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マエブレもなく  作者: ショウゴ
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NO・2

 ウイング兵団のキリカたちは、国から任務を命じられた。カルフェール騎士団が勇者とともに魔人討伐で国を離れている間、ルドルフ王国の領土内を巡回するようという内容であった。常日頃は、カルフェール騎士団が主に行っている仕事内容である。

 

 魔人とは人類が共通する敵と幼い子供まで認識され、災害を撒き散らす輩だった。


 人と比較にならない身体能力と魔力を兼ね添え、世界から人を殲滅させようと十年前から激化し、人類と魔族の間で戦争が引き起こっている。一昔前ならエルフ、獣族、ドワーフといった亜人と人間は不仲であったが、徐々に人類が劣勢に立たされると、魔人と対抗するために同盟を結んだ。今では人類は各種族と連携を取り、旺盛(おうせい)に士気を高め、人類の存亡と覇権をかけた戦いを行われている。


「皆、頼むだぞ」

 

 ウイング兵団を率いるサンドリ―総隊長の冷厳(れいげん)な視線が、会議に列席する各隊長らへ向けられ、全員が力強く首肯した。


 人類の敵は魔人だけではなく、魔物も魔人と同様に危険な生物だ。本来ウイング兵団は街の治安維持を目的とした組織で、領土内の巡回は国が管轄する問題である。それなのに、勇者に同行しない他の騎士団は出動せず、ウイング兵団に押しつけて傍観に決め込んだ。


 彼らは平民と男爵といった、下級貴族の当主権のない者たちで構成される。主な仕事は平民街の治安維持のために組織され、騎士団にはあてはまらない守兵に近い立場だった。


 上級貴族からすれば、代わりはいくらでもいる都合のいい兵士にすぎない。全滅してでも、国への脅威を拭い去れれば御の字だと、彼らの考えは見え透いていた。


 下級貴族と平民を中心に構成されたウイング兵団の装備は、当然のように上級貴族に比べて魔法を付与された装備品は少なく、その差を埋めるようにサンドリ―を中心にウイング兵団は厳しい訓練を課していた。


 この国は一部の高潔な貴族を除き、上級貴族のせいで国は腐敗している。


 キリカ自身は、国がどうなろうがあまり興味はない。ウイング兵団を首になれば、引き抜かれる以前の傭兵に戻り、よその国で活動すればいいだけだ。だが、それも長くは持たないだろう。どっちにしても、根本的な魔人をどうにかしなければ、人類に未来などないのだから。




 半世紀ほど前、魔物から取れる魔石を燃料にして動く鉄の乗り物、魔導車が開発された。貴族や裕福な商人は、馬から魔導車に乗り替わっていた。


 速度は馬の最速を超え、魔人や魔物の戦闘でも生存率は上向きの成果を出していた。


 ウイング兵団も、魔導車を所持していた。錬金術師に作らせた魔法の弾丸、魔弾を飛ばす主砲を搭載されている。攻撃力重視に作られた重装甲魔導車を十台に、中口径の砲を備えたかく乱を目的に作られた軽装甲魔導車を三十台用意していた。


 ウイング兵団は、国から貰える軍事費は騎士団に比べて微々たるもの。そのため、支援なしではあのような重装備された魔導車は購入できない。


 支援者はルドルフ王国の騎士で、大将は三人しかおらず、その内のひとりであるイベリア大将はウイング兵団の創立者でもある。平民街の防衛強化にと、魔導車を支援してくれていた。


 キリカが聞いた話では、主砲の威力は分厚い鉄板をも貫くという。


 ウイング兵団が領土内を巡回するよう命じられてから、三ヶ月が経とうとしていた。


 今回は三番隊のキリカも参加している。ルドルフ王国の南へと二日進行して、明日か明後日には領土の境目に到着しようとしていた。西に連なる山岳地帯に太陽が沈みつつある。金色に赤みを混ぜて輝かせ、東の空を黒い影に染めようと押し広げていった。


 今日の進行はここまでにして、野営準備に隊員たちは幕舎(ばくしゃ)の設営に取りかかる。その最中、付近を警戒していた隊員が、人がひとりこちらに向かって来ているのを発見する。


「止まれっ」

 

 その声に、野営準備をしていたウイング兵団全員が、怪しい風貌の者を警戒した。剣士は剣を抜ける態勢を取り、魔法使いは魔法補助を目的とする、腕輪型の媒介(ばいかい)に魔力を込めた。


