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マエブレもなく  作者: ショウゴ
14/37

NO・14

 ウイング兵団の門には、隊員らが集まっていた。奏太はカルダックらを沈めたところで、モニカの秘書マリナらと出くわし、彼女から粗方の事情を説明されていた。ウイング兵団も、裏でカルダックが魔人と協力していたのは承知している。


 カルダックとホームアルド商会の護衛者を引き渡し、両親と離ればなれになっていた子供を保護してもらった。ウイング兵団が責任持って、子供を両親のもとに届けてくれるだろう。


 隊員らはカルダックの顔を確認して、本人だとわかると仰天させていた。


「本人で間違いありません。ソウタさんに、ロッセリー商会の皆さん。ご協力に感謝します」


 奏太とカルダックの捜索に協力した従業員らへ、感謝の言葉を伝えた。


 ウイング兵団からお礼を貰った次の瞬間、騒々しい音が大きく耳に入ってきた。なぜか隊員らの表情から血の色を失っていく。その横にいたマリナらも等しく青ざめている。


 街に背を向けている奏太だけ状況が理解できず、「どうした?」と聞こうとする前に、暖かい魔力エネルギーが背中にあたった。

 

 奏太に当たったそれは、障害物の奏太によって割れ、枝わかれとする。ウイング兵団の高い塀や訓練場は黒光の激流に埋没(まいぼつ)するも、本館は守られる。だが、周囲の街並みはそうはいかない。建物や石畳みといったものは弾け飛び、あまりの熱量で焼かれたために溶融(ようゆう)体のように崩れゆく。

 

 ついさっきまであった街の風景が、ことごとく真っ赤に焼きつくされ、無惨なものへと一変する。


 この場にいる全員が、その光景を目の当たりして、愕然(がくぜん)とした面持ちで言葉を失う。硬直する彼らは目を見張る。


 偶然にもウイング兵団やロッセリー商会、そして施設に運ばれた患者たちを救った奏太は、頭をポリポリと掻きながら振り返り、直線状に黒い巨人の姿を捉える。


「また、あいつかよ」

 

 軽く顔をゆがませる奏太は、巨人から得体の知れない物を当てられ、恨みでもあるのかと盛大に顔をしかめる。


 ――一時して。




「「「「「「「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」」」」」」」


 

 

 人々の喉が、絶叫をほとばしらせた。一同は放心状態となる。一拍あけ、素っ頓狂な声をあげた。口をあんぐりと開けていたマリナだったが、正気を取り戻して声をかけてくる。


「だっだだだだ大丈夫ですか、ソウタさんっっ!!」


「ん? どうしたんだ、自分家が火事に遭ったような顔をして」


「なにを悠長なことを言っているんですかっ」

 

 大慌てなのはマリナだけではなく、他の者たちも同じだ。中には恐怖や戸惑いが混じっていた。

 

 騒然とし、驚きの興奮もあるのか、薄っすらと頬を染めるマリナから質問とぺちぺちと背中を優しく触られる。


 どうせならモニカに心配され、身体を触られたかったと残念に思う奏太であった。


*    *


 モニカはマリナにしばしつき添ってもらったが、今はひとりでギルダーの傍らにいた。まだ、彼の意識は戻らず、当分戻りそうもない。薬師もそれには同意見で、いつ意識が戻るかはわからないとの診断だ。

 

 苦渋に表情をゆがめ、自身のスカートを握りしめる。

 

 こんなはずではなかった。モニカが目標とする父親、バール・ロッセリーのような商人になるため、必死に頑張ってきた。彼女の父親は常々口にしていた言葉がある。


 利害に固執せず、人情を持って商売をせよ。


 従業員は家族であり、けっして主人に従うだけの手足ではない。

 

 このような甘い考えは商人としては異質だ。しかし、バールは本気でそう考え、商売を続けた。その結果、平民街では人々に愛される大商人となり、大通りで店をかまえられるようになった。従業員たちも、バールを尊敬し、彼のために必死に働いてくれたのを、モニカは幼いながら覚えている。


「――お父さん、私は……」

 

 モニカの呟きと、ほぼ同時。激震がウイング兵団施設を揺さぶった。

 

 もの凄い暴風が横切ったように、モニカは驚きの声をあげて、つんのめる。ギルダーに覆い被さった。部屋に置かれている棚の薬品が、陶器ごと転げ落ちる甲高い音が耳にとどいた。


