている。


(営業妨害も(はなは)だしいわね)


 モニカが顔を出すと、中央に立つ恰幅のよい体躯と細身が、外套のフードに手をかけた。中央の男は、ホームアルド商会の代表カルダックだった。その隣には、ファインズもいる。後ろで控える者らは、フードを取らぬままだ。おそらく、カルダックの雇った護衛者だろうとモニカは予想する。


「ホームアルドの代表が、面会の約束もない上にわざわざ営業妨害をしてくれちゃって、さぞ大層な御用なのよね?」

 

 厳しい顔つきで、カルダックらに言い(つくろ)うことなく、皮肉をぶつける。だが、どこ吹く風と様子で、カルダックは随分と嘘くさい笑みで頬を吊り上げた。


「実は最近、ルドルフ王国でうなぎ(のぼ)りのロッセリー商会の手腕に、極意を教授してもらいたいと足を運んだのだよ」

 

 目を細めて笑うカルダック。うっすらと開いた瞳は、暗く濁っていた。彼が知りたいのは、高ランクの魔物素材の一件だろう。教えてくれと言われ、部外者に商会のトップシークレットを言うはずがない。

からかわれているとしか思えない内容に、モニカは不快に感じる。


「悪いことは言わないよ、モニカ。素直に教えたほうが君のためだ」


 見たくもない自信たっぷりのファインズがそのように語り、一層彼女の機嫌を悪くさせた。


「ギルダ―、このホームアルド商会の方々を、お引き取りしてもらって」


「わかった」

 

 寝言を吐く、カルダックらをギルダーと屈強の男たちが、前に出ようとしたときに壮年の男が声に出して笑う。


「誤解しないでくれ、なにもただとは言っとらん。どうだ、貴族とのパイプを欲しくはないか? 私が見たところ、ロッセリー商会は下級貴族と歴史の浅い成り上がり貴族、カルフェール伯爵家としかパイプがないはずだ」


「だからなに? うちの商会は、ホームアルド商会の手を借りなくても、なんの支障もないわ」


「……なるほど。それは残念だ」

 

 カルダックは鼻で笑い、まったく残念そうには見えない態度で、肩をすくめる。


「おい、カルダックちゃんよ。俺も怖い連中に怒られたくないから、てめえとの約束を守ることにしたわけだ。退屈とお預けが大嫌いな俺は、無駄話をさっさと終わらせてくれないと気まぐれ起こして、てめえごと殺しちゃうかもよ」

 

 後ろでフードを被った、一人だけ他のカルダックが連れた護衛者らしき人物らより、細身の体型をしていた。被っていたフードを脱ぎ去り、その姿を見せる。それは、病的に白い肌の男だった。


 中肉中背と強そうに見えないが、彼の狂気の眼光を目にして、モニカの背筋がゾッと冷え込んだ。


「ああ、すまん。どうやら私が提示した好条件の話が、受け入れられなかったようだ」


「くくく、予想どおりだな、おい。素直に高ランクの魔物素材を、どうやって入手したか教えたら、苦しまずに殺してやらんこともないのによ」

 

 ニタリと人を見下す青白い男は前に踏み出し、モニカのもとに向かって歩き出す。護衛者たちはそれを阻止しようと前に出る。


 ところが、ギルダーがそれを止めた。


「止めろ。この男は何かおかしい」

 

 ギルダ―は帯剣する鞘から、剣を引き抜いた。


 気配も、魔力も人間と相違ないというのに、モニカの眼力はそれを否定する。


 正面でたたずむ妙な男は、過去に出会ったどんな悪党よりも、心を闇色に染め、危険な香りを漂わせていた。モニカの目には、光を塗り潰す闇の使者、あるいは死へと導く死神のようにしか映らない。


「貴方たち、ギルダ―の邪魔にならないように離れていなさい!」


「くははははっ、ピーピー泣き喚いても逃さねぇよ!」

 

 モニカの言葉に、他の護衛者は素直に引き下がろうとするも、男は嫌悪感を与える笑声を発し、距離を詰めてきた。護衛者のひとりに手をかざすと、高密度の魔力が掌に結集する。  


