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マエブレもなく  作者: ショウゴ
7/37

NO・7

今日は少し長いです。

 ウイング兵団が平民街に構える施設の執務室に、キリカは足を運んだ。扉の前で立ち、ノックをする。いるはずの人物から、入室の許可を求めた。


「キリカよ」


「どうぞ」

 

 入室すると、イディリオは積まれた書類に視線を向けたまま応対する。


 細身に、ほどよく筋肉がついた体躯。まだ、白髪が生えるには早い三十手前だが、彼の苦労性が茶髪に混じって目立つ。机に向かう背筋は、彼の性格を表すように姿勢がよく、キリカと変わらぬ表情が乏しい。


「どうでした、彼は?」


「想像以上に、ソウタの戦闘力は逸脱していたわ。ひょっとしたら、彼ひとりで魔人と相手できる――今代の勇者のように」


「なるほど……歴代最強と名高い方と比肩(ひけん)ですか」


「貴方は信用しないでしょうけど、国を荒らすような人物ではない」

 

 キリカは自身の勘と、一杯四百ヘルと安価で平民しか食べないソバを、彼は美味しそうに何杯も平らげる姿を見せた。美味しいものを食べて、素直に笑顔を浮かべられる。加えて惰眠を(むさぼ)る彼が、災害を起こすとは思えないと判断をした。


「そうですか。今は危険がないという件では、信用しましょう。キリカさんが無事に帰ってきましたからね」

 

 副総隊長のイディリオは、ウイング兵団の参謀と運営を務めている。


 民を思いやれる貴族は少ない以上、思慮深く彼らに危害が及ばないよう、防衛策を考えなければならない。

 

 ルドルフ王国の平民が生き残れるかは、良心派のカルフェール伯爵とイディリオの肩にかかっているといっても、決して大袈裟ではなかった。


「では、引き続き彼の件はお任せします」


「そう。話は終わり?」


「いえ、もう一点あります。今日の昼頃にルドルフの平民街で、魔人の魔力をごくわずかですが、探知したと情報が入りました。もっとも、誤差の範囲内ですがね」


「教会からの情報?」


「いえ、冒険者ギルドからです。なんでも、探知魔法に長けた冒険者が、東地区の人通りが少ない路地で探知したそうです」


「そう。教会からなら十中八九デマでしょうけど、それを考慮しても、信用できる情報かは微妙なところね」

 

 真面な人格の持ち主なら、守銭奴の教会は信用できないが平民の考えだ。自分らの都合のいい教えを垂れ流し、高額な治療魔法をかけようとする。そんな悪質な商売をしている教えなど、信用するものは洗脳や弱みを握られないかぎり、誰も聞き耳を持たないだろう。


「まだ、話には続きがありますよ。冒険者のかたが勇敢にも、その路地に足を踏み入れ、見るも無残な遺体を二体発見しました。遺体の身元は、ホームアルド商会の奴隷です。彼らは、代表の息子ファインズの護衛をおこなっていた方々でした」

 

 奴隷ふたりの遺体は胸を貫かれた者と、頭部を砕かれた者がいたという。

 

 ホームアルド商会に遺体を見てもらい、確認を得ての話だ。ファインズが外出する際は、常に護衛者として控えていたのを街中でよく目撃されている。そのため、ファインズ本人から直接話を聞きたかったのだが、ファインズの体調が優れないということで、また後日となった。


「今、騒ぎを起こされないためにも、住民に気づかれないように注意をはらい、探知に長けた優秀な方々に街の巡回をお願いしています。キリカさんにも負担をかけてしまいますが、ソウタさんの監視と並行して魔人の捜索をお願いしたいのです。

 もっとも、結界が敷かれたこの国で、魔人が入国できるとは考えにくいですが、なにせ私は気が小さいので念のためです。心配の種があると、私は熟睡できない性質なので」

 

 ルドルフ王国には賢者と賞賛された男が、モルンヌの森から漏れる魔力を動力とし、半永久に魔人の手から国を守護するため、結界を開発することに成功した。そのおかげで、魔人はルドルフ王国に入国するのは不可能といわれている。


 もし、入国することが可能と国民がわかれば、大混乱をきたすだろう。


「その情報を知っている者は?」


「探知した冒険者と、冒険者のギルド長。そして、一部の隊員と私、キルカさんだけです。情報ギルドも、死体の件は騒ぎになっているので知っているでしょうが、魔人についてはつかんでいないでしょう」


「サンドリーは知らないの?」


「あの人にお知らせすると、子供たちを守ろうと騒ぎ出しますからね。ギリギリまで知らせないほうがいいと、私は判断しました」

 

