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マエブレもなく  作者: ショウゴ
11/37

NO・11

 冒険者ギルドで、魔人の魔力を探知したという者に事情を詳しく聞いた帰り、昼食でコウラクのソバを食べていたキリカだが、そこに破砕音がまい込む。


「なんだ、今のはっ!」

 

 今の音に亭主だけではなく、店内の客がギョッとして騒ぎになる。その最中、強烈な魔力を感ずる。Aランクまで及ぼうかとする人間の魔力と、不快にさせるドロッと澱んだ邪悪な魔力。後は、キリカが幼い頃に細胞レベルまで焼きつき、忘れることのできない魔人のものだった。


(本当に、この国に魔人がいる?)

 

 店内の客が慌てふためいて外に逃げ出すなか、キリカはラーメンの汁を胃の中に流し込む。


「おい、ウイング兵団の隊長さんが、暖気(のんき)にラーメン食っていていいのか?」


「食事を残すぐらいなら、死んだほうがまし」


「そりゃ、料理人にとっては嬉しいが、さっきから騒がしい音が響いているぜ。こりゃーなにかまずそうだ」


「多分、魔人が出没したみたい」


「おいおい、国の中に魔人だなんて本当か?」

 

 キリカは小さく首を縦に振り、肯定した。

 

 危機的状況のなかキリカは動揺を見せず、ラーメンの器を空にして席から立ち上がり、すぐ側のカウンターテーブルに立てかけていた剣に手をかける。


「亭主は逃げないの?」


「この店は俺の命だ。ここを離れて、自分だけ助かろうなんてありえねぇよ」

 

 キリカは亭主に頷くと、


「なるべく、こっちに被害出ないようにするわ」


「ははっ、そんときは美味いラーメンを御馳走してやる。新メニューのギョーザをつけてな」

 

 亭主の言葉を背で受け止め、キリカはコウラクを出た。

 

 すると、黒き巨人が驚くべき高さに達して仁王立ちしていた。国を囲っている壁とほぼ同等の高さだ。

人々に絶望を与える闇、一目でそのように脳へと刻ませる。どう足掻いても、人には勝てない力の差に、魔人は希望の光すらも残さない。

 

 背筋が冷えるのを感じた。恐怖は、感情が鈍いキリカすらも対象外ではない。自覚がなかった、手先にプルプルと震えが生じていた。


 感情の変化が鈍い代わりに、身体が敵の巨大な力と対象の恐ろしさを敏感に反応してしまっている。だが、その恐怖は初めてではない分、その対処の仕方を熟知していた。

 

 内に一喝を入れ、心身を蝕む恐怖を消散させる。それにより、緊張感で強張った筋肉がほぐれ、手の握り具合を確認していつもどおり動くようになっていた。


 キリカは心身から恐怖を振り払うと、魔人のもとへと疾走した。

 



 魔人のもとへやって来たキリカが最初に映したものは、魔人から高出力の魔力を美しい女性へと放つ姿だった。

 

 瞬時に蒼き疾風となったキリカは、危機一髪モニカを奇跡的に救うことに成功する。


「大丈夫?」

 

 キリカは助けた相手を知っていた。ルドルフ王国の平民街に住んでいれば知らない者はいない大商人、ロッセリー商会の代表モニカ・ロッセリーだった。モニカを両手で抱えながら民家の屋根へと飛び移り、魔人の放った魔弾を回避する。


「えっ……私助かったの?」


「ねえ、何が起きたの」

 

 モニカはハッとした顔で頭を振ると、キリカの着衣するウイング兵団の制服を見て、(まく)し立てるように説明する。


「大変よ! ホームアルド商会のカルダックが魔人と結託して、うちの商会に殴り込んで来たのよっ」

 

 彼女の説明によると、ホームアルド商会はロッセリー商会からBランク以上の魔物素材の入手経路を聞き出そうとし、魔人を差し向けたと言う。


「私が入手経路を教えないと、痺れを切らして魔人が暴れだして」


「要するに魔人をどうにかして、カルダックを捕まえればいいのね」


「そのとおりよ。貴方は、ウイング兵団のキリカ隊長よね」

 

 キリカは肯定する。


「あいつに、ウイング兵団は勝てそう?」


「無理。でも、イベリア大将が協力してくれれば、ほんの僅かの望みが出てくるかもしれない」

 

 勇者、あるいは国の全兵力でかかればなお望みは高くなるが、そんな非現実的な事柄はありえない。国全体に張った結界とは別に、貴族街は外壁に使われた石材とは違い、ロズデン鉱石を大量に使われた堅固(けんご)な壁に囲まれている。ロズデン鉱石はモルンヌ大森林で採取できる、鉄より硬度の高い鉱石だ。