「いったい何が起こったの」

 

 部屋を出て、誰かに確認をとろうと退出すると、そこにはここにいるはずのないファインズがはばかった。ロッセリー商会を襲った格好で、ウイング兵団施設に足を踏み入れるとは、余程の愚者でなければ胆力のある持ち主だ。


 なぜ、と言葉を発する前に、カチンと片腕に無骨な腕輪をはめられる。


「やった、やったぞ。これでお前は俺のものだ!」


「何をしたのっ。それに、どうして貴方がここに」


「決まっている。君を僕のものにするためさ。その腕輪は、奴隷の刻印と同じ効力のある魔道具だ」

 

 奴隷の刻印とは、奴隷に堕ちた者に刻まれる術式だ。それを刻まれると、主人に強制的に従わなければならず、もし逆らえば身体に激痛が襲う。


「これは帝国で開発された奴隷の腕輪さ。簡易な奴隷刻印版と考えてくれてもいい。ちなみに、その腕輪は自分で外そうとすれば、強い電流が流れるようになっている。軽い怪我じゃすまないから、決して試さないよう忠告しておくよ」

 

 ふざけた話に、モニカから殺気が漏れ出す。平民街で悪事を働く者が、もっとも足が遠退く場所に赴き、さらに彼はその場所から無事に出られる気でいるようだ。

 

 ファインズは剣術も魔法も使えない。けど、モニカはギルダーから、短剣術と魔法を学んでいる。このような腕輪をされても、ファインズひとり難なく叩きのめせるのだ。

 

 彼が油断している今、動作に入ろうとしたとき、


「身動きを禁ずる」

 

 ファインズの言葉に、モニカの動きが止まる。自分の意思とは関係なしに。

 

 正気の沙汰とは思えない男に、モニカは鋭い目つきのまま、口もとだけ弧を描いて挑発する。


「正気? こんな場所で、こんなことをしたらすぐに捕まるわよ」


「幸運なことに、今は魔人のおかげで誰もが混乱している。人気を避けて裏口から出れば、うちの護衛者を待たせてもいる。君を我が家に連れて行くのも簡単なのさ」


「自分たちが魔物を招き入れたくせに!」

 

 こんなときに私欲を優先して動く愚者に、怒りを覚えずにはいられない。助けを呼ぶために大声をあげようとするも、声を発するのを禁じられて勝ち誇る男。

 

 彼がモニカを見る瞳には卑猥(ひわい)が含まれており、舐め回すように爪先からゆっくりと顔をじっと見つめる。そのいやらしい視線に身の毛がよだつ。


(悔しい。こんな奴らに、父の代から築いてきたものを一瞬で壊されちゃうなんて……)

 

 何もできぬまま、軽薄の男の玩具にされるのなら、いっそうのこと自ら命を絶ったほうがましだ。しかし、奴隷の刻印と同じ効力なのなら、自殺もできないように魔法に組み込まれている。

 

 瞳に色欲を宿らしたファインズは、この後の展開を想像するように軽薄な笑みをつくり、モニカの髪に手で触れて遊ぶ。


「さあ、僕の家でかわ――」

 

 唐突に勝ち誇っていたファインズの台詞が、中断させられた。彼の身体が真横へくの字に折れ曲がる。その体勢まま飛ばされた。


「なにやってんだ、クソイケメンが」

 

 奏太であった。突然現れた彼は、ファインズを横合いに蹴りつけた。せいぜい五十メートルほどの通路に放り出され、苦しげな唸りを声とともに泡を吹き、ピクピクと痙攣を起こしている。


「まったく、マリナからギルダーが大変な目にあったと聞いて来てみれば、油断も隙もない」


「――ソウタさん、置いていかないでくださいよっ」

 

 マリナが、ファインズが激突した通路と反対側から、足早に駆けつけた。


「あれ、モニカ代表。どうしたのです?」

 

 彼女が妙なのを察し、不審そうな声で伺う。ふと、通路の奥に視線を送り、声をあげて目を丸くする。なぜ、という顔をソウタに向けた。


「なんか、モニカにスケベ面を向けていたから、とりあえず蹴っといた」


「なっ!? そう言えば、奇妙な腕輪をはめられていますね! もしかして、これで代表の様子がおかしいのかもっ」


「こんな腕輪で? 信じられない話だが、外してみるか」

 