 敬愛する人物であるが、その情報を聞いた瞬間、すぐにでもあの禿頭(とくとう)が慌てふためいて部屋から飛び出して行く姿を、キリカの目に浮かぶ。


「私も、同感」


「ご理解頂けてよかったです。それでは、宜しくお願いします」

 

 詳しい詳細が書かれた書類を受け取ると、キリカは一室から退出した。




 部屋を出ると、通路の奥から煌びやかな騎士の鎧を身にまとう、ウイング兵団の創始者が訪れていた。イベリア・ハイル・カルフェール大将だった。同性でも憧憬(どうけい)する、類い希な美貌と威厳。国を思いやる情熱の心根を赤い髪へと具現させ、肩口で切り揃えられている。


 彼女の背には(せい)(そう)を帯びる。初代カルフェール家は賢者もあって、代々魔法で有名な家系である。イベリア大将は魔法を当然とし、槍の名手でもあった。


 彼女は、優雅な笑みを湛えて言う。


「キリカ殿、久しいな。体調はもう大丈夫なのか?」


「ええ」

 

 前回、イベリアが開いてくれた食事会を、疲れを理由に断っていた。


 相手は貴族の伯爵さまだというのに、キリカは敬語なしで返答するも怒った様子が見られない。普通なら許されない行為で、極刑に値してもおかしくないのだ。


 だが、平民が教養をないのは珍しいことではないし、礼節を知らないのも不思議ではなかった。事情を理解しているイベリアは、平民に寛大な対応を見せている。


「それは何よりだ。帰還したその日に開いてしまって、配慮が足りなかった」

 

 鷹揚(おうよう)に頷き、謝罪の言葉を述べた。


 イベリアは希少にも、人徳を持った貴族である。貴族には理解できない民を思いやる人格と、しかし甘いはけではなく、道理を外れた輩を決して許さない毅然な姿は、人々の感嘆と畏敬をさそい人気が高い。


「そ、それで、サンドリー総隊長の顔が見当たらないのだが、どこに行ったか知らないか?」

 

 今さっきまで、騎士に相応しい真摯(しんし)な態度を見せていたイベリアが、頬を薄っすらと紅色に染め、口早に言葉を並べ出す。

 

 調度、昼食の時間帯に訪ねて来たのも、ウイング兵団の総隊長を食事に誘うためだと、キリカは推測する。


 イベリアはサンドリーに恋をしていた。


「訓練場にいなかったら、おそらく街の見回りか、孤児院にいると思う」

 

 ウイング兵団のトップであるサンドリーであるが、彼が現場で動いているほうが性に合うと言い、他の隊員と一緒に平民街の巡回に参加していた。


「そうか、相変わらず民を思いやり、子供を可愛がる優しいおかただ」

 

 イベリアはまるで自分のことのように顔を綻ばせ、嬉しそうにそう語る。その笑みは、息を呑むほど美しい。

 

 確かに今時珍しいほど正義感が強い男であるが、強面の筋肉隆々で禿頭である。野獣のような男を、イベリアは異性と見て意識する感性が、キリカは理解できなかった。


 貴族連中には信じられないほど、器量が整った者たちが多い。が、それでもピンキリがあり、サンドリーを見れば例外が存在するのが頷けるだろう。もしかすれば、そういった眉目(びもく)秀麗(しゅうれい)らを見飽きて、顔面偏差値の低いサンドリーを新鮮に感じているのかもしれない。


「では、いつ頃戻って来るかわからぬか?」


「多分、もう少しすれば戻って来るはず」


「そうか。では、応接室で待たせてもらうぞ」

 

 そう話、イベリアは一階の待合室へ向かった。だが、イベリアの背後に控えていた目の吊り上がった女性が、ひとりだけその場に残っていた。ニヤニヤと白い歯を見せ、キリカへ顔を向けていた。

 

 いつ見ても長い金髪は、彼女の屈折した性格を表しているかのように飛び跳ねていた。


「腕は鈍ってないようだな、キリカ」


「貴方こそ、女のくせして変わらず危険な目をしているわね。まるで、獲物に飢えた獣」


「私が誰だか知っていて、そんな軽口を叩けるのはお前ぐらいだよ」

 

 イベリアと話している間、動作ひとつ見逃さないとばかりに鋭い視線を感じていた。ウルフのような凶暴の瞳をぎらつかせて。


 冷たい笑みを浮かべ、腰に剣を吊す柄に掌を添える。今にも抜剣しそうだ。


 彼女の名はレイア。噂では、とある名家貴族の庶子(しょし)だという。本妻の子でなくとも、金には困らない好待遇であるはずだが、レイアは問題を起こして貴族の家を追い出された。どのような経緯があったかキリカは知らないが、その後カルフェール伯爵家に拾われて騎士団に入隊する。歳は一九で、イベリアの護衛に選抜されるほどの実力者だ。