 高密な魔力の塊をぶつけられれば、ただの従業員でしかない者は灰も残さず塵となる。


 従業員はなにが起きているのか理解できず、足が立ち止まって動けない。


 動けないのはモニカも同じで、身体が自分の意志に反して思いどおりに従わない。ギルダ―に幼い頃から鍛えてもらっているというのに、動けぬ自分を恥いて焦りが募っていく。


 だが、その場で誰も動けないなか、一人だけそうではない者がいた――ギルダ―だ。


 いつ駆け抜けたのか、一瞬の間で男に肉薄し、気がつけば魔力を結集した男の腕が切り離され、宙を飛んでいた。あまりの素早さに、剣撃の斬り上げる姿が見えなかった。狙いを外した魔力は光の柱となる。

爆発が店内で響かせた。光は天井を一階、二階と貫いていき、四階建の店に風穴を開けていた。


「すまん、代表。上に逃すしか、人的被害を最小限に回避する方法はなかった」

 

 従業員はまだ、勤務時間で働いていたはずだ。今の光に巻き込まれたら、まず助からないだろう。両眼から底知れぬ怒りがにじみ、、麗しい眉をひそめさせた。


「大丈夫よ。償いと請求は、必ず前の下衆(げす)商会に請求するから――だから、不気味な男を気兼ねなく片付けて」

 

 ギルダ―は頷くと、モニカらにこの場から離れるように言う。


「ド派手に暴れるのは一向に構わないが、きちんと魔物素材の入手方法を聞きだしてくれよ? わざわざこの私がやって来たのだから。

 その後なら好きにしてもらって構わない。が、できればこの目でモニカ・ロッセリーと、その従業員たちが絶望して死ぬ姿を見てみたいものだ」


「待ってくれよ、父さん! モニカは俺の奴隷にするって話だっただろうっ」


「くくく、安心しろよ。拷問してでも喋らせてやる」

 

 三人は、愉しそうに話す。ギルダ―に斬り取られた青白い男は、左腕の切り口から今もなおどぼどぼと鮮血が吹き出している。それなのに彼は苦痛に顔をゆがめることもなく、まるで他人事のように。


「あぁぁぁあ、こないだ交換したばかりの身体なのに、もう欠損できちまった。なあ、カルダック、こいつの身体頂いても問題ないよな」


「ああ、構わんよ。その代わりとは言わないが、きっちりと後始末をしてくれよ」

 

 その異常性をカルダックも認知しているように、男と会話を成立させる。モニカはそんなふたりを見て、脳裏にある単語が浮かび上がった。


「――魔人……」


「ほう」

 

 カルダックは愉快げに表情を染める。それは、モニカの言葉を正解と捉えられるものだった。


「貴方、人類を裏切るつもり!」

 

 これは、魔人と対に位置する人類、人間や亜人のすべてを敵にまわす意味で述べた。


「モニカ譲、なにを逆上している? 私はそんなことは、一言も口に述べてないが――ただ、彼とは利害の一致で、協力関係となっただけだ」

 

 勝ち誇った顔で、カルダックはそう宣言する。


「目的を教える気はないでしょうけど、私たちとっては悪い予感しかしないわ。隙を見て逃げるわよっ」


「わかっている」

 

 ギルダーは相手が魔人と知り、最初から本気で攻撃を仕掛けた。筋肉質の長身から、弾けるような瞬発力で、瞬く間に魔人に詰め寄り剣撃を打ちつけた。その一撃は、派手な爆風を呼び覚ます。店内の商品が部屋の端へとバラバラに飛ばされ、カウンターや土台が粉々に散る。

 

 ところが、決まるかのように思えた剣撃を、魔人の右手からのびた黒爪が、肉を裂くのを阻んだ。


「どうした? 本気で倒しに来ていいんだぜ。まあ、無理だろうがな、くくく」

 

 魔人の言葉を聞く耳持たず、すでに次の攻撃に移っていた。左から長剣が流れ、薙ぐ。横から飛んでくる剣撃を、今度は魔人には防ぐ気はなく、落ち着いた足取りでしさり、(かわ)して見せた。

 

 しかし、ギルダーの攻撃はそれでは終わらない。防御を必要としない攻めの剣技は、下からえぐり取るように石畳みを削り、そのさいに魔力を流し込む。ギルダーの属性魔法、《グランドファング》を使うつもりだ。


 石畳みが波打つ。盛り上がる土や石材が幾つもの牙を象り、男へと襲撃する。土の顎は魔人を丸呑みし、牙の先鋭が咀嚼(そしゃく)した。


 しかし、次の瞬間、《グランドファング》は男から放たれた魔弾の衝撃によって、土砂へ(かえ)り飛散させた。


「なんだこれは、砂遊びか?」

 

