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マエブレもなく  作者: ショウゴ
17/37

2-プロローグ

更新遅くなりました。


言い訳は、活動報告に書いてあります。

 男女五人組の冒険者パーティー、ミーティア。冒険者の中で知らない者はいない、トップクラスの実力者パーティーだ。

 

 ルドルフ王国でしばし拠点としていたミーティアは、冒険者ギルドから依頼を受けた。依頼内容は、ルドルフ王国とアグラード帝国を結ぶ街道沿いのシラフの森に、凶悪な魔物が住み着いたという。凶悪な魔物は、シルフの森近くを通った人間を襲い、問題になっていた。


 ミーティアが依頼を請ける前に、他の知名度のある熟練の冒険者が何組も失敗しており、生き残った者は皆無だ。明らかの異常事態に、冒険者ギルドでは対応できる範疇を超えると国に報告するも、昨今魔人の活動が活発となってきたアルバーニア大陸では、各国の軍隊は魔人のことで警戒して魔物につては構っていられないのが現状であった。


 ルドルフ王国の冒険者ギルドは、ミーティアにシラフの森へ偵察の依頼をする。ミーティアの損失は、冒険者ギルド業界にとって大打撃となる。そのため、自分たちの命を第一優先にするよう念押しされた。


「ギルダー、今回の依頼どう思う?」

 

 ミーティアの火力を補う若い女性、シャーロットが訪ねて来る。ギルダーとシャーロットは、冒険者になりたての一五歳の頃に知り合って組んだ仲だった。頼もしい三人も加わり、ギルダーを中心に実力者の五人でミーティアを結束する。


 ミーティアは怒涛(どとう)の勢いで世に知られる冒険者まで上り詰め、誰もがそれに見合った戦闘力を保有している。


「俺たちが依頼を請ける以前の高名な冒険者たちは、全パーティーが生きて帰ってこなかったらしい」


「いつも以上に気を引きしめないと、ね」


「そうだな」

 

 ギルダーが知るかぎり、シルフの森はごくありふれた森であったはずだ。森の規模もとりわけ大きいわけでもなく、珍しい素材や鉱石が採取できるわけでもない。自発的に入りたいという森ではなかった。

 

 シラフの森へ到着して目の前には、鬱蒼(うっそう)とした樹々が広がっていた。中に入ると冷たい空気に包まれる。森の中は陽光を遮るよう、枝葉が森を覆っており薄暗い。


 異様な空気がピリピリとギルダーの肌を突き刺し、鎌首(かまくび)をもたげる。これは魔法ではなく、幾度も修羅場を潜り抜けて培ったものだった。ギルダーは先頭を歩く、ミーティアの中で一番偵察が得意なディナーノに声を投げかけた。


「ディナーノ、嫌な予感がする。油断するなよ」

 

 ディナーノは、後ろを歩くギルダーに首だけ振り返り、黙したまま頷いた。

 

 森の奥に進むにつれて嫌な予感が増し、身体の内で煩く警報を鳴らしていた。ギルダーだけではなく、ミーティアの全員がなにか不穏なものを感じ取って表情が険しい。


「おい、ギルダー。この森は普通じゃねえ。ここは引いたほうがいいんじゃねぇか?」

 

 サナルドがこれ以上進むのは危険だと促す。それにはギルダーは同感だが、森の中に踏み込んで、いまだに魔物一匹と遭遇していないのに、依頼の仕事を放棄して引き返すのはどうかと判断を悩ます。

 

 そのとき、エメリアが口を挟む。


「なによ。自信家のあんたらしくない。ビビっているの?」


「臆病風に吹かれたわけではねえよ。五体満足で平穏な老後を送りたいだけだ、俺は」


 つまらんところで死にたくないと、サナルドは溜息を漏らす。


「ふん、意気地なし。トップパーティーのミーティアに入っていて呆れるわ。どんな魔物が現れようと、私たちなら負けるわけがないわよ」

 

 勿論、少々自意識が強いエミリアではあるが、本心からの言葉ではないだろう。エミリアの明朗(めいろう)快活(かいかつ)なさまは、ミーティアのムードメーカーとなっていた。今回も、場の空気を和らげようと、サナルドにニイッ――と笑んで挑発染みた言葉を浴びせたのだ。

 

 エミリアの挑発に乗ったわけではないが、言葉を引っ込める。サナルドのその表情は、渋々納得したと言うより、面倒そうなのが色濃い。その後、全員で話し合った結果、ギルダーらは警戒を強めて森に踏み入いることにした。