 

 魔法の実力もさることながら、剣の実力はカルフェール騎士団でもトップを争う天才である。しかし、そういった者らは、得てして人間的にどこか欠落している。イベリアの場合は男の美的センスがなく、レイアは戦闘狂だ。

 

 キリカの戦闘力の高さに目に留まってから、なにかと絡んできて辟易としていた。

 

 だからといって、キリカは黙ってやられる殊勝(しゅしょう)な女でもない。戦闘態勢に入るキリカは、背の細剣に手をかけようとしたとき、レイアの背後から柔らかい口調をさせた男が、ふたりを呼び止めた。


「そこまでだ、レイア。ここで問題起こせば、イベリアさまのお怒りを買ってしまうのは知っているだろう」


「それは、さすがに怖いねぇ。サンドリーに関わったことになると、あのお嬢様は寛大さがなくなるし」

 

 同僚の騎士のひとりに注意され、レイアは不平そうに舌打ちするも、柄から手を放すことはない。


「すまない、キリカ隊長。何度もあんたに絡むのは止めるよう、注意しているのだが。こいつは先輩の話をろくに聞かない」


「貴方が悪いわけではないけど、この女には再教育が必要」


「耳が痛いな」

 

 同僚の名はカルディ。レイアより少し年上で、彼女の後始末させられている先輩にあたる騎士である。屈強の肉体と、鉄壁の結界魔法は守護騎士になるために生まれてきたといえる。気の抜けた口調で、面倒見のいい男だった。


「お前が言えた口かよ。うちの大将にタメ口を利くような脳足りんのくせによ」


「うるさい口。思わずその首を切り落としたくなる」


「は、おもしれぇ。なら、どちらが速く切り落とせるか試してみるか?」


「おいおい止めておけって、こんな場所で」


 ふたりから危険な眼光がぎらつき、怪しい空気が漂い出す。


 自分の得物に触れて鯉口を切り、同時に刃を抜く。その速さは同格だった。

 

 上から振り下ろす、キリカの銀流がほとばしる細剣。下から切り上げるレイアの緑色の粒子が宙を舞う魔剣。

 

 互いの斬撃が(かす)む高速剣が激突する――その寸前、二本の剣がぶつかり合う手前で止まった。


「お前ら、沸点低すぎ」

 

 カルディは緊張感もなく、ふたりの刃を魔力でコーティングする、やや刃渡りの短い双剣で受け止めていた。


「おい。空気読めよ、カルディ」


「職を失ってもいいのか。ただでさえ、お前の評判は悪い。カルフェール騎士団をクビになれば、この国で真面な仕事に就くのは無理だ。それに、キリカ隊長だってここで騎士団に切りかかったことが広まったら、ウイング兵団を気にくわない連中に、つけ込まれる理由を与えてしまうのはわかっているはずだ」


「揉み消す」


「葬る」

 

 ふたりは変なところで気が合い、ともに危ない言葉を発する。キリカもレイアも、スイッチが入ってしまい、どちらも剣を引こうとしなかった。

 

 だめだこいつら、と心労が絶えないカルディは草臥(くたび)れた肩を落とした。

 

 そこで、イディリオが仕事をしている執務室の扉が開く。


「何をやっているのですか、騒々しいですね」

 

 出てきたのは勿論イディリオ本人だ。何事だと出てきた彼は、キリカら三人の姿を見て、眉間を親指と人差し指で揉み解す


「キリカさん。こんなところで、遊んでいる時間はないはずですが」


「この女が、仕事をさせない原因」


「はぁ? お前だって、途中から乗り気だったじゃねぇか」


「まあ、こんな感じで、俺は止めていたんですけどねえ。ふたりが一向に止めない感じで」


「なるほど、いつものいざこざですか。キリカさん半年間減給になるか、今すぐ仕事に向かうか、どちらがいいですか?」

 

 ただでさえ高くない給金だというのに、さらに減給されれば美味しい食事やお菓子を我慢しなければならなくなる。彼女にとって食べる行為は唯一の癒しだというのに、キリカとしては死活問題となる。

恐ろしい罰の内容を耳にし、キリカは素直に剣を引いて鞘に戻した。それを見てレイアもまた、しかたなしとさせた顔で渋々剣を戻す。


「いくわ」


「はい。それではお願いします」

 

 キリカは早々(はやばや)な足取りで、仕事へと向かった。


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