NO・12
ウイング兵団はキリカを救助に向かわせた後、魔人は嗜虐的に玩具と遊戯するかのように攻めたてられていた。ウイング兵団の砲弾や魔法も魔人の身体に当たるが、まるで効いている様子が見られない。
「オ前ラ、ソンナ攻撃デ俺ニ勝テルト思ッテイルノカ? ソロソロ飽キテイルシ、終ワラセルカ」
魔人は戦慄するほどの鬼気が込められた魔弾を射込む。闇色の咆哮は大気を圧し、人々をむさぼろうと迫った。
この場にいる隊員らにそれをいなす術がなく、恐れ戦いた。戦意がたちまち霧散する。一様に絶望の顔色に染め、手に持つ武器を下ろし、自然と死を受け入れてしまう。
魔人は人間が絶望に打ちひしがれる姿に享受し、声を高々にして哄笑する。それが、より一層絶望感を色濃くさせる。
――ところが、ひとりだけ魔人から放たれた魔弾を、払いのけようとする者がいた。
「お前たち、まだ諦めるのは早いぞおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
総隊長が隊員らに、鋭い声で一喝する。
サンドリーは先代勇者と同じく、光属性の魔力をはおり、闇の渦に激突する。長剣で魔弾を受け止めた。光は闇を打ち払い、闇は光を食い破る。
同格で対角する属性同士は、優劣はつかない。勝負を決する鍵は、魔法を使う者の技量と魔力量しだいだ。
魔人の桁外れな魔力量に、サンドリーの光が呑まれていく。
「皆さん、いつまで棒立ちしているのです! 装甲魔導車の残弾をきにせず、魔人に総攻撃を放ちなさいっ」
イディリオは語気を強め、この場にいる隊員全員に注意を喚起し、魔人に攻撃の指示を再度命じた。
怖気づくウイング兵団だったが、イディリオの声に正気を取り戻して発憤する。総隊長に続いて三十の砲門から火が吹く。魔法兵からも、次々と得意な属性を射続けた。
「ぐぅぉぉぉぉ!!」
サンドリーは歯茎を剥き出しにして、歯を食いしばって唸る。長剣を持つ手の握力が限界にたっし、気力がごっそり削られていく。最大限魔力を放出している分、長くは持たない。
「だが、弱音を吐いている暇なんかない。俺が、俺たちウイング兵団が諦めたら……」
サンドリーの脳裏に、ルドルフ王国の子供たちの笑顔が浮かぶ。未来ある大好きな子供らの顔を見れば、魔物の大群に独りで斬り込んでも生き残れる自信がある。
あの笑顔を見ていると勇気をもらえ、疲労する心身ともに癒してくれるのだ。その笑顔が今、魔人の手によって涙を流し、泣き叫んでいる。
「許されるはずがない、絶対にっ!!」
激昂する彼の両眼に、激しい戦意がみなぎってくる。使命感が、つきかけた身体に活力を生んだ。
「負けるわけには……いかぁぁぁぁああああああああんっっ!!」
雄叫びを魔人にぶつけ、持てる力をすべて捻出して力強く大地を踏み込む。そして、呑み込まれそうだった金色の光が目映く輝き、勢いを取り戻した。
「よく言った! さすが、私のサンドリー殿だっ」
爆炎が空から落下し、魔弾に食い込んで激突する。そして、赤い光がその場にいる者らを煌々(こうこう)と照らす。
美しさと凜々しさを備えた赤い髪のイベリア大将だった。彼女の得意とする魔法は、火属性の上位に位置する炎属性である。下位の火属性と比べて、質量も火力も段違いだ。
特大の火球をお見舞いし、魔人の魔法を打ち消した。
「この魔法はイベリアさまの……来てくれたのかっ」
サンドリーの前方で、燃えるような赤毛が軽やかに着地した。イベリアはサンドリーに背を向けたまま声をかける。
「サンドリー殿、申しわけない。他の騎士団は出陣できないが、カルフェール騎士団は連れてきた。今は平民街の避難を優先しているが、時期に到着するはずだ」
麾下を残し、自分だけ先行してやって来たようだ。
貴族や王族が平民たちを見捨てることは予想していたとはいえ、やはり悔しい思いが胸を締めつける。
だが、たとえ国王や貴族に見捨てられようが、王命を背いてまでイベリア大将たちは救援にかけつけてくれたのだ。サンドリーはその気持ちが嬉しかった。
「充分ですよ。俺たちの力で魔人を倒しましょう」
「ああ、そうだな。私とサンドリ―殿の力を見せつけてやろう」
妙なところを強調するイベリアだが、両手で聖槍を掴むとそれは炎をまとう。それに倣い、サンドリーも長剣を構え直す。
「オイオイ、雑魚ガ何勝ッタツモリニナッテルンダヨ、クソガ! タッタ一発ヲ防イダカラトイッテ、調子ニノルナヨアバズレガァァァァッ」