 

 五人は森の中を慎重な足取りで歩き続けると、森が開けた場所が忽然(こつぜん)と現れる。その場だけは遮光されず、天からの陽光は降りそそぎ辺りを照らしていた。

 

 不穏の空気が、ギルダーの背中を這いずり回り、全身が警報をけたたましく鳴らした。

 

 ギルダーとディナーノは得物を抜き放ち、三人もそれぞれの得物を抜きさる。

 

 まだ、視認できないが近くにいるのは確かだと、ギルダーは確信めいたものがあった。魔力を身体から解放して、視力と聴覚、全身の細胞を活発に働かせて敵の気配を探る。


「これは……囲まれている」

 

 ディナーノが周囲を探り、誰よりも早く魔物の気配を探知する。


「嘘よ、ついさっきまで、魔物の気配なんて感じなかったし」

 

 エミリアの声音が、緊張感を混じらせて漏らした。


「どうする、ギルダー。さすがにやべぇぞ」


「ディナーノどこが、一番敵の気配が薄い」


「正面だ」


「なら、一番気配がする場所は」


「来た道、後ろだ」

 

 ギルダーは自分たちから、気づかれないうちに包囲してみせた魔物を強敵であると理解する。そのために、正面の気配が薄いのは、あまりにもあざとすぎるせいか罠の可能性が浮上した。高名の冒険者を全員帰らせないのだ、魔物は知能が高く狡猾(こうかつ)性を持ち合わせてもおかしくはない。


 単純に魔物らが卓越した戦闘力で、冒険者たちを森の肥料にした可能性も捨てきれないが、防衛本能がただちに後方へ逃げろと叫んでいた。


 ギルダーは決断を下す。


「シャーロット、後ろに特大の火炎魔法を撃ち込んでくれ! その後、俺とエミリアで追撃する。残りの二人は、道を作るまで時間稼ぎを頼む」


「「「「了解!」」」」

 

 シャーロットはカルフェール伯爵家のご令嬢へ、炎属性の魔法の教授を頼まれるほど優秀な魔法使いだった。また、シャーロットの麗しい美貌から爆炎の美姫と尊称(そんしょう)され、畏怖とともに男たちを大いに色めき立たせていた。

 

 大玉の火炎級を放ち、爆炎がほとばしる。魔物が大量に燃料となって、森を巻き込んで大火に見舞われた。すぐさま、生き残った魔物にギルダーとエミリアの斬撃が断ち切る。

 

 魔物の包囲をこじあけ、逃走経路を確保することに成功する。


「今だ! 逃げるぞっ」

 

 ギルダーが声を発し、後ろを振り返ろうとしたそのとき、


「ソンナニ急イデ、帰ラナクテモイイダロウ?」

 

 烈風のごとく吹きつけ、威圧が伴った濁りのある声に、ギルダーたちを硬直させる。


 背中を預けていたディナーノとサナルドの上半身の姿がどこにもなく、鮮血が下半身から噴出していた。少しして、立ちつくしていた下半身が倒れさる。


 二人に成り代わり、奇怪な存在がその場に姿を現す。巨躯の全身を覆う鎧は、黒土と同じ色を()らせ、そこに存在していた。顔は兜で目もとしか覗けないが、暴力的な赤い光が二つ灯している。


 背には人間ではとても扱うのは難しい、大木を思わせるような金属の棍棒を携えていた。棍棒には鋭い突起が全体的に細工されており、直撃を逃れても、触れただけで肉を裂いて鮮やかな赤がすべり落ちる。その長身は、ギルダーの倍近くはある外見さから、人間でないのは確実だ


 得体の知れないものが持つ鬼気と、戦うのは自殺行為だとわかるぐらい、その者が秘めた力をひしひしと肌に感じられる。


 絶句するギルダーは、喉奥から絞り出す。


「……なっ、なにを」


「なにもたついているの! 早く逃げないとまた道が塞がれ……ディナーノとサナル、ド?」

 

 もたつくギルダーらに痺れを切らすエミリアは、怒声を発しながら後ろに振り返ると、二人の亡骸と異形の巨躯を見て言葉を失う。異変に気づいたシャーロットも、動揺を隠せないでいる。