安全地帯の外へ出て、勇敢に平民街を守ろうとする変わり者など存在はしない。

 

 ――カルフェール伯爵家を除いて。


 しかし、国王が貴族街の守りを減らし、わざわざ騎士団を平民街に救援を寄越す可能性は低いだろう。


「……そう。まったくないよりはましね」


「今、私に話した内容をうちの副総隊長のイディリオにも伝えてもらえる?」


「任せてちょうだい」

 

 キリカは再び魔人の膨大な魔力を濃縮された弾丸を連射して、キリカらを狙い撃つ。されど、モニカを抱えながらも、それを感じさせない軽快な動きで、次々と民家の屋根を渡って避けていく。


 躱された弾丸は民家に着弾して、建物の原型を残さず跡形もなく吹っ飛ぶ。逃げ遅れた人がいないのを祈るばかりだ。


 背後から熱気を浴びせられながら、モニカをどうやって逃そうかと思案する。いつまでも、人を抱えて逃走するのも限界を迎えてしまう。だが、それを楽しむかのように、巨人姿の魔人は執拗に攻撃を加え、力つきるその瞬間を待っているようだ。


 そのときだ、左前方から突発的の爆裂音が鳴り渡り、巨人に着弾する。


「……っ!! ちょっと、何が起きているの!?」

 

 抱えるモニカから驚きの声。


 チラリと後ろに視線を向けると、巨人から黒煙が上がっていた。


「キリカ! 避難者をこっちに逃がせっ」

 

 野獣のような野太い唸り声は、サンドリーのものだった。


 広い大通りのところへ、ウイング兵団を引き連れたサンドリーらが集結させているのを捉える。魔法が使える者と、重装甲魔導車、軽装甲魔導車を操縦する者に指示を出して集中砲火させていた。

 

 キリカは屋根をつたって、ウイング兵団の陣に辿り着き、モニカを下ろした。


「キリカ隊長、ありがとう」


「気にしなくていいわ。それより、あそこにいる白髪(しらが)の幸薄そうな男が、イディリオだから」


 指を指して教えてやるとモニカは頷く。


 「ええ、何度か顔を合せて話したことがあるから、約束は守るわ。けど、ひとつお願いがあるの。私の商会があった場所に、私を護衛していたギルダーが魔人との戦闘で、怪我を負っているの。お願い助けてあげてっ」


「保証はできないわ。第一、魔人を相手にして、生きているとは思わない」


「大丈夫よ。ギルダーは高名の冒険者で、頑丈さは折り紙つきだから」

 

 そう答えるモニカの明朗(めいろう)な翠色の瞳は、本気で生きていると信じているのを物語っていた。


「期待しないで」

 

 キリカはギルダーの生存をしているか怪しいと、率直な感想だ。


 冒険者時代にギルダ―の名は聞いた覚えがある。ギルド内の噂では、高名な凄腕の冒険者だと認知していた。だが、それは人間世界の話で、魔人相手にはなんの通用もしない話だ。

 

 死亡している可能性は高いが、それでもキリカは民を守るウイング兵団の隊長だ。助けを求めている人間がいるのなら、身体を張って救助する責務がある。


 特別正義感の強いわけではなく、むしろ希薄なキリカだが、ウイング兵団に席を置いている間は、できる範囲で職務をまっとうするつもりであった。




「キリカ、よく耐えたな。怪我はないか?」


「ええ。それより、ロッセリー商会の代表からの頼みを受けたわ」

 

 サンドリーに先程話したモニカの話を伝える。


「なんだと、それは本当か!」

 

 ロッセリー商会は、魔人の背後にある。迂回して行こうにも、魔人が暴れたせいで、周囲は見晴らしがよくなっていた。救助に向かおうにも、途中で魔人に見つかり攻撃を受ける可能性は高い。


「亡くなっている可能性は高いけど、どうする?」


「決まっている。救助に向かう」


 サンドリーはなんの迷いなく、そう決断する。無駄に熱く、正義感の塊みたいな男らしい答えだ。


「で、どうやって?」


「俺が、救助に向かう。その時間をお前たちに作ってほしい」

 

 ウイング兵団の総隊長自らが救助に向かうと語るが、


「だめですよ。ウイング兵団の頭になにかあったら、うちは終わりです」

 

 二人の話に割り込んできたのは、イディリオだ。


「というわけで、キリカさんお願いします」


「おい、イディリオ勝手に決めるな! 自分の大切な部下に、そんな危険なまねをさせられるかっ」

 