魔人は左右の腕を前に突き出すと、両先の指が蛇のように唸りを上げていっせい襲いかかった。イベリアは上に跳躍し、サンドリーは横に飛んで避けた。
十本の太矢は小回りの利かない重装甲魔導車が突き刺さり、次々と射通して黒煙を噴き上げる。有無をいわさずに全滅させると、難を逃れてギリギリ通れるような路地を爆走する軽装甲魔導車。それをも見逃さず、血を求めて獲物を狙って突き進む。
魔導車だけではない、ときを同じくして隊員たちも強襲される。
サンドリーは仲間を助けるために、伸張した黒蛇を切り裂こうと刃が襲う。しかし、長剣はほとんど抵抗感もなく、まるで水を斬っているように手応えがない。
剣を諦め、光魔法で白熱した光剣を象って連射で撃つ。されど、まるで一本いっぽん指全体が感知器官のあるように鋭敏に察知し、巧みに身をくねらせ、強度を調整させ、変幻自在に攻守する。
「くそっ、どうなっているんだ」
猛者の隊員たちも同じように剣を振るうが、魔人には魔法以外攻撃が通用せず、魔法が不得意な者は逃げるしかできない。
「きゃぁぁぁぁぁっ」
女性隊員の一人に、黒色に塗られた大槍のごとく押し迫る。
咄嗟に彼女へと光魔法の堅牢結界を展開した。それにより、すんでのところで彼女の胸にパックリと風穴を開けるのを救う。女性隊員は腰が抜けたように、ストンと尻餅をつく。
ホッと胸を撫で下ろすサンドリーだが、結界と刺突する大槍は数秒動きが止まるも、結界に亀裂が生じる。段々とその亀裂は拡大していき――
「まずいっ」
二メートルを超える巨躯のサンドリーだが、猛スピードで女性隊員にのしかかって庇う。わずかの差で、女性隊員の頭があった場所に大槍が通過した。
「今直ぐ後退しろ」
「……」
女性隊員は呆然として、言葉を失っていた。全身は震え、顔面蒼白となっている。
「しっかりしろ! 俺との誓いを忘れたのかっ」
禿頭の強面は女性隊員を凝視し、激しく声を荒立てた。
「ぜっ、絶対に生き残れ……ですっ」
「ああ、そうだ。ここまでよくやった。胸を張って後退しろ」
「……すいません」
女性隊員は魔法を主体にした戦闘スタイルで、彼女から感じ取れる魔力は尽きかけていた。顔が青白いのも、魔人に縮み上がったわけではなかったのだ。
「上ガ無能ダト、部下ガ死ンデイクゼ!」
女性隊員を見送り、魔法で応戦する。その間も、隊員たちは傷を増やしている。
日頃から部下には厳しい訓練を行っているだけあって、致命傷をなんとかしのいでいるも、このままでは長くは持たないだろう。
「くっ、イディリオ。隊員を引き連れて撤退しろっ」
傍らで水属性の十八番、《ウォーターガン》で高圧水を放射させ、大気で泳ぐように移動する黒蛇の軌道をずらしていた。
イディリオを呼び寄せる。
「撤退してどうするのです。私たちが逃げたら、平民街に住む彼らは魔人や魔物が蔓延るなかを当てもなく彷徨ことになるのですよ。少しは落ち着いてください」
ルドルフ王国はアルバーニア大陸の南端よりに位置し、現状ルドルフ王国を除けば帝国だけとなる。その位置は大陸の中心にある。とても、歩いていける距離ではなく、魔導車を所持している平民などほとんどいない。
幸運に恵まれて帝国に辿り着いても、戦時中の帝国に避難民を受け入れは望めない。
「こんなときに、落ち着いていられるか! 仲間が血を流しているんだぞっ」
「だからですよ。装甲魔導車の大半を壊され、魔法を使える者もガス欠寸前。事態は逼迫しています。もはや、私たちは敢闘むなしくも囮にしかなりません。一刻も早く魔人をどうにかしないと、死亡者を出してしまうでしょう」
「――っ!! 悪かった。だか、どうする? 相手には剣が通用しない。さらに、あんなすばしっこい的に、魔法を当てるのは無理だ」
「それなら、イベリア大将と同じく大本を絶ってください。もうじき、キリカも帰ってきます。それまで、隊員たちを粘らせましょう」
イディリオの目は冗談ではなく、本気で言っていた。サンドリーより遙かに賢い彼が、それしか生き残る術がないと語った。
苦楽をともにした部下たちを守るためには、こんなところで無駄に時間を食っている場合ではないと、サンドリーは理解する。
「必ず、魔人をどうにかする。それまで持ち堪えてくれ」
「はい、総隊長殿」
サンドリーは改めて決意し、その瞳で燃えさかる焔。全身の筋肉が盛り上げ、その背は一際大きく見えた。