 奏太はモニカの腕に繋がれた腕輪へ、自分の人差し指で触れると、火花が舞い落ち、パキンとひびが生じて次に砕かれる。


「え、嘘だろう。俺、軽く触れただけだぞ」


 腕輪を壊してしまったことに、焦りを見せる黒髪の若者をよそに、モニカの身体が自由を取り戻し、声が発することができるようになった。


「大丈夫ですか、モニカ代表っ」


「……ええ、助かったわ」


 モニカは黒髪の若者を見た瞬間、今まで腹底に抑え込んでいた憤怒が、我慢ならず臨界(りんかい)に達していた。激情する感情は決壊する。視線は斬りつけるような鋭くとし、奏太の頬で冷たい音を鳴らす。


「なんで?」

 

 突如、モニカから平手打ち。マリナと駆けつけてきた従業員たちが、呆然として息を呑む。叩かれた本人は、今起きた出来事に理解できず、不思議そうな表情を浮かべていた。


「今まで、何していたのよ! 貴方がもたもたしていたから、うちの従業員が何人も魔人に殺められたのよ! ギルダーも、私たちを逃すために戦ってっ」


「死んだのか」

 

 モニカの哀しみと怒りに満ち満ちた叫びに、同情も、哀傷もない冷血漢(れいけつかん)ともとれる返事であった。つき合いは短いとはいえ、仕事仲間が死んでいるというのに奏太の反応は淡白で、動揺の欠片もない。それが余計に煽ってしまい、彼女の視線がより一層きつく増す。胸元の衣服を強く握り締める。


「ちょっと、モニカ代表っ、従業員が亡くなったのは魔人のせいであって、ソウタさんのせいにするなんてあんまりじゃないですかっ」

 

 マリナは慌てて否定するも、モニカは耳を傾けようとしない。彼女だって理不尽なのはわかっている。それでも、あの場に奏太がいてくれたらと考えてしまうのだ。おそらく、彼がいてくれたら同じ結果は迎えていないはずだ。


 そう思ってしまう度に、やり場のない怒りが湧き上がって、奏太へ憎悪を向けてしまう。


「ギルダーはキルカ隊長が救助してくれたけど、危険な魔法を使った対価で寿命を大きく削ったわ! もう、長くは生きられないのよっ」


「そうか」

 

 モニカの迫力のある視線を、奏太の死んだ魚の目で、真っ向から受け止めている。


「貴方なんて大っ嫌い! 貴方を雇ったのは私の一生の汚点よっ」

 

 奏太へ罵倒を浴びせ、女性の身にしてはかなりの力強い握り拳で突く。一発では終わらず、何度も何度も胸板を叩たく。


 奏太はなにも言わず、黙したまま殴られる。


 モニカは感情を剥き出しにした。その姿は、商会の代表としては相応しくない振る舞いであった。 


「ロッセリー商会に残ってくれたギルダーやマリナ、従業員の皆は……私にとって家族なのよ――なのに、代表の私は……何もできずに見ているしかできなかった」

 

 拳を突き出したままモニカは俯き、肩を震わせる。

 

 一番腹立たしいのは奏太ではなく、無力なモニカ自身なのだ。愚劣に、彼に八つ当たりする己を軽蔑した。


 憤怒から深い哀しみへと転じた。モニカは堪えきれず、涙腺が緩んで大粒の涙が流れる。一筋の滴がこぼれ落ち、ぽつりと地面を濡らす。


 マリナと従業員たちは、自分たちを引っ張ってきた代表の姿を見て、溜め込んだ感情が(せき)を切って流れ出す。ただ、声を押し殺してたたずむもの、亡くなった従業員の名を口にして嗚咽(おえつ)する者と、様々だ。


「……お願い、あの魔人を倒してっ」

 

 モニカは消え入りそうな声で、自分の感情を絞り出すように吐露(とろ)した。徐に奏太は右手を己の頭へとのばして掻き、軽く溜息を吐いた。


「少年誌に登場するヒーローって、柄じゃないんだけどな」

 

 顔を上げると、涙で濡れた瞳が奏太の背を映す。モニカの瞳を濡れ光るそれは、感謝と喜びのものへと変じる。

 

 奏太が微かに聞こえる声音で、ありがとうとモニカはお礼を述べながら小さく呟いた。彼は背を向けたまま、手を上げて応え魔人のもとへと歩を進めて行く。

 

 局部以外ほぼ全裸の姿で――


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