 Dランクの魔物を一瞬で葬る、ギルダーの得意とする土魔法を、いとも簡単に無効とした。

 

 眼前の出来事に、動揺を見せるかと思いきや、ギルダーの顔色には動揺も焦りもない。それどころか、頭上に跳んでいたギルダーは剣に土砂を上乗せして、鋼鉄の大剣へと変貌させた。オーガが両手を使い、ようやく振るえそうな大剣を重量感じさせずに振り下ろした。

 

 魔人は、それに反応して右腕で受け止めようとする。大剣はガードの上から叩き込んで押し潰した。少し前までは綺麗に組まれた石畳みは見る影もなく粉砕され、大きく陥没させた。

 

 店が半壊しかけるふたりの戦闘に、店の奥からギルダーを見守っているモニカらのもとまで衝撃が伝わる。

 

 こんな派手に暴れていれば、周囲に気づかれるのも時間の問題だ。そうなれば、巡回中のウイング兵団が駆けつけてくれるだろう。それまで、ギルダーが時間を稼いでくれればいい。


「でも、相手は魔人。このままじゃ、平民街が更地へ変貌してしまう」


 ――そのとき、魔人の笑い声が高々に発せられた。


「くはははははははっ、おいおい、やるじゃないか人間にしては! もう、我慢の限界だっ。簡単にはくたばるんじゃねぇぞ、下等種族の戦士!」

 

 魔人は大声でそう口にすると、禍々(まがまが)しい強大な魔力を探知する。すると、寝そべる彼から黒い(もや)が大量に噴き出し、それは内側から壁や屋根といった店全体を盛大に倒壊していき、砂塵を巻き上げて破砕音が重なりあう。フロアだった場所に粉塵が満ち、従業員たちの視界をふさいだ。破片が身体に当たり、目と気管に異物の混入を許してしまう。


 徐々に人の形に変化していく。その影の大きさは四階建のロッセリー商会を超え、国を守る防衛壁ほどの高さとなって平民街に黒い影が差す。それには眼球はなく、眼窩(がんか)と鼻骨が窪んだ巨人へ変貌した。

 

 モニカやロッセリー商会の従業員は圧倒させ、言葉を失う。ギルダーも同じなはずが、誇り高き戦士は気概に満ちていた。


「代表、世話になった」


 振り返らず、そう口にする。覚悟を決めた重い口調と、男の背中を見て嫌な予感が脳天を突き抜けた。


「ちょ、ちょっと、何する気なのギルダー」

 

 モニカは怒りすら覚える口調で、ギルダーの背中に問いかけた。


「あれを使う。その間に、ソウタを呼んでくれ。それ以外に平民が助かる道はない」

 

 ギルダーは高ランクの魔物を、あの気の抜けた顔で平然と狩って生きて帰れる奏太の名を呼ぶ。確かにあの男なら、魔人もどうにか活路を見いだせるするだろう。

 

 だが、それまでギルダーが無事でいるかはわからない。


「――っ!! ダメよ、私が許可しない限り使わないって約束したじゃないっ」


「……」


 ギルダーは魔物の襲撃を受け、長年組んできた仲間を殺された日から、死に物狂いで剣を振り、魔法の鍛錬をする姿をモニカは子供の頃からずっと見てきた。その姿は、哀惜(あいせき)と自責の念から強さを渇望(かつぼう)するようであった。


 冒険者を引退して十年、ギルダーは独自で魔法を創作した。 


 まだ、完成には至ってなく、戦闘本能を増加し、体力も魔力もごっそり持っていかれる。それだけではない。建物より大きいゴーレムを造るには、己の命を対価にしなければならないのだ。その引き替えとして、土属性魔法で作り出したゴーレムと同化し、限界突破した力を得られる。


 しかし、その魔法は完成には至っていない。己がどうなろうと、敵を殲滅(せんめつ)するか意識を完全に失うまで止まらない。命が燃えつきようと、敵を殲滅しようとするそれは、狂人の類で禁断の魔法の部類に入る。


 そのような魔法を従業員に使うのは、モニカが認めるわけがない。


 ――それでも、モニカの制止を振り切り、魔人からモニカたちを守るにはそれしかなく、ギルダ-は《ゴーレムアーマー》を迷いなく発動させた。

 