 数メートル手前で相手の歩みが止まると、他の部隊の隊員が声を張りあげた。


「私たちは、ルドルフ王国のウイング兵団だ。貴方は何者かっ」


「久しぶりに人と会ったというのに、なんだかピリついた雰囲気だな」

 

 中肉中背の男は答えた。武装したウイング兵団の前だというのに、緊張感もなく気楽な口調で語り、しかし魔導車を見ると驚きの顔を浮かばせる。


「聞こえているのか、名をなのれっ」


「あーわかったわかった」

 

 男は気怠そうな表情で述べた。適当に切り揃えられたボサボサの髪を掻き(むし)る。この辺では珍しい黒髪黒瞳と平たい顔の男は、見たかぎり普通の人間のように思える。

 

 ただし、服装は白一色の貴族が着るような紳士服を身に包み、靴までも白の革靴を履いていた。外套の背中には、手の込んだ美しい竜の刺繍(ししゅう)が施されていた。どれも気品溢れるデザインで、その衣服を着衣しているだけで高貴な家柄なのを窺えさせる。さらにその衣服からは高密度の魔力を探知し、難度の高い魔力付与がされているようだ。


 キルカは幼い頃、一度だけ魔人の姿を視認した過去がある。鬼気迫る濃密な威圧感とは違い、目の前の男は鍛錬を積んでいない人間程度の魔力しか感じられず、なにも恐れるものはないはずだった。それなのに、長年キルカの命を救ってきた勘が、彼は普通ではないと告げている。

 

 人間の身を被った魔人かと一瞬脳によぎったが、魔人の闇に覆われた邪悪な気配とは違い、嫌悪感は感じ取れない。


「俺は相原奏太。気がついた知らない場所にいて、人の住む街を探している――これでいいか?」


 サンドリーとイディリオは、今後の進行で打ち合わせを取り止め、奏太と名乗る男のもとに向かおうとした。それに参加していたキリカが声をかけ、勘で感じたことを教える。


「一応気をつけて、あいつただ者ではない」


「危険を感じるか?」


「悪意はまったく感じないから、敵ではないと思う。けど、用心に越したことはない」


「わかった。参考にさせてもらおう」

 

 サンドリ―たちは奏太と名の男から事情聴取を取り始める。奏太は反抗する素振りを、一切見せなかった。それどころか、人が住む街の情報が手に入り喜ぶ姿まで見せる。

 

 サンドリーは話してみた結果、悪い人間ではないと結論を出す。そして、あんな派手やかな衣服を身にまとっているが、彼は平民だった。


「もう、遅い時間だ。どうだ、一人での野営は危ない。俺たちと野営したほうがいいと思うのだが」


「そうだな。他にもルドルフ王国について訊きたいし、悪いけど仲間に入れてもらうか」

 

 というわけで、ウイング兵団の野営地に男を迎えた。


 奏太と言う男は、奇異な体験者だった。故郷で友人らと一緒にいたところを、なんの前触れもなく、しかもほんの一瞬で、このアルバーニア大陸とは別の大陸らしき場所にいたと話す。しかも、人は存在せず、彼が呼ぶモンスターという生物しかいなかった。さまざまな悪戦苦闘を重ね、アルバーニア大陸へ渡ってきたようだ。


 なんとも信じがたい話しだが、キリカには嘘を言っているようにも感じ取れなかった。


 さらに彼について話を続け、奏太は魔物や魔人について知らなかった。それどころか、奏太の故郷には魔物も魔人も存在しないと語り、ウイング兵団を大きく驚かせた。

 

 奏太の住んでいた国について尋ねてみると、海に囲まれた島国で日本という国名だと言う。キリカどころか、サンドリーもイディリオもそのような国名は聞いたことがなかった。

 

 翌日の朝、不思議な男と別れの時が訪れた。


「本当にお金なんか貰ってよかったのか?」


「ああ。といっても、入国税と二、三日暮らせるていどで悪いが。後は念のため、この手紙を入国審査する守兵に渡せば、無事に入国できるはずだ」


「ああ、助かった」

 

 サンドリーは情報料という名の建前で、資金とルドルフ王国まで辿り着くまでの数日分の、食糧と飲料水を手渡した。


 禿頭(とくとう)で巨躯の彼は、定年後は孤児院を開きたいと考えるほど子供好きで、正義感が強く困っている人を見捨てられない性格であった。


「そうだ。お礼にこれやるよ、総隊長」

 