「なんなの……あんた、なんなのよ!」


「オ前タチガ、俺タチ魔物ノ住処ヘムザムザヤッテ来タノダロウ? 土足デ住処ヲ荒ラサレル前ニ、対処シヨウトスルノハ人間モ同ジハズダ」


 己を魔物と語るものが、人間を襲っていた犯人のようだ。語調には嘲笑いが含まれており、森の側の街道を通る商人や冒険者を襲っているところから、住処を荒らされるどうこう関係なく、人間をただの餌としか考えていない証拠だ。


 人間と変わらぬ知性と、喋る魔物に驚きを隠しきれない。ギルダーが今まで倒してきた魔物は、人間ほど賢くはないが知性を感じさせる魔物もいる。だが、人が理解できる言語を話したのは初めてであった。


 しかし、モルンヌ大森林の奥地に生息する強敵揃いの魔物たちは、知能が高いと聞いたことがある。ひょっとすると、あそこなら眼前の魔物のように喋る魔物もいるかもしれない。


 仲間が同時に二人失い、胃液が逆流したかのように口の中が苦味で広がる。怒りで頭が全面に染まりそうになるのを、ギルダーはむりやり押さえ込む。


 ここで理性を飛ばしてしまえば、他のパーティーと同じく魔物の餌食(えじき)となるのは明確だ。パーティーリーダーのギルダーは、誰よりも冷静に物事を見る洞察力と、決断力を持ってなければならない。


「二人とも逃げろ。俺が時間を稼ぐ」


 複雑に渦巻く感情に呑まれないよう、ギルダーは足掻くように歯噛(はが)みしながら呟いた。


「馬鹿言わないでよ! 二人の……サナルドの仇を取るまで離れられないわよっ」

 

 サナルドに密かに想いを寄せていたエミリアは、涙目で怒気を露わにする。激情するエミリアはギルダーの指示に振り切り襲いかかった。後先を考えず、魔力を最大限に引き出し、エミリアの氷属性で魔物を氷漬けにしようとした。氷属性は水属性の上級属性で、難度は炎属性と同等である。撃ち放った魔法は、巨体の手足から急激に凍っていき、最後に頭部と全身を氷結させた。

 

 魔物の身体を身動きできないよう拘束して、止めに剣を突き立てようとエミリアは突進した。


「くたばれ、魔物!!」

 

 パリン、とエミリアの魔法は抵抗もなく、全身にまとわりつく氷結をきらびやかに散らばせる。魔物は指先をエミリア向けると、その先から魔力の塊が撃ち放たれた。


 それはエミリアの胴体に吸い込まれ、貫通させる。内臓が後方で、ぼとぼとっと地面に落下する。喉の奥から赤い血を吐き出し、前に身体を倒して息絶えた。わずかの予備動作もなく、大砲レベルの破壊力である。

 

 次々とミーティアの仲間たちが殺され、あっという間にシャーロットとギルダー二人だけとなる。


「イツモナラ、人間ヲ生キタママ食ッテ、泣キ叫ブ姿ガ乙ナモノナノダガ。罠ニハマラナカッタゴ褒美ダ。苦シム前ニ、殺シテヤル」

 

 仲間が殺された哀傷(あいしょう)が伴い、抑制が弾け飛びそうになるのを、ギルダーは背後にいるシャーロットの存在のおかげで辛うじて(こら)える。


「……お前は、俺たちが知る魔物とはどれとも違う」


「フン、コレカラ死ヌ奴ガ、ソレヲ知ッテドウスル」 

 

 格上の死刑宣告は、ギルダーを心理的重圧で押しつけ、地と縫われたようにその場から離れられない。かぎりなく絶望的な状況下、ギルダーの視界が黒に塗りつぶされた。

 

 間近に迫る魔物は、指先を振り上げた。


「ギルダー、危ない!」

 

 シャーロットの《フレイムアロー》が放たれ、その振り上げた腕に的中して火矢を帯びる。一点集中型の《フレイムアロー》は、厚い鉄板を貫通して融解してしまう。

 

 彼女の声を聞いて、ギルダーはまだ死ぬわけにはいかないと活力が戻る。

 

 甘くなっていた剣柄の握りをギュッと握りなおし、刃に魔力を上乗せして刺突しとつした。その切れ味は飛躍しており、物理耐久に優れた魔物をも切り裂く。

 

 ギルダ―は、Bランクに恥じない剣撃を打ち放つ。反撃する時間すらもない連撃は、巨躯の魔物の身体を斬りつけた。


(なんという強度だ)

 