 足元の土が魔力に引き寄せられ、ゴーレムを(かたど)っていく。その大きさは、ロッセリー商会の建屋と同等のものだ。ゴーレムは石質の全身鎧を装着され、土色の戦士へと遂げた。偉容(いよう)に誇る戦士の兜奥から、力強い輝きの双眸が灯されている。


 モニカが引き止めようとするのを、護衛者や従業員に押され、強引にその場から離れた。


「あの頑固者、しばらくただ働き決定だからね!」


 従業員らとともに店の外に逃げ出だすモニカらをよそに、ゴーレムが黒き巨人に迫った。本来、術者によって造り出された人型のゴーレムは、動きに繊細が欠け、鈍足なものだ。ところが、土色の戦士はその真逆だ。


 おそらく、ゴーレムへの魔力伝導率の向上と、内から直接指示することにより、なめらかで機敏な動きを可能としたのだろう。


 右手を拳へと変え、巨体となった魔人に飛びかかる。固化された(がん)(けん)を腹部に叩き込む。さらに左と岩拳を繰り出し、左右からの連撃は魔人の巨体を殴打した。


 強烈な拳を浴びせ、一歩いっぽ後退させ、ギルダーは従業員から距離を離そうとする気のようだった。


「ちょっと、誰か。今のうちにソウタを早く呼んできてちょうだいっ」


「はっ、はい!」

 

 若い従業員は指示をし、モニカらも含め慌てて倒壊していく商会から脱出する。そんなやり取りしている間に、一方的な攻戦にさすがの魔人も葬られたのでは期待させた。

 

 地面に着地し、ゴーレムは地に掌を向けると、土が盛り上がりゴーレム用の長剣が出現した。それを両手で掴み取って握り直すと地を蹴り、魔人を袈裟斬りする。

 

 ロッセリー商会が建っていた場所は、見るも無惨な商店の姿があった。平民街の人々は、突如街中に現れた魔人やゴーレムを目にし、あちらこちらから悲鳴や怒号をあげて逃げ惑う。


「代表、私たちも今のうちに、避難場に向かったほうがいいのでは?」

 

 そのようにモルダンが提案する。平民街の地下に、カルフィール伯爵の提案で設置されたものだ。緊急時は平民が避難するよう言いつけられていた。


 だが、モニカは否定する。


「あの魔人が生きている以上、安全の保障なんかどこにもないわ」

 

 避難した、ロッセリー商会の五十名余りの従業員を見回す。


「……」

 

 愁眉(しゅうび)を寄せるモニカは、下唇を噛む。

 

 かつてないほど、ロッセリー商会の窮地(きゅうち)であった。


 予想はしていたとはいえ、何名か従業員が欠けていた。怪我をしている者も少なくはなく、肩を貸している者もいる。彼女の心臓をえぐられるような、辛く哀しい思いだった。


 灼熱(しゃくねつ)のマグマが全身を駆け巡る。怒りで思考を真っ白にし、感情の赴くまま魔人に特攻したくなる。しかしながら、モニカは両親から引き継いだ商会の代表だ。彼らの上司であり責任者という立場から恥ずかしいまねはできないと、激発しそうな感情をどうにか(しず)める。


 大切なロッセリー商会と従業員を傷つけられ、どうやったか知らないが魔人と手を結んだカルダックとファインズを、このまま逃すわけにはいかない。


 従業員に指示を出す。


「怪我をしている従業員は、ウイング兵団の施設に運んでちょうだい! あそこには、薬師が駐在しているはずよっ。それと、家族持ちや両親らが心配な従業員は戻って、一緒に避難していいわっ。もし、独身者で私に協力してくれる人がいたら、カルダックを探してちょうだい!」

 

 モニカを囲む従業員が全員頷いた。


 怪我をした者、家族持ちの者は申しわけなさそうにそれぞれに別れた。家族持ちで協力を申してくれる者もいたが、モニカは気持ちだけ受け取って帰ってもらう。今日で平民街だけではなく、ルドルフ王国の最後となるかもしれないのだ。最後となるかもしれない今日ぐらい、家族と一緒にいさせてあげたいというのがモニカの心情だ。