 そう言って、ポケットからなにかを取り出す。


「なっ、どうしたんだこの魔石!?」


 それは、掌サイズの赤色に鈍く輝かせる魔石だった。通常の魔石とサイズはさほど違いはないが、濃縮された魔力は段違いだ。どれだけ、大物の魔物を狩れば取れるのか想像しにくい。


 武器も媒介もなしにこれほどの魔物を狩るとは、サンドリーが驚愕するのも不思議でもなかった。


「その驚きようだと、やっぱ価値はあるようだな」


「ああ、おそらく二、三百万ヘルで買い取ってくれるはずだ」

 

 サンドリーは冷や汗をかきながら説明をする。キリカも同意見だ。通常魔石は冒険者ギルドか、商人の素材屋で売買できる。冒険者で狩った素材は、冒険者ギルドで売買しなければならない決まりだ。


 一般の単価より、二割少なく天引きされてギルドの運営費として使われるが、そのおかげで安定的に仕事が用意され、仕事の安全面を向上に努めてくれるのだから文句は言えない。  


 冒険者ギルドに入会せず、金銭面優先させ、魔物狩り一本の命知らず者達を狩人と呼ばれる。彼らは、商人が営んでいる素材屋で魔石や魔物素材を売り捌き、天引きなしに買い取ってもらっている。


「こっちだと、一泊いくらぐらいするんだ?」


「最安でも三千ヘルかかりますが、安全面と環境面を見ますと、五千ヘルは必要ですね」


 奏太の疑問を、ウイング兵団の参謀役を務めるイディリオが答える。


「なるほど、この石の価値がわかったよ」


「そう言うことだ。だから、この魔石は貰えん。気持ちだけ受け取っておく」


「いや、気持ちだけじゃなくて、受け取って貰っていいぞ。似たような魔石だっけ? そんな石はまだあるからな」

 

 奏太はポケットから三つ取り出して、サンドリーたちに見せた。先ほど見せた魔石と同類の物だ。


「「「……」」」

 

 やはり、彼がただ者ではないという、キリカの勘は正しかったようだ。奏太は遠慮して断るサンドリーに無理やり引き渡した。

 

 まだ、驚愕している二人を放置し、キリカは入手方法を訊く。


「その魔石、貴方が魔物を倒して手に入れたの?」


「ああ、ここまで来る間に虎と似た奴が襲ってきたから、邪魔だったから仕留めた」

 

 キルカは虎と言う物はわからないが、地面に絵を描いてもらう。彼の絵は個性的だったが、ニードルタイガーと特徴があった。Cランクの大型の魔物である。鋭い牙や爪もさることながら、尻尾の毒針も掠っただけで即死させる猛毒を持っていた。そんな危険な魔物を、気楽な口調で仕留めたと話す彼は、はっきり言って異常だ。

 

 キリカはもともと感情を顔に出さない人間で、恐怖を感じにくい性格をしていたのだが、底の見えない奏太の強さに恐怖を覚えた。


「そう。ありがとう」

 

 キリカに軽く返事を応える奏太は、そんなキリカの気持ちを気づくことなく、心身ともに緩みきった表情を浮かべている。


 さほど警戒を強めるような魔物の殲滅(せんめつ)でないため、任務を完了後でよければ、魔導車に乗車させて国まで送って行ける。


 サンドリーは、数日任務に同行してもいいなら、魔導車で国に送ってもいいと事情を説明すると、


「いや、大丈夫だ」

 

 彼は気にした様子を微塵に表すことなく、ルドルフ王国へと歩いて行った。

 

 ウイング兵団は再び、魔人に向けて魔動車を走行させる。サンドリーは車中で奏太から受け取った魔石を見つめた。


 ウイング兵団は末端であるが軍隊に属し、金品の受け取りは禁じられている。そのため、奏太から受け取った魔石は、サンドリーが(あし)(しげ)く通う孤児院に寄付するのだろう。


「凄い奴だったな」

 

 魔物や人類の戦闘力はF~Sランクに階級分けされる。人の戦闘力はCランクで一人前と呼ばれ、Bランクで達人。Aランクとなると、歴史上勇者や賢者と呼ばれる化物たちだ。それ以上となると、単独で魔人と争える者がSランクとなる。


「いいの? ウイング兵団に誘わなくて。かなりの戦力になると思うけど」


「ああ、是非うちにほしい人材だ。任務が終わった後に酒でも飲み交わしながら、入団してくれるように頼むつもりだ」


 強面を顔全体で笑顔を刻みながらそんな台詞は吐き、そうとキリカは淡白な一言で返した。


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