 斬りつける鎧は、ギルダーの剣撃を甲高く鳴らして弾き返す。

 

 巨躯の魔物は、無駄だというように斬りつけた場所をパッパッと手で払う。それでも、ギルダーの攻撃は止むことがない。幾度も全身を舐めるように剣撃を打ちつけた。

 

 そして、これが止めとばかりに、巨躯の魔物の腹部をくり抜くつもりで、渾身(こんしん)の一撃を放つ。


 打ちつけた、確かな手応えが指先から伝わる。次の瞬間、ギルダーの長剣の切っ先に(ひび)を入れ、それは刃全体に広がり砕け散った。


「くっ」

 

 ギルダーは得物を失う。


「オイ、揉ミ療治(りょうじ)スルナラ、モウ少シ力ヲ込メロ」


 巨躯の魔物の豪腕が横に振られ、ギルダーの目では捉えきれずに側頭部を薙ぐ。間一髪、ギルダーは折れた剣身を盾にするものの、あっさり粉砕されて打撃を食らう。囲む魔物らを蹴散らし、地面を何度も跳ね返り転がっていく。地面から顔を出す岩石とぶつかってようやく止まる。


 悲鳴を上げる、シャーロットは地に沈むギルダーのもとに駆け寄って来た。


「ギルダーっ、大丈夫!?」


「――な、なんとか……」


 無意識で身体が動いていなければ死んでいた。それでも、たった一撃で、もはや真面に戦える身体ではない。少なくとも、肋骨の二、三本は折れ、利き腕に激痛が走り思うように腕が上がらない。打ちつけられた側頭部からは、じくじくと血を流し続けていた。


「ギルダー、このまま逃げて」


「そんなこと、できるわけないだ、ろっ」

 

 ギルダーは地面に手をつけて、立ち上がろうとしながら述べた。


「落ち着いて! 剣を失ったギルダーに、なにができるのっ」

 

 ギルダーはなにも言い返せられなかった。腰に短剣を予備で持っているとはいえ、長剣を失ったギルダーは携えたときと比べて、戦闘力の半分以下といっていい。

 

 シャーロットがギルダーの頬に自分の手を当て、笑みを浮かべて彼の視線に重ねる。二人の顔の距離は、後少しで接触しそうなほど近い。


「今の貴方に、これだけの魔物を抑えるのは難しいはず。でも、魔力に余裕がある私ならできる。たとえ私が今日亡くなっても、鎧姿の魔物の存在を一刻も早く世間に知らせるべきなの」

 

 シャーロットは優しい声で述べると、ギルダーの首に腕を回し、少し苦しいほど強く抱き寄せられた。彼女の頬がギルダーの頬に触れる。


「ギルダー……愛しているわ」


「俺も、だ」

 

 自分の無力感と悔しさから、吐息を漏らすように告げるので精一杯だった。自然と自分の瞳から涙がこぼれてくる。

 

 魔法の才能は平凡なもので剣しか使えないギルダーとは違い、魔法の才能が豊かなシャーロットは、本当ならギルダーとパーティーを組まず、もっと格上の冒険者たちと組むことができ誘いもきていた。だが、それらには目もくれず、ギルダーの側にずっと一緒にいてくれ支えてくれたのだ。

 

 首から腕が離れ、お互いの顔を見合わせる。


 シャーロットは「久しぶりに、泣き虫な貴方を見られたわ」と、彼の頬を伝う涙を親指で拭く。


「元気でね」


 言うと、踵を返してギルダーに背中を見せた。首だけでこちらを一瞥し、彼女の口もとをが笑んでいるのが見えた。

 

 次の瞬間、彼女の身体からかつてないほど、赤々と大炎が噴き出して舞い上がる。荒々しく波打つ大炎は、夜空を瞬く青白い星の色合いへと変遷(へんせん)した。その姿に、巨躯の魔物以外はすべて後退る。

 

 彼女の全身から放たれる大炎は、あきらかに彼女の魔力量を凌駕していた。こんなことができるのは、命を対価に使用する禁術でしかない。シャーロットはその禁術によって、自身の魔力を底上げしているのだ。

 

 火炎の翼を左右に伸ばし、シャーロットは駆け抜ける。森を焼き払う勢いで、劫火を巻き起こして魔物を吞みつくす。

 

 爆炎は空へと手を伸ばし、舞い上がった焦げた樹々の炭や砂埃が、重力に従って降りそそいだ。


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