 イディリオの発言に怒りを見せるサンドリーだが、彼の言葉に間違いはない。普通はそういった危険な仕事は、部下に回ってくるものだ。しかし、ウイング兵団の総隊長はそれを嫌い、自ら命の危険を(おか)そうとする。


(理解に苦しむ)


「それでは、お願いします。貴族の方々からの救援は絶望的でしょうが、できるかぎり平民の皆さんが避難を終える時間をかせがなければなりません。我々も、装甲魔導車で総攻撃しますので、準備ができしだい救助に向かって下さい」

 

 キリカは頷くと、


「お前ら、何勝手に話を進めているんだ! 俺はそんなこと許さんぞっ」


 と、サンドリーは反対するも、ふたりはそれを黙殺して準備に取りかかりはじめようとした。が、その前にモニカからの話はきちんと伝わったか、イディリオに疑問を(てい)する。


「副総隊長、ロッセリー商会の代表から話は聞いている?」


「ええ。由々しき事態ですね。カルダックについては、私のほうで対応しときます」


「そう。任せるわ」


「はい、お気をつけて」


「くそっ、どいつもこいつも俺の話を聞きやしない――キリカ、一番はお前自身の命を優先だ! もし、お前が死んでしまったら、今後この先守れるはずの何百何千人の笑顔を、放棄することになる。優先順位は絶対に間違えるなよっ」

 

 サンドリーは、部下に両脇を抱えられながらも、蒼髪の隊長に言葉をおくる。

 

 そんな言葉を投げかける張本人が、一番無謀な行動を取るのだが、本人には自覚がない。目先のひとりの人間のために、命がけで全力をつくす。どこまでも部下思いで、お人好しの総隊長は部下にも、街の住人に愛される大男なのだ。

 

 サンドリー総隊長を死なせるわけにはいかない。それが、ウイング兵団満場一致の意見だった。


 キリカは制服から着替え、動きやすさを重視させた革鎧を装着して駆けていた。革鎧とはいえ、五キロ相当あってもその足取りは軽く、速さも落ちていない。


 ウイング兵団が、魔人の相手をして気をそらしてくれている間に、キリカはロッセリー商会を目指す。そこに、モニカに頼まれたギルダーがいると、事前に彼女から聞かされていたのだ。

 

 ウイング兵団が陣を張った大通りからは、距離は大きく離れていなかったため、魔人から発見されないよう慎重に移動となったが、辿り着くのにそう時間はかからなかった。

 

 目的地に着くと、昨日まであった大商会の面影はなく、瓦礫となった残骸が辺り一面に散らばっていた。大商会跡地のその先には、大きな陥没(かんぼつ)が出現していた。

 

 見るからにこの状況で生きているなど狂言的だが、ギルダーは魔法でゴーレムと同化し、魔人と戦ったと言う。いくら、ギルダーがBランクの達人級とはいえ、冒険者時代は剣を主体として魔法は補助として使っていたていど。魔法専門に扱う者に比べれば劣り、そう得意ではなかったはずだ。


 魔力量を多く保有する魔法使いといえども、たったひとりの魔力量で、十メートル以上のゴーレムを造るなどできるはずがない。基本的に自分の目で見たもの以外、信用しないキリカには(かい)疑心(ぎしん)が募るばかりだ。


 もしかすれば、ギルダーはなんらかの魔道具を使用したのかと、キリカは思いいたるが答えを導けず、時間がないのもあって思考を中断する。

 

 キリカは警戒を怠らずに陥没に近づき、その穴の中心には人が倒れていた。傾斜を滑り降りて、穴の中心へと急ぐ。


「生きてる?」

 

 寡黙な男の返事が戻ってくることはなかった。完全に意識を失っている。ギルダーの衣服はぼろぼろで、血腥(ちなまぐさ)く全身の(おびただ)しい傷口から血を吐き出されていた。ぱっと見た感じでは死んでいるように思えるが、生死を確認すると驚くことにまだ息をしていた。だが、この出血量では安心できない。

 

 己より身体の巨躯の男を、ウイング兵団の拠点とする施設まで運ぶのは少々骨が折れる。

 

 片膝をついて彼を起こそうとしたとき、(たわむ)れていた魔人の右手がウイング兵団へ向けて黒光(こっこう)を輝かせる。あの魔弾を放たれれば、ウイング兵団もひとたまりがないだろう。

 

 やはり、多額の資金を受けている騎士団に比べれば、魔道具および魔法装備に劣るウイング兵団は魔法攻撃に弱い。

 

 迅速に救助を終わらし、サンドリーたちに加勢をしなければと、キリカはギルダーを抱えてウイング兵団施設に急いだ。


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