 独身者で協力してくれるのは、二十人ほどだった。


「私の護衛は大丈夫だから、護衛者は全員従業員たちを守ってあげて」


「モニカ代表は、どうするのです?」


「私はソウタを待つわ。ひょっとしたら、行き違いとなるといけないしないし」


「ダメですよ、危険です! もし、モニカ代表がどうしても残るというなら、私も一緒に残りますっ」


 それでは、モニカが危険だとこの場にいる全員から反対される。特にマリナは、商会で一緒に育ってきたのもあって、遠慮もない大反対を受けてしまう。


「話を聞いて。貴方たちにはお願いしたとおり、カルダックとファインズを探してちょうだい。大丈夫、私は魔人に発見されないように、大人しく待っているから」


 とモニカは言いうが、マリナだけではなく他にも何人かが異口同音(いくどうおん)に食い下がる。一刻も早く、カルダックらを捕まえなければならないからと、許可しなかった。   


 モニカも自分の身を守るのを優先するようにと、約束を取り交わす。ロッセリー商会から、奏太の家は歩いて二十分ほどとそう遠く離れていないため、不満は残るも彼女らの説得にどうにか成功した。


 従業員らは、絶対捕らえてやるぞと叫びながら散って行った。

 

 カルダックのほうは従業員に任せるとして、後は魔人をどうにかするかだ。ギルダーも膨大な魔力を使用する《ゴーレムアーマー》は、あの巨体となると短時間使用しただけでも命を削る。そうまでしなければ、あの黒き巨人に攻撃が通用しないのも確かだ。


 しかし、モニカは探知系の魔法は得意ではないが、魔人の魔力を探ってみると、あの禍々しい魔力は少しも減っていないように感じ取れた。

 

 気づくのが一歩遅くれる。(きょ)を衝かれたゴーレムはすぐに後退しようとするが、黒き巨人の指先が勢いよく射出され、苛烈な衝撃と轟音が襲う。身体を折って、軽々と吹っ飛ぶ。ゴーレムの巨体が、平民街の中を滑るように建物を薙ぎ倒して突っ切る。

 

 平民の悲鳴と絶叫が重なって、平民街に阿鼻叫喚(あびきょうかん)の渦に包まれた。

 

 斬りつけられた魔人の身体は、まるでスライムのような身体の構造をしており、鮮血がほとばしることなく、殴られた傷跡すら見当たらない。


 五本の指先は触手のように(うごめ)き、ゴーレムに迫る。ゴーレムは咄嗟に複数の(いし)飛礫(つぶて)を造りだし、迎撃(げいげき)するために魔法を放った。発射された石飛礫は触手とぶつかり合うも、ことごとく破砕されてしまう。触手の動きを止めることができない。


 だが、一呼吸以下だが停滞(ていたい)してくれたおかげで、刺し貫ぬかれるのを免れる。ゴーレムは、起きあがって上に跳んでいた。そこに、魔人はだからどうしたとばあかりに、もう片方の指先が滞空するゴーレムへと襲いかかる。


 ゴーレムは、右手に握っている剣でどうにかいなし、五本の触手を躱しきる。触手の衝撃が凄まじいのが聴覚でわかるほど、剣でいなすたびに重い響きが平民街で鳴り渡った。軟体動物のような身体とは思えない打撃音だ。


 一発目を受けて(ひび)が入り、二発目で刀身が完全に折れてしまう。さらにギルダーが不利なのは、戦場が平民街ということだ。モニカの眼には街に被害が膨大とならないよう、留意(りゅうい)しながら戦っているようにも感じられる。災害ランク相手にそんな周囲を気にかける余裕などないはずだが、彼の優しさが重しとなって臨機応変に動くことができずにいた。


 滞空時間を終え、地面に着地すると土埃を跳ね上げつつ、駆けた。魔人のもとに迫る間に大剣を再び形づくり、右手に得物が握られる。先ほど以上に魔力を込められ、剣の強度は段違いだ。

 

 収縮された触手が撃たれ、黒い太矢が放たれた。身を縦横無尽(じゅうおうむじん)に移動しながらも、その足は止まらない。土色の鎧が削られていく。

 

 しかし、怖気づくことなく、ゴーレムは加速する。スピードに乗ったゴーレムは、魔人の胸元へと飛びかかった。

 

 魔人の左腕が、ゴーレムを捕らえようと正面から伸ばされる。ゴーレムは舞うような動きで、大剣で魔人の掌を横殴りに斬りつけた。腕に肉薄しながら、己の身体を旋回させて、掌、前腕、上腕を斬りつけながら胸部へと接近していく。高速回転する運動エネルギーと撃力をのせて、土で形成した大剣を胸部に突き立てた。


「無駄ダ」


 突き立てた大剣が、粘液の身体がぐにゃりと、鍔もとまで深く突き刺さった刀身を締めつけた。直後、背後から迫った右手に捕らえられてしまう。痛覚がないのか、左腕と胸部に傷を負わされた魔人からは、痛みに悶えることなく様子が皆無であった。


 土色の戦士は、ミシミシと圧迫をかけられる。巨人の握力は、耐久力の高いゴーレムに(ひび)を入れ、それは全身に広がる。


「何ダ、軟イナ。ホンノチョット力ヲ加エタダケダゼ? モウ少シ楽シマセロヨ」

 

 その言葉を反応するかのように、自由が利く右手で殴りつけるも、巨人は平然としていてびくともしない。


「無駄デシタァ。俺ニハ物理攻撃ハ効カネノヨ、ククク」

 

 黒き巨人は土色のゴーレムを高く振り上げると、地面へと叩きつけた。

 

 地響きが弾けるとともに、ゴーレムの商会跡地に墜落する。その衝撃で、土砂の大波が周辺の建物を覆い隠す。瓦礫が四方八方に飛び散る。周囲の建物や舗装された通りに落下し、多大な被害を出した。


「……っ!! もう、人間の戦いではないわ」

 

 彼らの戦っているのはロッセリー商会跡地だが、離れた場所で見ているとはいえ、モニカがいる場所まで被害が及びそうだ。


 振り落とされたギルダーは、地面へと減り込んでいるせいで、彼女には無事でいるかが確認を取れない。そこへ慈悲もなく、練り込まれた魔力の魔弾が放たれた。閃光と爆発音が、ロッセリー商会跡地から上空へと突き上がる。いくら、防御力に定評のあるゴーレムといえでも、あの魔弾を浴びせられれば耐えきるのは難しいだろう。


 視界に入る建物が積み木のように押し崩され、土石が豪快に飛んでいく。吹き荒ぶなかに混じり、石片と砂塵が吹き抜けた。腕で顔を守りながらあまりの爆風によろめき、身を屈めさせる。


 前方が開放的となり、そこには巨大な陥没地が両眼に映し出された。ギルダーの姿は見えず、生存の確認ができなかった。


「ヤハリ人間ハ脆イナ。少シ、力ヲ開放シタラコレダ。ダガ、目的ノ依リ代ガ見ツカルマデナラ、充分か」

 

 モニカはロッセリー商会の代表となってから、幾度も命を狙われてきた。大半はギルダー自身が傷を負わずに葬られるのだが、一度だけモニカが人質に捕らわれたことがあった。ギルダーは手出しできず、暗殺者にいたぶられ、ギルダーは全身を血塗れとなった。もし、ウイング兵団が駆けつけなかったら、危うく死んでいただろう。

 

 ギルダーの致命的な弱点は、一度に仲間を失ったトラウマから、自分を(かえり)みないところだった。今回も、ロッセリー商会のモニカや従業員を守るために、即座に自分の命を犠牲にする選択をえらんでいる。


 《ゴーレムアーマー》を使わなくても、他の方法で時間を稼いでいれば、ウイング兵団や奏太が駆けつけてくれたかもしれない。モニカは、きつい一言を言ってやらなければ気がすまなかった。


「そんなことはさせない!」

 

 モニカは得意の火属性魔法、ファイヤーボールを片手につくり出し、魔人に向かって放った。ギルダーに教わった魔法も、短剣術もまだまだである。魔人に立ち向かえば到底通用するものではなく、無駄に命をちらすだけだ。


 だが、それでも目の前で自分の商会の従業員が、幼い頃からずっと自分を守り続けた人が殺されそうとなっているのに、何もせずに見過ごせるようなモニカではなかった。


「オイオイ、ナンダソレハァ。確カニ魔法ノ攻撃ハ通用スルガヨ、ソンナ微力ノ火力ガ弱点ニナルホド下等種族ノ人間ト一緒ニスルナヨ、バァァァァァァカ!」

 

 そう嘲笑うように目も口もない顔は、右手をモニカに向けると、店内で見せたドス黒い魔弾を投下する。

 

 回避不可能な特大の魔弾は、一直線にモニカへと向かって目を()く。


(こんなところで終わりなんて……皆、ごめんなさい)

 

 モニカはここで死を覚悟し、視界が白く塗りつぶされた。


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